1-12 緑のトゲトゲ
その緑色のモンスターはランドセルぐらいの大きさの四角い体に丸い大きな目がついていて、急に呼び出されて状況が読み込めてないのか辺りをキョロキョロ見回していた。
見るからにモンスターって姿だけど、ちゃんと顔がある分さっきのスライムに比べるとまだ可愛さが……あるといえばあるかもしれない。
「はい、翔くん!」
コウゾウさんは真面目な顔して僕にピンクのハエ叩きを渡してくれた。
何かもっとマシなものは!? と思ったけど、とりあえず無いよりはましだ。
改めてモンスターを見ると、短い足で体を左右に揺らしながらトコトコこちらに近寄ってきて僕の足元に体当たりをしてきた。
ゆっくりとした動きだったので咄嗟にそれを避けられたけど向こうはやる気らしい、どうやら戦う以外に方法はないようだ。
僕は覚悟を決めてハエ叩きを振り被り、緑のやつめがけて振り下ろした。
スパーンと畳を叩く音がして僕の攻撃は空振った。緑のやつは攻撃を避けるときは意外とすばしっこかった。
ハエたたきの攻撃にびっくりしたような顔をしたそいつは、さっきまでの威勢はどうしたのかそのままトコトコと逃げるようにしてふすまの間から部屋を出ていった。
「ん? あれ?」
肩透かしを食らったような顔で僕が呆然としていると姫は「大変! このままだと逃げちゃうよ!」と言った。
「逃げるとかあるの!?」
そんなの聞いてない! と抗議したかったけどそんなこと言ってる場合じゃない、あんなのがご近所を歩いていたら大変なことになる、動画を撮られてニュースになってしまうかもしれない。
僕ら4人はトゲトゲの後を走って追いかけた。
廊下の角を曲がったところで、おばあさんがふすまを開けて出てきた。
最悪のタイミングだ。
トゲトゲはそれが目に入らないのか、同じスピードですたこらさっさと逃げていく。このままだとおばあさんとぶつかってしまう!
「「あーっ!」」
澪と僕の大声が重なってさすがに耳の遠いおばあさんも振り返った。
でも、緑のトゲトゲは3Dのゲームキャラクターが壁にめりこむみたいにして、おばあさんの足をすり抜けていった。
一体何がどうなってるのかよくわからないけれど、僕は玄関まで全速力でダッシュして、下駄箱の横で立ち止まっているモンスターにピンクのハエたたきを振り下ろした。
今度はパチンと音がしてモンスターのおでこにヒットした。
「うにぃ~」と小さく鳴いてさっきのスライムの時と同じように黒い煙になって消えていき、緑色の金平糖が床に落ちた。
僕はそれを拾ってほっと息を吐いた。
「なんや、どないしたんやあんたら。何かあったんか?」
おばあさんは尋常じゃない様子の僕らを驚いた顔で見ていた。
当たり前だ、あんな未確認生命体を目の当たりにすれば驚くのも無理はないだろう。
やばいな、なんとか、なんとか取り繕わないと。
「あーの、さっきの緑のトゲトゲは……えーっと、突然変異した新種のーえっと、ムササビです!」
「はぁ? なんて?」
おばあさんは耳に手を当てて、よく聞こえなかったという身振りをした。
「あのねーおばあちゃん! さっきの緑のトゲトゲー! 突然変異のー! 新種のムササビー! 緑のー! トゲトゲー!」
僕は人差し指でトゲトゲのジェスチャーをしながら息も絶え絶えに叫んだ。
おばあさんは「さっぱりようわからん」とだけ言って首をひねり、何事もなかったように長靴を履いて庭に出て行った。
それを見送った後、澪は呆れた顔をして近づいてきた。
「そりゃそうだよ、私だって意味不明だもん。なんでムササビ? ぜんぜん違うじゃん」
至極真っ当なツッコミに反論の余地なんて全くなく、肩を落とすしかなかった。
しかし、おばあさんがあのモンスターのことには一切触れなかったということは、どうやは幸いなことにあの緑のトゲトゲの存在はおばあさんにはバレていなさそうだ。
足をすり抜けてもいたし、もしかするとゲームプレイヤー以外には見たり触ったりできない仕組みなのかも知れない。
その後、ゲーム機のある部屋に戻った僕らは澪のモンスターを出現させた。
出てきたのは腕ぐらいの長さぐらいある鯛のような赤い魚だった。
澪は【フォルティスクエスト】の仕組みに少しずつ慣れてきたようで、ビチビチ元気よく跳ねているそのモンスターにみじんも怯えることなくハエたたきではたき倒してしまった。
澪は金平糖を拾い上げて僕に「よゆー」とピースをしてみせた。恐怖すら感じる順応の早さだ。
明日ぐらいには巨大な虫のモンスターでも出て泣き叫んでるんじゃないかと思ったけど、そっと胸にしまっておいた。
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