第57話 受け止める

 俺達が庭に出ると、ナイルとモルト殿がいた。


 どうやら、騒ぎを聞きつけてきたらしい。


 俺は二人に事情を説明し、立会人を頼むことにした。


 セレナとサーラ殿は身内なので、審判役には適してないだろう。


「さて……木剣でいいか? 流石に死なせるわけにはいかない」


「勝てることが当然という顔か……! 言っておくが、俺が最前線に出ていたら、貴様以上に活躍をしていたはずだ!」


「そうか、そうかもしれないな。だが、セレナ様を守るのも大事な仕事だ」


「なっ!? 貴様に言われるまでもない!」


 これ以上言葉を交わしても無駄か。

 俺は木剣をゲイル殿に放り投げ、もう一つの木剣を正眼に構えを取る。

 ゲイル殿も木剣を拾い、八相の構えを取った。


「えー、では……公平を期して、領主様補佐の私が審判を務めさせて頂きます」


「じゃあ、俺はいざとなったら止めに入る役にですかね」


「ああ、それで頼む」


「ふんっ……セレナ様、見ててください。こいつをぶっ倒して、貴方の目を覚まさせてあげましょう」


 サーラさんとセレナは、黙って俺達を見ていた。

 しかし、その瞳の奥には……不安が見え隠れしていることに気づく。

 やはり、何だかんだ言ってゲイル殿が心配なのだろう。

 俺は木剣を構え、声がかかるのを待ち……。


「では……はじめ!」


「ウォォォォォォ!」


 開始と同時に、裂帛の気合いを入れてゲイル殿が駆け出した。

 そして、八相の構えから上段の構えに切り替え——振り下ろす!

 俺はそれを木剣を横にして、その場で受け止める。


「むっ!?」


「ぐぅぅ!」


 その力は中々で、俺の腕に圧がかかる。

 どうやら、大言壮語というわけではなさそうだ。

 この打ち込みは、確かな鍛錬をしていなければ打てない。


「やるな」


「な、なめるな! 余裕をしていられるのも今のうちだ!」


 ゲイル殿が一度距離を置いて、再び駆け出す。

 そして、上段斬り袈裟斬りと、次々と攻撃を繰り出してくる。

 俺はその全てを、一歩も動くことなく受け止めた。

 時に鍔迫り合いをし、時には防御に回り……彼の思いを、劍筋にて感じるために。


「ふむ……」


「ハァァァァ!」


 確かな鍛錬の跡、熱意のこもった打ち込み、そして命令違反を犯してまで追ってきたという思い。

 俺は、ゲイル殿を少々誤解していたようだ。

 もちろん貴族特有の傲慢さは見えるが、それだけの男ではない。

 そうであるなら……やはり、こちらも誠意を持って対峙せねばならない。


「……少し本気を出す」


「なに!?」


「はっ!」


 俺は鍔迫り合いの状態から、力を入れてゲイル殿を弾き飛ばす!


「うおっ!?」


「上手く受け止めよ——セァ!」


「ぐぁぁぁぁ!?」


 俺の一撃で吹き飛ばされたゲイル殿が、地面を激しく転がって行く。

 俺の横薙ぎの一撃を咄嗟に木剣で防御したが、それでも衝撃を逃がしきれなかったのだ。

 それでも咄嗟に受け止めた判断は賞賛に値する。

 少しでも遅れていたら、骨の一本くらいは折れていたかもしれない。


「今のが俺の想いだ……セレナ様を守るという」


「く、くそっ! 身体が……」


 全身が泥だらけ、あちこちには擦り傷……その姿は、侯爵家の者には見えない。

 悔しさからか、目からは涙が滲んでいる。


「どうした? まだやるか?」


「あ、当たり前だァァァァァ!」


 最早構えもなにもなく、ただひたすらに木剣を打ち込んでくる。

 俺は最後の一撃と決め——ゲイル殿の木剣を弾き飛ばす。

 カランカランという乾いた音がし、木剣が転がって行く。

 すると、ゲイル殿が膝をついた。


「君はセレナ様の護衛に誇りを持っていたことはわかる。 だが、その役目……俺に任せてもらえないだろうか?」


「……ああ、俺の負けだ。わかってたさ、もうセレナ様に俺の護衛が必要ないことは……」


「ゲイル殿、お主のおかけでセレナ様の安全が確保されていたのだ。彼女がいなければ、我々はとっくに瓦解していたに違いない。だから、貴方も英雄の一人だ」


「……痛み入る」


 俺はゲイル殿の肩に手を置き、気持ちを込めて護衛任務を労う。


 甘いと言われるかもしれないが……彼だって、共に戦争を戦い抜いた者なのだから。


せっかく生き残った命、縛られずに今後の未来のために使って欲しい。

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