第54話 手紙

部屋に戻った俺は、手紙をテーブルの上に置く。


そして、それをただ見つめていた。


なにせ、兄上とは喧嘩別れをして以来、十数年間も会っていなければ手紙も出してない。


「ふむ……何が書いてあるやら。いや、見ないことには始まらないか」


俺は意を決して、手紙の封を切る。

そして、恐る恐る上から文字を読み上げていく。


「これは子爵当主宛てではなく、ただの兄から弟への言葉とする。弟よ、久しぶりだな。こうして手紙を書くことなど初めてだが、お前が戦争で活躍していたことや生きている知らせは受けてきた。なので、私も安心していたのだが……戦争から帰ってきて、実家に顔を出さないとはどういった了見だ? 次にあったときは覚悟しておけ……か」


……まあ、怒るのも無理はない。

ただ、俺自身もどういう顔をして実家に帰っていいかわからなかった。

俺は親父が戦死した後、戦争に向かおうとする兄上を殴り飛ばして出て行った。

そのまま戦争に参加して、それっきりというわけだ。


「でも、そうか……文面からして、おそらく絶縁されていたわけではなかったのか」


そういえば、妹のエリカはいくつになったのだろうか?

俺とは十歳くらい離れていたはず……大体、ナイルくらいか。


「もしかして、結婚とかしているのか? いや、あの妹を溺愛してる兄上が早々許すわけがないか……しかし、もう二十代半ばだろうに」


そもそも17年前だし……会っても、本人かわからないかもしれない。

お転婆で生意気で、良く俺の周りをうろちょろしてたっけ。


「……家を出る時、エリカは泣いていたな。父上が死に、俺までいなくなるのと」


それもあって、俺は家には帰り辛かったし、手紙も出せなかった。


「エリカに関する内容は書いてないが……俺の送った手紙が帰ってきたら、その辺りのことも書いて送り返すか」


罵詈雑言の内容でなく、ひとまず安心した。

そして手紙を机の中に仕舞い、俺は朝の鍛錬をしに庭へと向かうのだった。




ごろんと横たわるギンを横目に、俺は木刀で素振りをしていた。


こいつといったら、サーラさんから朝ご飯をたっぷりもらってご機嫌である。


そして俺の全身から汗が吹き出る頃、ギンがようやく起き上がった。


「ウォン!(お腹いっぱいなのだ!)」


「はいはい、そいつは良かったな。骨もあるし、しばらくは遊べるな?」


「ウォン!?(我は骨などで遊ばないのだ!?)」


「ほほう、そいつは初耳だな。では、骨は処分してしまおう」


「ウォーン!(ダメなのだ!)」


「くく、わかってるさ。ほら——食後の運動でもしてこい!」


俺は庭に放ってあるベアの骨を拾い、それを人のいない建物の裏側に投げる。

すると、ギンが嬉しそうに駆け出す。


「ウォン!(本能には逆らえないのだ! そう、これはただの本能なのだ!)」


「取ってきたら、もう一回投げてやるからなー」


「ウォーン!(うむっ!)」


尻尾を振って走り去るギンを見つめ、俺は思わず苦笑する。

やはり、まだまだ子供らしい。

すると、館からセレナが出てくる。


「ア、アイク様!?」


「ん? どうかしたか?」


「そ、その……上半身が」


「……これはすまん」


下を履いてるとはいえ、上半身裸は不味かったか。

あまりに汗をかいたため、途中で脱いでしまった。


「い、いえ! ……ご褒美ですっ」


「そ、そうか? よくわからないが……」


「あ、あの、良かったら魔法で水をかぶりますか?」


「そうしてくれると助かる」


「では、失礼しますね……水よ降り注げ、アクアシャワー」


セレナが両手をかざすと、俺の頭上から水のシャワーが降り注ぐ。

その水がぱちぱちと体にあたり、水が弾ける。

その心地良さに、思わず目をつぶって堪能してしまう。


「あぁー……気持ちいいな」


「えへへ、お役に立てて良かったです。それにしても、随分と根を詰めてましたね?」


「ああ、鈍った身体をどうにかしないとな。ゴブリンキングに手こずっているようでは、オーガクラスが出た時に困る……俺はもう、仲間を死なせなくたい」


「アイク様……わ、私も頑張りますねっ」


「ああ、頼りにしている」


「っ……! はいっ!」


彼女の回復魔法があれば、即死以外ならどうにかなる。

それだけでも、戦闘の幅が広がるというものだ。


「さて、では着替えて……ん?」


「何でしょう? 門の外が騒がしいですね」


そして、次の瞬間——門が開く。


そこには、一人の男が俺を睨みつけて立っていた。

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