1-5 暑さの中で

 コウゾウさんの家は商店街から歩いて10分ぐらいのところにあるらしい。


 意を決して日向に出て澪の後ろを歩く。

 オーブンの中に入ったみたいだ。


「翔も入る? これ結構涼しいよ」

 日傘の下で少し自慢げな顔をした澪が僕にそう提案してきた。


「え……?」


 僕の頭は数秒間かけてその意味をやっと理解した。


 なにも応えられない。それってどういう状況になるのかわかって言ってるんだろうか。


 もしかすると澪の日傘に入ろうとしたら「冗談に決まってるじゃん。きもい、バカじゃないの」とか言って笑うつもりなのかもしれない。


 真意を探るために横顔を伺い見ても涼しげな笑みを浮かべているだけだった。


 どうにもさっきから澪が何を考えているのかを測りかねることが多い、久しぶりに話しているからだろうか。


「いや、大丈夫だよ。ありがとう」


 慎重にそう断ると意外にも澪は「あっそ」と、あっさりと引き下がった。


 ひょっとしてただ本当に善意で心配してくれていたのか? いやそんなわけないよな、いや、でももしかしたら……。


 ま、そんなの考えてもわかるわけないか。


 悩むのを止めてふと顔を上げると、少し歩いただけのはずなのに知らない場所に来ていた。


 所々にヒビが入った細いアスファルトの畑道が遠くの山に向かって真っ直ぐに続いていて、信号機の根本が蜃気楼で揺らめいて見えていた。

 道路の脇には稲が青々と伸びた田んぼがあり、キュウリやトマトが育っている畑も広がっている。


 空には輪郭のはっきりとした入道雲が浮かんでいた。 


 歩いてきた方向に僕らの通う校舎が小さく見えて、やっとここは中学校の裏側なんだとわかった。


 僕はどこまで連れて行かれるんだろう。

 手で頭のてっぺんを触ると目玉焼きが焼けそうなぐらいに熱くなっていた。


 熱のせいで思考のリミッターが壊れたみたいに思い出さなくてもいいことが次々に頭に浮かんでくる。


「いいか翔、つまらなくても地道に勉強しとけよ、お前には何の才能も無いに決まってるんだから。なんてったって俺と母さんの子なんだからな、ははは」

「ほら見て、足立さんとこの幹哉みきやくん、全国書道コンクールで金賞だったんですって、すごいわねぇ」

「お兄ちゃんはいいなぁ、中学生なのに部活もしてなくて。遊ぶ時間いっぱいあるじゃん」


 さっき家族に言われてイラっときた言葉たちだ。


 本来なら今日は家族4人でショッピングモールに行き、その間に殺虫剤を焚くことになっていた。でも僕はその予定を蹴って逃げ出してきた。


 はたから見ればすごく自分勝手な行動だっただろうけど、あの家族と一緒にいるのはどうしても気が滅入った。


 運動も勉強も才能がないし、のめり込むぐらい好きなことがないことも、全部自分が一番わかっている。


 そんなのは学校でもう毎日うんざりするほど思い知らされている。


 1学期が終わる頃、何の部活にも入っていないのは結局クラスで僕だけだった。


 新入生向けの部活動一覧のプリントを見たらそこにはやりたいことが何もなかったのだからしょうがない。


 誰かに「なんでもいいから入っちゃえば?」と言われたこともあったけど、どうせ何の才能も無いし、将来何の役にたつのかわからない部活に時間を割きたくないと思ってしまい、結局一歩を踏み出せなかった。


 だけどその考えは甘いことを思い知らされた。

 部活に入っていないことで話題に取り残されることがこんなに多いとは思わなかったのだ。


 教室では部活が同じ奴らで仲良くしていることも多くて、僕は1学期の間にも少しずつ1人でいる時間が多くなってきたように感じていた。


 たまに皆と話すと話題が部活のことにならないように、心の中で他の話のネタを必死に探している自分がいて、それが痛いし情けないと思った。


 あまり見なかったようなアニメを見たりSNSに手を出したり、中学生になった途端話題作りのためや浮かないためにやらないといけないことが多すぎる。

 それって逆にすごく無駄なエネルギーを使っているんじゃないだろうかと思ってしまう。


 ただ目立たずに生きることが、一体いつからこんなに難しくなってしまったんだろう。


 視界がぐわんと横に回転したような気がした、いよいよ熱中症なのかもしれない。

 やっぱり今からでも澪に頼み込んで日傘に入れてもらおうかと口を開きかけた時だ。


「ここだよ」

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