コロナ世代と精神科閉鎖病棟 2022〜

枝野モズ

新卒コロナ世代




 はじめて違和感を覚えたのは、職場近くの小学校の桜も散って、新緑から溢れる日差しが眩しくて自転車通勤が少し辛く思えてきた頃。


 

 その時期は、それぞれの気持ちを抱いて通勤している大人たちに混ざって、昨年の私たちとはまた面持ちが異なるが、皆同じ白いマスクをして目元は緊張しているのがわかる真新しいスーツ姿の新入社員を街でチラホラと見かけるようになってきていた。そんな彼らを私はまだ呑気に微笑ましく眺めていた。



 身体に徐々に目に見えた異常がきたしはじめたのは、後輩もできて責任が増えた社会人二年目の初夏だった。最初は、長い五月病だと軽く考えていた。



 


 私たちは世間ではコロナ世代と呼ばれている。かく言う私もコロナで卒業式が中止になり、大学の卒業証書は郵送で、配達員さんから手渡された。教授や大学の同期と卒業を祝うことも出来なかった私たちは社会に出る不安を分かちあう仲間も離れ離れで、ひとりで抱えたまま、入社式も新人研修も、リモートで行った。社会人という常に責任を負わなくてはならない立場になることを、常に孤独な空間で画面越しから身につけていった。




 リモートで行われた研修が終わり、希望部署に配属された喜びも束の間、これまたコロナの影響により、部署が解体された。まだ対面で会ったことが片手で数えられるくらいしかないOJTの先輩や会社の同期がひとりもいない別の部署、ついでにいうと当初の配属とは真逆のところへ転勤することになった。




 新しい土地で新しい人間関係を構築するのは、誰でも苦労する。解体された前所属の中でも、私は新入社員でまだ部署内でのポストが確立しておらず、外部へと移動させやすかったのかもしれない。異動命令がくだされたのは、私がまだ労働組合に加入する前だった。



 同期の中でも、地元を離れて県外の大学へ進学した私が、外の環境に適応できると判断され抜擢された。私だけが、転勤になったのだ。今思えば、転勤がこの病気に罹るきっかけだったのかもしれない。






 転勤先の場所は、以前の部署とは真逆だった。人手が常に足りず、ピリピリしている。人手不足の補充要員として、他部署の新卒の私が配属されてしまった。しかも、一戦力として。他では考えられないノルマが課された。どう効率よく仕事をしようにも、これは業務時間内では終わらない内容だった。


 

 その上、チームの人間関係も悪い。一体感がなく、常に衝突していた。職場環境も決して良いとは言えなかった。




 私は毎日残業をして、仕事を持ち帰った。土日の出勤は当たり前で、労働が毎日の義務として、私の生活の大部分を占めていた。毎晩夢の中でも仕事をしている。






 じわじわと闇は広がっていくのに、気をとめる暇もなく、目の前の仕事のことだけを考えた。業務を遂行していくのと比例して課される膨大なノルマが、ザクザクと私の心を刻んでいった。弱音をはける環境でもなかったから、その破片がいつの間にか身体中に突き刺さっていった。

 

 

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