1-8 コウゾウさんの部屋

 そこは同じような畳敷きの部屋だったのだけど、それに似つかわしくない雑多な物が所狭しと置いてあった。


 例えば部屋の隅に1メートルはありそうな赤いゾウの置き物が立っていて、こちらに睨みをきかせている。

 かと思えばその横には丸太を荒削りしたトーテムポールがそびえ立っているし、たんすの上や壁にある額縁には緑や赤の絵の具で大胆に描かれた抽象絵画が飾ってある。

 はたまたその横にはどこぞの国の部族が使っていそうな木製のお面が壁にひっかけられていた。


 それらはそれぞれが独特の雰囲気を醸し出していて、部屋の雰囲気はいろんな具材を入れまくったカオスな鍋のようだった。


 かろうじて部屋の真ん中に直径2メートルぐらいの円形のスペースが残されている。


 僕の驚きをよそに、慣れている2人は何も言わずに部屋の中に入っていく。


 おそるおそる続けて中に入ると、部屋には図工室のような、お寺のような、新車のシートのような、なんとも言いがたい臭いが漂っていた。


「なんなんですか、この部屋」

 思わずコウゾウさんに尋ねた。


「あそっか、ごめんびっくりしたかな。実は昔、父さんといろんな国を旅して回ってた時期があってね。その時に集めたものたちなんだよ」


 僕はトーテムポールの上に写真立てを見つけた。砂漠のピラミッドを背景に中学生ぐらいの天然パーマの男の子とその父親らしき人物が並んで立っているのが見えた。


 親子そろって薄汚れたカッターシャツとジーンズ姿、父親は西部劇みたいなテンガロンハットを被って真っ白な歯を見せて笑っている。

 よく見ると写真の下の方に[コウゾウと修一、エジプトにて]と書いてあった。


 コウゾウ少年はあまり楽しい表情ではないような、拗ねたような顔だった。なにか楽しくないことでもあったのだろうか。


 それにしてもこの大きな部屋によくもこんなに怪しいものばかり集めたものだ。


「これ、何なんですか?」


 僕はつい気になってキリンの頭がついたしゃもじみたいなものを指差して聞いてみた。


「ん、それかい? エチオピアって国で村の結婚式にお邪魔したときがあってね。その時の引き出物だよ。キリンのしゃもじ、縁起物らしいよ」


 本当にしゃもじだったとは。


 しかしそもそもエチオピアの人はごはんをしゃもじでよそうのか、とか結婚式に引き出物って文化があるのか? と疑問が次々に浮かんでくる。


「そっちはモンゴルのお祭りで的当てしたときの景品、黒水晶だよ」

 コウゾウさんの指さしたそれはただの黒い石のようだったけれど、言われてみればガラスのような光沢があった。


「それであっちはイタリアのお祭りのときに使われてたマスクだよ。現地で仲良くなった友人にもらったんだ」


 鳥のくちばしみたいなそれはペストマスクというやつだ、これはかろうじてテレビで見たことのあるものだった。


「それからこっちは……ってそうだ違う違う、ゲームするんだったね。ついついいろんなことを思い出しちゃって、ははは」


 この部屋に来た本来の目的を思い出したコウゾウさんは置物たちの間を縫って押し入れに行き、中からものすごく分厚い箱のようなテレビを抱えて持ってきて、ゲーム機をその上に置いた。


 そして赤とか黄色のコードを繋ぎながら僕に話しかけてくる。


「ねぇ翔くん、このゲーム高かったろう」

 コウゾウさんは僕の心の中を見透かすように言った。


 僕はなんて返事したらいいのかわからずに黙っていた。


「最近は何でもインターネットで検索したらだいたい情報が見つかるだろ? でも、あの宝仙堂はネットで検索しても全然見つからないものばかり売ってるんだ。それってすごいことだと思わないかい?」


「古すぎて情報が無いってことですか?」


「いや、古いものも、おそろしくマイナーな物じゃない限りは大抵情報が見つかるんだ。でも宝仙堂に置いてあるものは全くの情報無し、未知なんだよ。きっと地球上でこのゲームの正体を知っているのはあのお店のおじいさんぐらい。宇宙の果てと同じように誰もその存在を知り得ていない。そこに価値があるんだよ」


 そう話すコウゾウさんは生き生きしていて、テレビに贔屓ひいきのアイドルが出てきたときに口数が多くなる僕の母さんみたいだった。


 なるほどこうしてこの人の元に怪しげなものが集まっていくんだな、と少し納得した。

 コードが繋ぎ終わって、いよいよゲームソフトの箱を取り出した。


 手のひらサイズの紙の箱には剣を持って鎧を身につけた、いかにも勇者という出で立ちのキャラクターが大きくプリントされている。

 色あせて薄くなっていたけど【フォルティスクエスト】と書いてあった。パッケージの絵もタイトルのフォントも有名ゲームのパクりみたいだったし、絵も素人が描いたような絵だった。


 箱を開けると、中から手のひらぐらいの大きさのソフトとカードが3枚出てきた。


「あれ、これも使って遊ぶのかな?」

 コウゾウさんはおもしろそうにソフトとカードを手にとって表裏を見る。


 カードを1枚拾った澪は「ステータスカードって書いてある」と僕に見せてきた。


 プラスチック製だろうか、やけにしっかりした素材のそれには、名前、レベル、HP、SPと書かれた欄と、隅っこに職業という欄があった。

 裏面には赤い枠に試練と書かれた部分と、5つのスキル欄がある。


 試練? 何のことなんだろう。


 カードが別にあるってことはステータスはゲームにはセーブされない仕組みなのかな。うーん、昔のゲームってどんなのだったか想像がつかないな。


 コウゾウさんは箱の中身を覗き込んで「説明書は無いみたいだね。ま、こういうゲームは案ずるよりも遊んじゃうが易しだよね」と言い、フォルティスクエストをゲーム機の上に開いた穴にガチャッと入れて電源スイッチを押した。


 すると灰色だった画面にぼんやりとした【ⒸYScompany 1986】という緑の文字が浮かんで消えた。


 そして壮大なピコピコ音とともにドットの粗い【フォルティスクエスト】という大きな文字が画面の下からゆっくりと上がってくる。


「よしよし、ここまでは問題ないね。さーて、どんなゲームなのかなー」

 コウゾウさんがコントローラーを持って【ゲームスタート】のボタンを選択した、その瞬間だった。


 ぶつっと音がして、急に画面が真っ暗になった。

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