第58話 その後の話

 その後、治療のためにセレナがゲイル殿に付き添う。


 あの様子なら、もう下手なことはしないだろう。


 一応、ナイルを監視役として頼んではおいたが。


「いやはや、お見事ですな。あのやり方なら、遺恨が残る可能性は低いでしょう」


「モルト殿、お騒がせしてすまない。なんか、俺がきてから次々と人がやってきてしまったな……」


「いえいえ、この辺境に人がやってくるのは嬉しいことですから。それまでは、本当に代わり映えない日常で……無論、満たされた日常ならいいのですが、そうではありませんでした。貴方がきてから民はもちろんのこと、私にも刺激があって良いかと思います」


「そう言ってくれると助かる。しかし、サーラさんが侯爵家の長女とは……」


「ええ、私も驚きました」


 俺達の視線を受けて、サーラさんがこちらにやってくる。

 弟にはついていかずに、それまでただじっと庭に立っていた。


「お二人とも、愚弟が申し訳ありませんでした。そして、私の家のことも」


「いえいえ、お気になさらないでください」


「ああ、モルト殿の言うとおりだ。ひけらかすよりは全然良い」


「ふふ、ありがとうございます……しかし、アイク様には特に感謝をいたします」


 すると、サーラさんが俺に向かって頭を下げてくる。


「あ、頭をあげてくれ! 気にしないで良いと言ったろうに……」


「いえ、それとは別件です。愚弟は……ゲイルは、あんなのでも私にとっては弟ですから。アイク様の寛大な処置と、決闘を受けてくれたことに感謝いたします。下手をすれば、処罰は免れなかったでしょうから」


 態度や言葉はきつくとも、やはり弟ということか。

 ……もしかしたら、俺の兄上もそうだったのかもしれない。

 あの時の俺は受け止めきれず、ただ反発をしてしまった。


「サーラさん……そういうことなら受け取ろう。大丈夫だ、今日のことを報告するつもりはない」


「ありがとうございます。ふふ、やはりお嬢様を任せるに相応しい方ですね」


「ああ、それは良かった」


「……ただ、鈍感なところがたまに傷ですが」


「よくわからないが……よく言われるので善処する」


 妹にも『兄さんは女心がわかってないとか、絶対に結婚できない』とか言われていたっけ。

 あいつ、まだ十歳にもなってなかったのに。

 ……そういえば、家族に手紙は無事に届いただろうか。


「いえいえ、それが良いところでもありますから。とにかく、弟の件については後はお任せください。しっかりと——調教しますので」


「……ほどほどにな」


「はい、ほどほどに」


 その目は笑っていなく、どう考えてもほどほどに済みそうにはない。


 下手をすると、俺がつけた傷よりも酷いことになりそうだ。


 今、セレナから回復魔法をかけてもらっているであろうゲイル殿を思い……憂うのだった。



 ◇


 ~サーラ視点~


 私は屋敷の中の廊下を歩きながら、先程のやり取りを思い出す。


「アイク様は、本当に不思議な方ですね」


 戦争時においても、今に至っても、ゲイルは失礼な態度を取っていたでしょうに。

 それなのに、ちっとも怒っている様子はない。

 大物というか、器が大きいというのか……鈍感なだけなのか。


「ですが、良き御仁であることに変わりはないですね」


 そんなことを考えつつ、ナイルさんが立っている部屋前に来る。


「あっ、サーラ……さん?」


「ふふ、さんのままでお願いいたします。侯爵家長女とはいえ、ここではただのメイドなので」


「わかりました。まあ、俺も似たようなものなので。それでは、俺は下がりますのでごゆっくりどうぞ」


「ふふ、ありがとうございます」


 良い人の元には良い人が集まるのか、ナイル殿も気遣いの出来る良い方です。

 ナイル殿が去った後、私は扉を開けて中に入る。

 そこには意気消沈した弟と、オロオロしているお嬢様がいた。


「サーラ! ちょうど良いところに……」


「あ、姉上……」


「どうしたのですか?」


「その……ゲイルが物凄く落ち込んじゃって」


 ……なるほど、次男なので甘やかされて育った弟のこと。

 思い切り打ちのめされたのがこたえたのでしょう。


「情けない」


「ぐっ……」


「ですが、貴方には良い薬でしょう。アイク様の寛大な心に感謝しなさい。場合によっては、処罰を受けるほどのことをしたのですから」


 アイク様を領主に任命したのは国王陛下。

 お嬢様をお任せしたのも国王陛下。

 それを否定することは許されることではない。


「はい……俺も先ほど手紙を確認しました。確かに国王陛下が任せると……」


「ゲイル、貴方の献身は嬉しく思います。ですが、もういいのです」


 その言葉に、ゲイルが再び項垂れる。

 どうやら、トドメを刺してしまった様子。


「……こっちも鈍感ですね」


「えっと?」


「いえいえ、なんでもございません」


 少し愚弟が可哀想なくらいに。

 ですが、愚弟にもチャンスはいくらでもありました。

 手柄を立てて、国王陛下に直訴するなり、我が父に頼み込んだり。

 それをせずに、護衛や幼馴染という立場に甘えた結果でしょう。


「ゲイル、これは貴方が招いた結果です。アイク様を恨んだり、お嬢様を責めるなどしないこと……いいですね?」


「はい、それは分かってます。セレナ様……一つだけいいでしょうか?」


「はい、いいですよ」


「あの男……アイク子爵が好きなのですか?」


「ふえっ!? い、いや、そういうわけでは……でもでも、素敵というか……」


 両手をパタパタとさせて慌てる様では、何を言っても無駄である。


 弟はそれを見て、全てを諦めた顔をするのでした。

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