1-6 コウゾウさん
澪は立ち止まって格子戸の門を指差していた。
重厚感のある木の表札に彫られた【山本】という漆塗りの文字が鈍く光を反射している。
門を通して見える家は、黒い焼き板の壁に群青色の瓦屋根が見え、由緒正しい日本家屋という風合いだった。
僕の背よりも少し高いブロック塀は丸い飾り穴が空いていて、そこから見える庭には様々な草木が生い茂っていて小さな森のようにも見えた。
澪がインターホンを押すと音の割れたチャイムが鳴り、5秒ぐらいの沈黙の後にスピーカーから「はい」と声がした。
「咲花です、母に頼まれた書類を持ってきました」
「あっ、澪ちゃん、この暑い中ありがとう。すぐ開けるね」
スピーカーの向こうから男の人の声が聞こえた、きっとコウゾウさんだろう。
間もなく玄関のすりガラスのドアがカラカラと開き、下駄の音をカランカランとさせながら20代ぐらいの男の人がこっちにやってきた。
かなり久しぶりだったけれど、ひと目見てこの人がコウゾウさんだということがわかった。
原色バリバリで目がチカチカしそうな幾何学模様のシャツ、真っ黒なチノパン、そして
その統一感のない不協和音みたいな姿に僕は面食らってしまう。
そういえば、この人って前見た時もこういうはちゃめちゃな服装をしていたような気がする。
「いらっしゃい、わざわざ来てもらって悪いねぇここまで大変だったでしょ」
でもその物腰は柔らかく、孫に対するおじいさんのような温かみのある笑みで僕らを迎えてくれた。
「いえいえ、部活も休みで家にいても暇だったので」
「ありがとうね。それで君が澪ちゃんのクラスメイトだね。はじめまして、で合ってるよね? 俺は山本コウゾウっていいます」
目の前の人は、今まで噂で聞いていたコウゾウさんのイメージと違って、格好以外はすごくまともな人の印象を受けた。
「はじめまして。すみません、あの、急にお邪魔してしまって。あ、富田です、富田翔です」
あたふたしながらそう名乗るとコウゾウさんは何故だか嬉しそうな顔で頷いた。
「翔くんだね、よろしく。さぁとにかく中にどうぞ」
コウゾウさんと澪は慣れた動きで門をくぐって玄関まで続く飛び石を渡っていき、僕はそれに続く。
コウゾウさんは玄関のドアをガラガラと開けながら振り返って訊いてきた。
「2人は友達なの?」
それは下世話な探りを入れるような口調ではなく、ただふと思いついたから聞いてみただけのようだった。
澪は僕を一瞥してから「全然違います、たまたま会ったんですよ。それで家に帰れないって泣きついてくるから、捨てられた犬みたいに哀れだったんで仕方なく拾ってあげたんです」と返した。
コウゾウさんは「あはは、そうなんだ」と面白そうに頷いた。
正直澪の言い分はかなり引っかかったけど、僕は何かを言える立場では全くないので口から出ようとする文句を飲み込んだ。
「いきなり連れてきて本当にすみません」
「いやいやいいんだ。実はね、ちょうど今朝知り合いの人から大きなスイカをいただいてね。なんとか冷蔵庫に入れたのはいいんだけど、ばあちゃんと二人じゃ食べきれないなーって困っていたところなんだ、正直助かるよ」
スイカ! まじかー!
突然やってきた見ず知らずの中学生に冷えたスイカを食べさせてくれるなんて、コウゾウさんは神様か何かだろうか。
それまで抱いていた僕のコウゾウさんへの怪しいイメージはちゃっかりスイカによって払拭されてしまった。
感激しながら靴を揃えて玄関を上がると、向こう側でおばあさんが廊下を横切るのが見えた。
おばあさんはこちらに気づいて立ち止まった。
背筋がしゃんと伸びていて、農作業に使うような薄ピンクの長袖エプロンに頭巾を被ってこちらを不審げな顔で見ていた。その眉間には長年の頑固さが滲み出たようなシワが刻まれていた。
その気迫に僕は若干怯えながらも「こんにちは」と挨拶をしたのだけれど、おばあさんは何も言わずに襖を開けて部屋の中へ入っていってしまった。
「ごめんね、ばあちゃんちょっと耳が遠くてさ。たぶん裏の畑で仕事する時に補聴器を取ったままなんだと思う。前に失くしちゃったことがあってね」
そう苦笑いを浮かべたコウゾウさんに案内されて、僕たちは縁側のある部屋に着いた。
そこは10畳ぐらいの和室で、中央に重厚感のある大きな座卓があり、隅には大型のテレビが置いてあった。
開け放された障子の向こうに見える庭には、大きな葉っぱと青々とした実をたくさんつけた柿の木があって、縁側にまばらに影を落としていた。
柔らかな風が絶え間なく吹いてきて、軒先に吊るしてあるガラスの風鈴が断続的に音を鳴らし続けている。
不思議だ、こんなにも風を涼しく感じるなんて。
「さっき庭に水を撒いたんだ、ここは低地で風が通りやすいから結構涼しいでしょ。あっとそうだ、スイカを切ってくるんだったよ。ちょっとここで待っててね。扇風機は好きに使っていいよー」
コウゾウさんの声が廊下の方へ遠ざかっていった。
澪はここに来るのは慣れているのか、緊張する素振りもなく僕の存在も忘れたかのように縁側に座ってスマホをいじり始める。
異様なほどに使い込まれた扇風機が畳の上に置いてあった。
そこには[National]というあまり聞いたことのないメーカーロゴが入っていた。
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