1-14 疑問

 コウゾウさんは部屋に掛かっている大きなカレンダーを取ると座卓に持ってきてペラペラとめくった。


「今日から100日ってことは、えーっと。11月の24日まで姫を守りきればクリアってことになるかな」


 コウゾウさんは日付を数えてからそう言った。


 最後までゲームを進める気なコウゾウさんに、僕は思いついたことを提案してみる。


「あのー、これを途中でやめられないのならいっそあのゲームを壊してみるってのはどうですか? 100日間も強くなってくモンスターに勝ち続けられるとは限らないし」


「うーん、それは危険じゃないかな。電源も切れないようにロックされていたし、もしあれが壊れたら何が起こるか未知すぎるからね。壊そうとしたことに何らかのペナルティがあるかもしれない、例えばゲームの世界に引きずり込まれちゃうとか。だから電源を無理やり切ったりゲームを壊すのは俺たちの最後の手段だ。とにかく正攻法でこのゲームをクリアできる方法を考えていこう」


「それがいいと思うよ。ルール以外のことなんて、何が起きても保証できないからね」


 姫はニコニコした顔でそう言った。

 正攻法でクリアするしかないというのはなんだか誰かに強制されているようで嫌な感じがするのだけど、それはしょうがない、か。


「大丈夫、めったなことじゃなければゲームオーバーなんかにならないよ」


 僕らの不安を払拭するように気楽な感じで姫は言うけれど、もちろんそんな気休めで安心なんてできるわけがない。


 この姫だって、まだはっきり何者なのかわからない、僕らの味方なのかどうかさえまだ疑わしいものだ。


「そういえば姫はこれからどうするの、寝るときはゲームに戻るとか?」


 できれば姫のいないところでもゲーム攻略について3人で話しておきたかった。

 姫は「ううん、ずっとこっちの世界にいるよ。ゲームに戻るってどうすればいいかわかんないし」と首を振った。


「それじゃあ寝るとことか、食べるものとか、どうするの?」


 僕の率直な質問に姫は意外そうな顔をした。まるでそんなことを訊かれるなんて予想していなかったみたいだ。


「そっか。どうしよう」


 そりゃこっちのセリフだ。


 タイミング良く、姫のお腹からググゥゥと音がした。


 僕が澪の顔を見ると「姫をうちに? 無理無理」と手を振って返された。僕の家はそれ以上に無理だ。


 僕と澪はコウゾウさんの方を見た。


「わかってるよ、俺の責任だからね、姫にはこの家に泊まってもらうことにする。ばあちゃんはなんとか言いくるめてみる。きっと大丈夫だよ」


「それは助かるな! ありがとうコウゾウ! よろしく頼むよ」


 姫は右手をコウゾウさんに差し出した。コウゾウさんがその手を取って握手をすると、嬉しそうな顔をしていた。


 その時、澪のスマホがブーッと鳴った。


「もしもーし、何? え、あーごめんごめん。 今コウゾウさんの家、もうすぐ帰るってば。うん、じゃあね」


 澪は通話画面をタップして終了させると「お母さんが早く帰って来いって。今夜おばあちゃんと外食に行く予定だったの、忘れちゃってた」と言った。


「お母さん、私がお使いに行ったっきり戻らないから、今更熱中症で倒れたんじゃないかって心配になってきたんだって」そう軽く笑いながら言うと澪は立ち上がった。


 僕は内心、まだいろいろと状況がよくわからないってのに帰っちゃって大丈夫なのか? という不安がある反面、これ以上この状況をどうすれば良いか具体的な案はなにも浮かんでいなかった。


「じゃあ、そうだな。僕も帰るよ。とにかく宝仙堂に寄っておじいさんに話を聞いてみることにする」


 姫にゲームのことについていろいろと尋ねたい気持ちもあったけれど、僕だけコウゾウさんの家にいるというのは居心地が悪い。


 僕は澪と一緒にコウゾウさんの家を出ることにした。


 思いのほか時間が経っていたようでもう夕日が沈みかけていた。

 空は熟れた柿みたいな色をしていたけど、反対側はすでに濃い紺色になっていた。


 門のところまで見送りに来たコウゾウさんは僕にこっそりと「姫にいろいろ聞いてみて、フォルティスクエストについて何か分かったら連絡するからね」と言ってくれた。


 僕と澪はまた頃合いを見てコウゾウさんの家に来ることを約束してから玄関を出て門をくぐった。

 しばらく歩いてから振り返ると、姫はコウゾウさんの横に立って元気に手を振っていた。


 僕らが学校の方向に向けて歩いていると、畑道にまばらに立った街灯が薄白く光り始めた。


「なぁ澪、実際どう思う?」


 隣を歩く澪に話しかけると「何が?」と不思議そうな顔で聞き返してくる。


「いろいろだよ。例えばさ、だれが何の目的であんなゲーム機を作ったんだろうな。だって、あの宝仙堂のおじいさんが言うことが本当なら1980年代、つまり今から40年ぐらい前に作られたってことだろ? そんな時代にあんな摩訶不思議なものがあったと思う?」


「そりゃあ……思わないけどさ。でもあのゲーム、見た感じかなり古そうだったけどなぁ」


「うん、そうなんだ。僕も見た目だけだったらすんごいマイナーなレトロゲーム機かもしれないと思った。ただ、これはもしかしての話だけどさ、今から10年か20年か経った後だったら、あんなAR(拡張現実)を使ったゲームもありえるのかなって思うんだよ。だから、オーパーツみたいなものなのかもしれないなと思ってさ」


「おー、パンツ? って何?」


 僕はずっこけた。

 勘違いなのにちょっと冷ややかな目を向けてくる澪に、嫌な汗が僕の背中を伝った。


「オーパーツだよ、オーパーツ。昔にあったはずなのに、ずっと未来の技術が使われている物のこと」


「ふーん。つまりあのフォルティスクエストはすごい昔のゲームだと思っていたら、実は未来のゲームだったってこと?」


 僕は頷いてからさっきの続きを話す。


「でもまだわからないよ、そういう可能性もあるんじゃないかって話。今はとにかく謎だよ。気になることもたくさんある。トゲトゲのモンスターはおばあさんの足をすり抜けた、それでARのすごいやつかなって思ったんだ。でもさっき姫はコウゾウさんと握手していたの見ただろ? つまり立体映像かホログラムみたいなものじゃない、少なくとも姫には実体がある。モンスターとは仕組みが違うってことだよな」


「なるほどね、確かにトゲトゲのやつはあの時すり抜けてたもんね、見えてもいないみたいだったし」

 澪は納得したようにうなずく。


「あと、ゲームのシステムとか姫のキャラクター設定もよくわからないことが多すぎる気がしない? どうしてモンスターは出現するのかとか、姫はどこの国の姫なのかとか、思えばモンスターは何のために姫を狙っているのかが全然はっきりしていないんだよ。だから僕らがモンスターとの戦闘をさせられてるのってなにか理由があるように思えて仕方ないんだ。それってちょっと不気味だろ」


 今まで推測していたことを口にすると、隣を歩く澪はきょとんとした顔でこちらを見ていた。


「え、何?」

「そっか、うんうん。なんだか翔、頼りになるね」


 横を見ると澪は何故だか満足げな顔をしてこちらを見ていた。思わず固まってしまう。

 真剣に話をしているのだけど、慣れていないせいかふいに少し褒められただけでドキドキしてしまう。


 頼りになる、なんて誰かに言われたのはいつ以来だろう。


「と、とにかく今はゲームを進めるしかないけど、フォルティスクエストの仕組みやモンスターのこと、姫のこともちゃんと調べていこうよ。最悪の場合は何が起こるかわからないしさ」


「わかった、私も気づいたことがあったら連絡するね」


 そう言った後に腕を上げて伸びをして「まぁなんとかなるっしょ」と投げやりな感じで言う。


 そんな様子を見ていると僕だけが大げさに不安になっているんじゃないかと思えて肩の力が抜けてしまう。

 こういうあまり深刻に考えすぎないところが澪のいいところなのかもしれないと、少し思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る