1-11 フォルティスクエスト
「おめでとうコウゾウ! 今日の試練、クリアだよ」
その姫の明るい声とパチパチと鳴る無邪気な拍手に、僕と澪は2人して腰から力が抜けて床に座り込んだ。
コウゾウさんはこんな状況だけどモンスターを倒してほっとしたのか「とにかく、これがあってよかった」と、ハエタタキを握ったまま少しひきつった笑みを浮かべた。
いやいや、そういうことじゃないって。
僕らの不安げな視線に気付いたのか、コウゾウさんは頭に手をやって「うーん、これってゲームのキャラクターが現実に現れたってことかな? いや、本当に信じられないことなんだけどさ」とばつが悪そうに言った。
そう、自称姫という女の子だけならまだしもモンスターが現れたとあってはもうテレビのドッキリなんかじゃない。
誰もこの事態を科学的に説明することなんてできない、純度100%の超常現象が発生したのだ。
姫はスライムの入ってきたふすまを開け、殺虫剤の匂いを手でぱたぱたと扇いで追い出した。
そして畳の上に転がった金平糖を拾ってコウゾウさんに手渡した。
「これはさっき倒したスライムの経験値の結晶、クリスタルだよ。後で使うから大事に持っておいてね」
とにかく現状を知る頼みの綱になるのはこの女の子しかいない。
澪もそう感じたのだろう、立ち上がると女の子の目の前にしゃがんで「ねぇ、あなたはゲームの中の人なの?」と尋ねた。
「そうだよ。私のことは姫って呼んでね」
その溌剌とした様子に笑って返事できるほど今の僕らには余裕はない。
聞きたいことが頭の中で溢れているのだろう、澪は「えーっとね」と少し目を閉じて考えてから質問を続けた。
「あのね、さっきあなたは『今日の試練』って言っていたけど、またさっきみたいなモンスターが出てくるの?」
「うん、出てくるよ?」
それはどうして当たり前のことを聞いてくるのかという口調だったけれど、僕らの真剣な顔を見て姫は「そっか、そこから説明しないとだね」と説明を付け加える。
「1人につき毎日1回、試練のモンスターを呼び出して戦うのがフォルティスクエストの基本の流れだよ。これから毎日100日間、少しずつモンスターは強くなっていくよ」
「えーっと……私達はどうすればいいの?」
「100日後まで私を守り抜けばいいんだよ。それでゲームクリア。ね、簡単でしょ」
姫は自分の顔を指さした。そこにはモンスターに狙われているといった恐怖は微塵も感じられない。
とはいえ最終的に出てくるのはどんなモンスターになるのかは想像もできないのは怖すぎる。
「ゲームを途中でやめることってできないの?」
僕の質問に、姫は表情を変えず「それはできないよ。一度始まっちゃえば100日経つまで終われないんだよ」と即答した。
そして思い出したかのように拳で手のひらをぱちんと打った。
「あ、それにね、これからいろんなモンスターと戦って経験値を貯めておかないと、最後に出てくるラスボスに勝てないかもよ」
「え、ラスボス? それってどんなやつなの?」
「えっとね、筋肉がムキムキって感じだったかな」
なんだその大雑把にめちゃくちゃ強そうな情報は。
「あのね、もしもの話だけど、ゲームがクリアできなかったらどうなるの?」
澪が姫の前でしゃがんだままおそるおそる尋ねた。
「ゲームオーバーだね。私を守りきれなかったら」
「それってどういうこと? 私たちはどうなっちゃうの?」
「うーん……。さぁ?」
姫は両手のひらを上に向けてお手上げのポーズをした。
さぁ? さぁって何? そんな無責任なことある?
僕は不安にかられて思わず問い詰めるように訊く。
「さすがに一応ゲームなわけだし、怪我したりなんてことはない、よね?」
姫は指を顎に当ててしばらく考えた後に口を開いた。
「まぁあんまりないと思う、モンスターの攻撃も大したことないよ。でも”ひんし”にはなるよ、HPが0になると」
「ひんし……瀕死? ってどうなるってこと?」
「ひんしってのは、つまり死にそうな状態ってことだよ」
何の説明にもなっていないことを言う姫が笑顔のままなのが、逆にめちゃくちゃ怖かった。
「まぁ、質問はここまでにしとこうよ。どうせ実践していけばすぐにコツがわかるよ。ほら次は翔の番だよ。はい、ここを押して今日の試練をこなしてね」
姫はステータスカードの試練のボタンを僕に見せてきた。
だけどもちろんそんな簡単にモンスターと戦う覚悟なんて決められるわけがない。
「まだ心の準備ができてないんだけどさ、もうちょっと後でやるとか……」
姫はまごつく僕の手からさっとカードを抜き取ると、試練のボタンを押した。
「あー!」
非難と驚きの混じった声を出すと姫は「大丈夫大丈夫、今日はまだ1日目だから」と手をひらひらさせて余裕ぶってみせた。
するとすぐに畳の上の空間がうにょーっと蜃気楼のように歪んでトゲトゲした緑色のモンスターが出現した。
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