第55話 ゲイル-ハロルド

 ……何処かで見た覚えがあるな。


 端正に整った顔に、綺麗なサラサラの金髪。


 背は俺より低いが、細く締まった感じの体型をしている。


 その男が、つかつかとこちらに向かってきた。


「貴様ァァァァ! セレナ様に何をしている!?」


「ゲ、ゲイル!? どうしてここにいるの!?」


「セレナ様! 今すぐ、そいつから離れてください!」


 そう言い、セレナを庇うように男が俺の前に立つ。

 そして、俺を親の仇のように睨みつけてくる。


「すまない……誰だろうか?」


「なっ!? わ、私に向かって誰だと!? まさか、覚えていないのか!?」


「……何処かで、見たことあるような気はする」


 しかし、いまいちピンとこない。

 多分、そこまで印象に残っていないのだろう。


「こ、この……私は認めない! いいか!? 子爵になったかといって調子にのるなよ!」


「いや、そんなつもりはないが……気に障ったならすまない。ところで、セレナの知り合いか?」


「へっ? は、はいっ!」


 すると、その男が腰にある剣に手を添える。

 俺は咄嗟に半歩下がり、無意識のうちに構えを取る。


「……剣を抜け、セレナ様に向かっての暴言は万死に値する」


「あぁー、それについては申し訳ない。確かに君のいう通りだった」


 彼の言葉に、俺はしっかりと頭を下げる。

 この男は、セレナの正体を知っているということだ。

 それならば、俺に対する敵意も当然の話である。

 本来なら、俺などが気安く話しかけて良い方ではない。


「ゲイル! やめなさい! アイク様には、私が許可をしてます!」


「いくらセレナ様の頼みでも聞けません! やはり、近づかせるべきではなかった!」


「頭に血が上って話を聞いてくれそうにないか……さて、どうしたものか」


 すると視界の隅にて、屋敷の

 その動きは俊敏且つ緩やかで、まるで手練れの密偵のようだ。


「おいおい、二階から音もなく着地したぞ。ふむ、見事な動きだな」


「貴様、どこを見て——ヘブシッ!?」


 そして、そのまま物凄い速さで迫り——ゲイルという男性をぶん殴った。

 男はそのまま吹っ飛び、勢いよく地面を転がっていく。


「ゲイル!? サーラってばやりすぎよ!」


「お嬢様、良いのですよ。アイク様も、愚弟が失礼いたしました」


「いや、俺は何も気にしていな……愚弟?」


「はい、そこにいる男は私の弟……ゲイル-ハロルドでございます」


「ゲイル-ハロルド……あぁ! あの人か!」


 その時、ようやく気づいた。

 ゲイル-ハロルド、それはセレナ付きの護衛騎士の名前にして、俺を目の敵にしていた男だ。

 よく睨まれたり、セレナに近づくなと言われていた。

 元々近づくつもりはなかったので、適当に流していたが……そういや、最後の時も噛み付いてきたっけな。


「アイク様ってば、全然気づいてなかったんですね?」


「眼中にないとは、我が弟ながら哀れです」


「い、いや、そういうわけではない。ただ、今は鎧も来てないし髪型も違う……まあ、印象が薄いのは確かだが」


 なにせ、セレナの護衛なのでほとんど後方にいた。

 前線にいる俺とは、顔を合わせることはほぼない。

 顔を合わせても嫌味を言うので、俺も適当に流していた。

 別に実害は特にないので、気にしてもなかった。


「完全に忘れてましたね。いや、それ以前の問題ですか」


「はは……アイク様が気にしてなかったことを喜ぶべきなのか、ゲイルを可哀想と思うべきなのか……迷うところですね」


「待て……ゲイル-ハロルド殿はハロルド侯爵家の次男だったはず。つまり、サーラさんは……」


「はい、私の正式な名前はサーラ-ハロルド……ハロルド侯爵家の長女にして、ゲイルの姉でございます。そして、今はただのメイドです」


「……頭痛がしてきた」


 突撃相手が侯爵家次男で、その姉がサーラさんとか。


 この態度からいって……どう考えても、穏便な話にはならない。


 俺は現実逃避をするように、天を仰ぐのだった……。


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