1-4 お楽しみください
おじいさんは「少々お待ち下さいな」とお店の中のレジに向かって歩いて行った。
「よかった、いつ来てもここのお店閉まってたんだよね」
満足そうに澪は言っているけど、僕は釈然としなかった。
「こんな古くて動くかどうかも定かじゃないゲーム機に1万も出すなんて、普通じゃないって。大丈夫なの?」
澪にだけ聞こえるように小声で言う。
「だってコウゾウさんが大丈夫って言ってたんだもん、お金だって私のじゃないし。私達には価値がわからないかもしれないけど、ビンテージの物ってこういうもんなんじゃないの?」
この店の商品はそういうのじゃなくてジャンク品とかガラクタって言葉のほうが合ってると思うぞ。と思ったけど、お爺さんが戻ってきたので口に出すのはやめておいた。
「はいどうぞ、レシートとこの商店街で使える割引券です」
おじいさんはゲーム機をぷちぷちのシートに包みながら、こちらを横目で見てきた。
「ところでそちらのお客様は、何かお買い求めの品はありますかな?」
「いえ、ないです」
僕は断言した。こんな訳のわからない店で1円だって払ってたまるもんかと思ったし、そもそも僕の財布の中には100円玉が3枚入っているだけだった。
「そうですか、それは残念ですなぁ」
おじいさんはゲームの入った紙袋を澪に渡すと「それじゃお嬢さんがた……お楽しみください」と再び店の中に入っていった。
僕にはその「お楽しみください」が突き放すような感じに聞こえて少し不気味だった。
「さてと、翔はこれからどうするの?」
紙袋を両手に持った澪は僕に訊いてきた。
僕にしてみればこの質問はかなり意外だった、学校にいる時だったら絶対に話しかけてこないはずなのに。
「殺虫剤の煙であと3時間ぐらいは帰れないからな。コンビニに寄って、クーラーのある図書館にでも行くよ」
「え、それまじで言ってる? 図書館に着くころにはカラカラのミイラになってるよ」
「だって他に行くとこなんてないよ。駅前に行ったってコンビニとかスーパーで3時間もつぶすわけにいかないし、お金だってないしさ」
「ふーん」
澪と僕は商店街の出口に向けてゆっくりと歩き出す。
「あ、そういえばコウゾウさんの家だとクーラーあるよ」
澪はいかにも今思い出したかのようにそう言った。
「確かにクーラーは魅力的だけどさ、コウゾウさんと面識ないし行きにくいよ。向こうだって急に来られたら普通に困るだろ」
とりあえずそう断ってから考える。
……なんで急に僕を誘ったんだ?
さっきからの澪の行動にはとてつもない違和感があった。
だって半年ぶりぐらいに会話をしたような相手だ、教室では本当に全く喋らないし目も合わせないのに。
中学生になった澪がいるのは自己主張ができて、見た目もよく、怖いものなんてまるで何もないような人ばかりが集まっている一番目立つグループだ。
一方、僕は地味なグループに入れてもらっているけれど休み時間は話す相手がいなくて1人でいることもある。
天と地、上と下、陰と陽。
同じ教室にいても澪とは全く違う世界にいるのと同じだったし、澪もできれば僕なんかに関わりたくないと思っているんじゃないかと思っていた。
だとすると、もしかしてコウゾウさんの家に1人で行きたくない理由が何かあるんじゃないか?
例えばコウゾウさんはすぐに怒鳴ってくるとか、変な壺を売りつけてくるとか、澪は何か弱みを握られてるとか。
想像すればするほど心配になってくる。
しかしそんな妄想したところでやっぱり面識のない人の家に急に押しかけるに値する理由にはならず、ついに商店街の出口に着いた。
「じゃあな、また学校でな」
そう言って高架の影から出た瞬間だった。
商店街に入った時よりも高くなった太陽が、じりっと僕の肌を焼いた。
例えじゃなく本当に焼かれた気がした。
汗なんて一瞬で蒸発してしまうような、暑さというよりも熱さといった方がしっくりくるような暴力的なエネルギーが真上から射出されていて、思わず一歩後ずさってしまう。
ニュースで気象予報士の人が言う『危険な暑さ』ってこういう事なんだと嫌でも納得させられた。
これは本当に冗談ではなく図書館につく頃にはミイラになっているかもしれない。
澪は肩から提げたカバンから白いつばつきの帽子を出して被り、紫外線をばっちりカットしてくれそうな厚手の折り畳みの日傘を広げた。
そしてこちらを向いて言った。
「もっかい言うけどさ、図書館に辿り着く前に、死ぬよ」
からかいの要素なんて1ミリたりとも含まない真剣な忠告だった。
僕は観念し、がっくりとうなだれた。
澪はバッグからスマホを取り出してコウゾウさんに電話をかけた。宝仙堂でゲーム機が買えたことを伝えた後、クラスメイトを1人誘っても良いかを手短に尋ねてくれた。
そしてすぐにこちらに向けて親指と人差し指で丸を作ってみせた。
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