1-9 ゲームスタート
「あれ……。おかしいなぁ、スイッチが動かない」
コウゾウさんがテレビの上のゲーム機を再起動しようとしているみたいだけれど、沈黙した画面はうんともすんともいわない。
もしかして壊れたのだろうか。まぁあれだけ古ければしょうがないのかもしれないけど。
宝仙堂のおじいさんの「返品や交換、商品に対するクレームは一切お受けしておりません」という怪しげな声が頭に蘇る。
やっぱ詐欺だったんじゃないか? という目で澪を見ると、不安げな顔でこちらを向いていた。ほら見ろやっぱり言わんこっちゃない、と思った。
しかしそれは違った。澪がそんな表情をしているのには別の訳があった。
コウゾウさんがゲーム機から後ずさって離れた。
よく見るとソフトとゲーム機本体のすき間から墨汁のような黒い液体が流れ出ていて、テレビを伝って畳まで垂れてきていた。
うわっ、なんだ、オイルか何かか?
そう思っているうちに液体の出てくる勢いはありえない程に増して、あっという間に畳半分くらいの大きさのシミになった。
「え、うわ……うわ……」
どうやってこれだけの液体があのゲーム機の中に入っていたのかは想像もつかない、見たこともない状況に理解が追いつかない。
驚きで二の句が継げずにいると、黒いシミの中心部分が青白く発光して床からにゅっと伸び上がった。
いや違う、何かがシミの下から現れ始めたんだ。ゆっくりとせり上がるようにして円状に並んだ銀色の棘が見えてきた。
なんだこれ……なんだこれ。
目の前の異様な光景に僕らは何を言うこともできず、動くことも、視線をそらすこともできなかった。
棘の下に続いてまだ何かが出てくる。
銀色のつやつやした髪の毛が見えて、薄くつむった目が見えて、白い肌に丸みのある頬が特徴的な幼気のある顔が見えたかと思うと、あっと言う間に小学1・2年生ぐらいの女の子が畳の上に立っていた。
いつの間にか畳のシミは消えていた。
薄紫とピンクの2色のふんわりとしたドレスを着ていて、腰辺りまである髪の毛は先っぽの方を1つに結んである。
最初に見えたトゲトゲはこの子の頭に乗っているティアラだったんだ。
その女の子はゆっくりと目を開けて、こちらを値踏みするように見上げながら「あなたたちが今回の挑戦者?」と言った。
その声はみかん畑をイメージさせる明るさだった。
「あのー、もしもし?」
何も言えないでいる僕らに不審げな顔をして聞いてきた。
「えっと……その、君は誰?」
そう尋ねると、女の子は人形みたいに可愛らしい顔にニコッと笑みを浮かべ、自分のほっぺたを両手で指差し「私? 私は姫だけど?」となんの疑問の解決にもならないことを言った。
「あ、わかった。あなたたち、説明書をちゃんと読まないで始めたんでしょ。困るなぁそんなことしちゃ」
それに弁明する暇もなく自称姫の女の子は腰に手を当てて「まぁいいや、さぁみんな、ステータスカードを確認してね。すぐに今日の試練を始めよう、急げ急げー」と僕らを急かす。
状況がまったく飲み込めないけど、流されやすい日本人の
それはさっきまでの真っ白なステータスカードじゃなくなっていた。
[名前:富田翔 レベル:1 HP10/10 SP0/0]もう1つの欄に[職業:中学生]と書かれている。
ステータスだけならまだしも、名前や素性も勝手に記入されている。
僕はカードを澪に見せて指さした。”澪が書いたのか?”って意味だ。
澪は首を横に振った。”私じゃないよ”と目が言っている。
コウゾウさんはあまり動じていないみたいで、関心したようにカードを見ていた。
「コウゾウさんは、あの、あれですか? ……これ、この、いろいろ、何か知ってるんですか?」
あまりに現実離れしたことを目の前にしどろもどろになりながら言うと、コウゾウさんはすぐに「いや、全然知らない。びっくりだよ」と答えた。
うそだろ。じゃあ誰がどうやってこの事態に収拾をつけるっていうんだ。
この子はゲームのキャラクター? まさか。そんなことがあるわけない。何かそう、例えばテレビのドッキリか何かなんじゃないか?
そう疑って部屋の中にカメラがないか探していると姫は背伸びをしてコウゾウさんの手からステータスカードをひょいと抜き取った。
「皆よく見てね、ステータスカードのここのボタンを押すと試練が始まるんだよ」
そう言ってカードの試練と書かれた四角い部分を指で押した。するとそこの赤い枠が青色に変わった。
「えっと、試練? それって何のこと?」
コウゾウさんがそう尋ねたけど、姫は答えずに部屋のふすまを指さした。僕らはつられてそちらを見る。
最初は何の違和感も感じなかったのだけど、よく見るとふすまのすき間には青くて透明の何かが蠢いていた。
それは少しずつその隙間からにゅるりにゅるりと緩慢な動きでこちらの部屋に入ってきて、野球ボールくらいの大きさになった。
「なんだ、ありゃ」
気味の悪い物体の突然の登場に僕は怖くなる。
「ねぇ、なんかさ、だんだんこっちに来てない?」
澪が僕を盾にするようにして後ろに立った。
亀が散歩するぐらいにゆっくりだけど、確実にそれはこちらにうねうねと近寄ってきていた。
「ねぇ、ねぇねぇ! なにあれ、なにあれ! なにー?!」
澪は風呂場でゴキブリを見つけた時の妹のようにパニックになった。
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