1-7 縁側にて

 僕は背中を向けている澪にコウゾウさんのいろんな噂の真偽なんかを尋ねてみようとして、しかしやっぱりやめた。


 今の澪はもうそんな低次元な噂話なんてしないのではないかと思ったからだ。


 面白い話ができないのなら、何も話さないほうが失敗しなくてすむ。


 僕はポケットからスマホを取り出してソシャゲのログインボーナスを獲得してまわり、SNSの更新をチェックすることにした。


 部屋には風鈴の音だけが静かに流れていく。


 ふと、心にひっかかることを思い出した。

「そういえばさ、さっきコウゾウさんの家はクーラーがついてるって言ってなかったっけ?」


 確かに暑くはないけれど、窓が開け放してあって冷房機器はついていないみたいだった。


「クーラーがあるよ、とは言ったけど?」

 とぼけた顔で振り向いた澪が指さした所には、一体いつ壊れたのかわからないエアコンらしき機械が確かにあった。


 騙された。


 そのつもりがあったのかなかったのか、澪は相変わらず涼しい顔をしていた。


 コウゾウさんがお盆にスイカと塩の小瓶を乗せて帰ってきた。そして僕らの様子を見て「ん? あぁ、あのクーラーかい? まだ動くんだけど、ばあちゃん体が冷えるの嫌がるし、最近はあんまりつけてないんだよね」と言った。


 ニュースでは連日のように夜間でも無理せずエアコンをつけましょうと言っているのに、なんだかこの家だけは世界の理から外れているかのようだ。


「翔くんも縁側においでよ、風がきて涼しいよ」


 促されるままに縁側へ行くと、たしかに涼しい風が途切れることなく吹いていた。


「はい、どうぞ」

 縁側に座るとコウゾウさんが白いお皿に乗ったスイカを渡してくれた。


「ありがとうございます、いただきます」

 大きな口を開けてかじるとジャクっと音がして、スイカは半分シャーベットになるぐらい冷えていた。

 体の芯から心地よい冷たさが広がって、思わず大きく息をついてしまう。


「くぅぅ、生き返るぅ」


「翔、おじいさんみたい」

 澪はおかしそうにこちらを見てくる。


「なんか、いいなぁと思ってさ。こういうの」

「ま、それは同感だけどね」


 うまく言い表せないけれど、ここはゆっくりとした時間が流れている気がする。学校でも、家でもなく、来たこともない場所のはずなのだけど、懐かしくてほっとするような感覚がある。


 しかしまさかこんなところで、それに澪と並んでスイカを食べることになるなんて、本当に人生何が起きるかわからないな。


「いやぁこっちも2人に来てもらって助かったよ。朝から冷蔵庫がパンパンだったんだ」

 コウゾウさんは塩をかけたスイカを頬張った。


「あ、そうだ」

 澪は側に置いていた紙袋をコウゾウさんに見せた。


「宝仙堂で買ってきましたよ」

「お、電話で話してくれたやつだね。実はその袋ずっと気になってたんだよ。見ていいかい?」


「もちろんですよ、どうぞ」

 コウゾウさんは差し出された紙袋の中を覗き見た。


「おお、いいねーいかにもレトロゲームって感じ。こりゃ楽しみだ。そうだ、せっかくだから2人も一緒にやろうよ」

 すぐに「やりましょー」と嬉しそうに頷いた澪はこっちをちらりと横目で見てきたので僕も頷いた。


 正直なところあの得体の知れないゲームに少しだけ興味があったし、家に帰るまでの時間を潰せるなら願ったり叶ったりだ。


 コウゾウさんはさっそく紙袋からゲーム機を取り出し、透明なぷちぷちを丁寧に剥がしてゲーム機を観察し始めた。


「とはいえ、まずはなんとかしてテレビに繋がないといけないんだけどね。えーっと、映像出力の端子がこのタイプか。じゃあちょっと狭いけどあっちの部屋のテレビでやろうか」


 コウゾウさんはゲーム機を持って横の部屋に続くふすまを開けた。


 その瞬間、僕は言葉を失ってしまった。


 敷居を堺にして、こちらの部屋とはまるで相容れないような別世界がそこには存在していたからだ。

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