第56話 事情を知る

……さて、どうしたものか。


目が覚めたゲイル殿を自分の私室に案内して、対面のソファーに座らせたは良いが……現時

点でも、俺を不満そうに睨みつけている。


サーラさんがいるし、子爵家とはいえ俺は当主なので立場的には彼より上だ。


なので、向こうもどうして良いのかわからないかもしれない。


「ゲイル、いい加減にしなさい。貴方が侯爵家次男とはいえ、次期当主でもなければ新たに家を建てた訳でもない。我が国において爵位を持つ当主は、爵位を持たない貴族より立場は上です。むしろ、本来なら貴方が敬語を使うべきなのですよ?」


「し、しかし! 姉上! こやつは成り上がりの……」


「私は二度は言いません——いい加減にしなさい」


「っ〜!? わ、わかりました……」


その射殺すような視線に、ゲイル殿が渋々といった感じで頷く。

どうやら、サーラさんには逆らえないらしい。

こんな時になんだが、少し可哀想になってきた。


「ま、まあ、その辺にしてくれ」


「き、貴様などに庇われる謂れはない!」


「……ゲイル?」


「ヒィ!?」


だめだ、てんで話が進まない。

セレナは自分が口を出していけないと思っているのか、ずっとオロオロとしている。


「サーラさん、俺なら平気だ。少し、ゲイル殿と話をさせてくれないか?」


「アイク様がそう仰るなら。ただし、暴言を吐いたり暴れない限りは」


「ああ、それでいい。さて……まずは、改めて自己紹介を。国王陛下よりアトラス領の統治を任された、アイク-アトラスという。ちなみに、敬語は必要ない」


「……セレナ様の護衛騎士して、ハロルド侯爵家次男のゲイル-ハロルドだ」


そう言い、渋々ながら答える。

ようやく、まともに話が出来そうだ。


「それで、ゲイル殿はどうしてこちらに?」


「……セレナ様が、極秘裏に辺境に行ったという話を聞いたからだ。そこには、貴様がいるという話だった。そんなところに、この方をおいては置けん」


「ふむ……よくわからないが、セレナ様が心配でということか?」


「当たり前だ! この方は、俺が幼い頃からずっと守ってきたのだ! それを、何処かの骨ともわからない 成り上がりに……!」


ゲイル殿は両拳を膝において下を向く。

その身体は小刻みに震えていた。


「……サーラさん、すまない。彼とセレナ様の関係は? そして、サーラさんとは?」


「私とゲイルはお嬢様の幼馴染です。出会いは十歳の頃になり、私はメイドとして仕え、ゲイルは護衛騎士として仕えてきました。そして、それは今現在まで続いております。国王陛下と私達の父が、懇意にしていたので」


「なるほど、それで男性にも関わらずセレナ様の側にいたのか」


「はい、私が行っても良かったのですが……流石に戦場でメイドは目立ちますので。何より、私が戦えることは秘密ですから。それは密偵でもある私にとってはよろしくないことなので」


「だから、ゲイル殿が護衛に従事していたということか」


それは常々疑問だった。

女性であり王女でもあるセレナの側に男性がいることに。

といっても、別に誰かに聞いたこともなかったが。

あの時の俺は、そんな余裕もなかった。


「はい、そういうことですね。ですが、戦争は終わりました。なので、護衛も一度解かれたというわけです。こういう場所なら、私の方が護衛に適しているので」


「確かに街中ならメイドの方が目立たないか……俺はてっきり、婚約者か何かだと思っていたぞ」


「へっ!? ち、違いますっ!」


それまで黙っていたセレナが、俺に詰め寄ってくる。

首をブンブンと横に振り、必死な様子だ。


「アイク様、それはお嬢様が可哀想です」


「そ、そうか、失言だった」


「むぅ……ほんとです!」


「すまない」


しかし、そうなると……彼の気持ちはわからんでもない。

それまでずっと守ってきたのに、いきなり任を解かれて、主君は遠い地に行ってしまった。

しかも、相手は俺のような成り上がりの貴族だ。


「とにかく、弟は勝手に来ただけなので。ゲイル、アイク様は国王陛下が直々にお嬢様を頼むと仰ったのです。さて、事情がわかったなら早く王都に帰りなさい。どうせ、お父様の許可も得ずにきたのでしょう?」


「ですが!」


「え、えっと、何もそんなに冷たくしなくても……」


「お嬢様、甘やかしていけません」


セレナはどうして良いかわからず、姉弟を交互に見た。

ふむ……セレナのためにも、ここは遺恨を残すのは良くないか。

そう思い俺がゲイル殿に視線を向けると、悔しそうな視線を俺に向けていた。

いくら鈍感な俺も、流石にわかった……ならば、それを受け止めなくてはならない。


「サーラさん、少し待ってくれ。ゲイル殿、お主はどうしたい?」


「……俺と決闘しろ」


「ゲイル!?」


「はぁ、何を申すかと思ったら……アイク様、無視して構いませんので」


俺は二人の声に対し、否定の意味で首を横に振る。


「いや、それでいいだろう。セレナ様に相応しい男かどうか、その目で確かめてくれ」


「ふえっ!?」


「くっ……覚悟しろ。英雄だが何だか知らないが、叩きのめしてやる」


よし、後は剣を交えればわかることもある。


ここですっきりさせておかないと、おそらくまずいだろう。


ところで、セレナは何故……両頬に手を当てて、耳まで真っ赤になっているのだろうか?

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