1-3 高い買い物

 僕のすぐ右隣にいつの間にかお店の中にいたおじいさんがパイプの煙をふわふわとくゆらせて立っていた。


 禿げた頭に浮かぶシミがよく見えるほど近い。

 それなのに不思議と今まで気配どころか煙草のにおいすら感じなかった。


 背中の曲がったおじいさんは、サンタクロースみたいな白い顎ヒゲを黒いゴムで止めてあり、なんだか仙人みたいな雰囲気だ。


「こんにちは」

 澪が人が変わったような品のある声色で挨拶をすると、おじいさんも皺だらけの顔に笑顔を浮かべて「こんにちはお嬢さん、なにかお探しですかな?」と柔らかな声で言った。


「私、おつかいで来たんです。『もし宝仙堂が開いてたら1万円でおもしろそうなものを選んで買ってきてほしい』って、知り合いの人から頼まれているんです」


 それを聞いたお爺さんは片眉だけを少し上げて澪を見て、ゆっくりと笑った。


「ほっほっほ、いやはやそれはたいそう難儀な頼み事ですな。ところでお客様は当店は初めてご利用で?」

「はい」


 澪の返事にうなずいたお爺さんは、並べられた商品を手で指しながら言った。


「当店の商品は御覧の通り、ビンテージ物ばかりでございますゆえ……返品や交換、商品に対するクレームは一切お受けしておりません。その点をご承知おきください。ただし、商品の価値は私が保証いたします」


 その声はなぜかとても楽しげに聞こえた。

 僕は澪が騙されてお金をぼったくられないかちょっと心配になった。


 どうにもこの宝仙堂って店は怪しい。


 ほら見ろ、ワゴンに入ったボロボロのゲームソフトに3000円とか4000円なんてシールが貼ってある。そんな高価なソフトをワゴン売りにする?


 そもそもいくら古いゲームっていったってそんな価値が本当にあるのかも疑わしいもんだ。


 澪は店外に並べられた商品を一通り見て、くすんだガラスのショーケースに入った据え置き型ゲーム機を指差して「これ、遊べるんですか?」と尋ねた。


「ええ、ええ、もちろんですとも。お客さんお目が高いですな、それは1980年代に発売された……えーっと、確か"わいえすかんぱにー"という会社で作られたゲーム機ですな。相当な掘り出しものですが、今日は初めてのお客様への特別価格、こちらのゲームソフトをつけて1万円ちょうどで、いかがでしょう」


「いっ、1万円!?」


 僕はもう一度ゲーム機を見る。


 年季が入って黄ばんだプラスチック、どこで断線していてもおかしくないぐらいにぐねぐねに曲がった電源コード、そこに繋がっているコントローラーもボタンがひしゃげていて本当に動くか定かじゃない。


 おまけにおじいさんの差し出している手のひらサイズの箱には[フォルティスクエスト]とプリントされているようだけど、日に焼けていて元の色がどんなのかすらわからない。


 こんな電源が入るかどうかもわからないゲームのどこにそんな価値があるのか全くもって意味不明だ。


「じゃ、これ買います」

「えっ」


 澪が即答したのを聞いて耳を疑った。

「ちょっと待って! ちょっと澪、ちょっとだけこっち来て」

 思わず彼女の腕を引いて少し店から離れる。


「何?」

 振り向いた澪は非難するような目でこちらを見た。


「いやほら、冷静になってよく考えてみろって。おかしいだろ、あんなボロボロのゲーム機が1万円だなんてさ」

 店の前でにこにこしているおじいさんになるべく聞こえないように小声で話す。


「よく考えてるって。私が頼まれてることなんだし、そんなの翔に言われる筋合い無いでしょ?」


 そりゃ確かに他人のお金をその人がどう使おうと勝手だし、口出しするのは間違っている気もする。だけどさ、1万円は高すぎだろ、もったいなさすぎる。


 ところが澪は僕が何も言い返さないのを見ると、それを無言の肯定だと思ったのか、すぐにおじいさんの所に戻って「やっぱりこれください」と躊躇なく言った。

 思わず口があんぐり開いてしまう。


「お嬢さんは物の価値というものがおわかりですな」

 そうやっておじいさんにおだてられて澪は何も疑わずに嬉しそうな顔をしている。


 財布からおじいさんの手に渡るピンピンの1万円札を眺めていて、つい「あ、あぁ……」と小さく声が出てしまった。

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