リモート勤務で過呼吸を起こした日



 コロナ流行第n波。この数字を見るたびに思い出す。私がこの病気の症状が出始めたのはまだ数百人と数えることのできる流行具合だっただろうか。研修はリモートだったが、転勤先ではいくつかのグループにわけて交代制のリモート勤務が導入された。

 


 私は転勤してから直ぐに担当を数社受け持持つことになった。しかも引継ぎもままならないまま、すぐにリモート勤務になってしまったため、転勤先の勝手がわからなかった。もちろんお客様の性格も特色も手探りで面会禁止の中、いかに顔を売るかが勝負だった。



 ──過呼吸を起こし始めたのは、いくつもの要因が重なってしまったのだ。



 『納期が間に合わない。通関業務があるから、いつもより早く作ってくれ。注文はまだしない先行で製作してくれ 』


 『その注文だけ特別な対応は難しい。形状が規格と異なる。ただでさえ難しい形状なのにそんな納期は無理だ。まずは受注をしろ 』



 気がつけば、私はお客様と会社との板挟み状態になってしまっていた。過呼吸を引き起こしたトリガーはこの言葉。



「それでもお前は営業か──? 」



 聞いた瞬間から心臓がバクバクとなって息ができなくなった。 「申し訳ございません 」と謝罪をし、電話を今までより少し乱暴に切ってしまった。




 そこからは溢れ出した涙がもう止まらない。今まで懸命に押さえつけていた感情の壁が崩壊してしまった。各部署に対する不服やお客様の信用を失う事への恐れ、受注が出来ない不安感、ノルマ未達成への恐怖、全ての感情が涙となって出てきて堪えきれない。しまいには息もできなくなる。全身が痺れ、足で支えられなくなった私は床に倒れた。



 助けてくれる人もいない。ここには私ひとりきり。はじめての土地で知り合いもいない。大学時代の友人も地元の友人も遠く離れた土地に住んでいる。助けを求められる環境ですらなかった私は、紙袋で口と鼻を覆い、懸命に呼吸困難の苦しさを耐え凌んだ。




 不幸中の幸いか時差があったからか、過呼吸を起こして倒れたのは、日本時間午後8時過ぎごろ。


 ──定時なんてとっくにすぎていた。












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