第46話セレナ視点

 ……大きくて頼り甲斐のある背中。


 こうして負ぶってもらっていると、忘れていた当時の記憶が蘇る。




 お父様とお兄さんのお父さんが話しをしてて、私は退屈を持て余していた。

 なので、こっそりと建物から抜け出して豊穣祭を見て回ることにしました。


「わぁ……すごい! 人がいっぱい!」


 王都では、私は窮屈な生活ばかりだった。

 一日中お城にいて、踊りのお稽古や礼儀作法、そして勉強ばかり。

 私だって、外に出て遊びたかった。


「でも……遊ぶって何をすればいいんだろ?」


 とりあえず、お腹が空いた私は屋台のおじさんに話しかけることに。


「あ、あの!」


「おっ、嬢ちゃん……一人かい? お使いか何かかな?」


「えっと、お腹すいて……この串焼きください!」


「……お金はあるのかな?」


 その言葉に、当時の私は戸惑う。

 お金という言葉は知っていたけど、見たことも払ったこともなかったから。


「ふぇ? お、お金……ないです。そっか、お金ないと食べられないんだ」


「……仕方ねえ! 持ってけ!」


 そう言い、おじさんが串焼きを手渡してきた。

 今思うと、貧しい平民の子供だと思われたかもしれない。

 当時の私は髪も短く、お姫様っぽくはなかっただろうし。


「……いいの?」


「おうよ! 豊穣祭でケチくせえことは言わねえ! 国王陛下が良い国を作ってくれる! だったら、俺達も頑張らねえと!」


「あ、ありがとう!」


「ただし、他の店ではダメだからな? あとは、お家に帰って食べなさい」


「は、はいっ!」


 私はお礼をいって、串焼きを受け取りました。

 そして、その場で食べて……その感じたことのない味付けに感動したのです。

 熱々だし、味付けが物凄く濃い……王都の食事では考えられませんでした。


「わぁ……美味しいっ!」


 私はご機嫌なまま、豊穣祭の雰囲気を楽しんで街を歩いていた。


「……でも、みんな誰かと一緒にいる……私は一人ぼっち」


 そんな時、昨日遊んでくれたお兄さんのことを思い出した。


「あっ! お兄さんに遊んでもらおう! えっと……何処にいるんだろ?」


 私はお兄さんを探し回って、街の中を歩き回り……いつのまにか人のいない場所に来てしまった。

 その時になって、自分の足が痛いことに気づいた。


「いたっ……こんなに歩いたことないもん」


 普段は馬車で、徒歩で歩くことなんかない。

 当然、護衛なしで出歩くこともなかった。


「……誰もいない……ふえーん! 誰かー!」


 私が泣き叫んでも、祭の騒がしさでかき消されました。


「ぐずっ……こんなことなら抜けだすんじゃなかったよぉ……」


 そして、私が途方に暮れて泣きじゃくっていると……あの人が現れたのです。

 頭をぽりぽりとかいて、仕方ねえなって顔をしながら。


「ったく、こんなところにいやがったのか」


「お兄さん!」


「勝手にどっかいっちゃダメだろ? 親父さんが心配してるぜ?」


「だ、だって……退屈なんだもん。みんな遊んでるのに、私だけ建物の中で一人……お父様は、お兄さんのお父さんと話してるし」


「まあ、気持ちはわかる。とりあえず、足を見せてみろ……血は出てないし、爪も割れてない……仕方ねえ、後で俺が怒られればいいか。ほれ、とりあえず背中に乗れ」


 私の足を確認した後、お兄さんは私に背を向けてしゃがみました。


「ふぇ?」


「俺が背中に乗せて、街を案内してやる。その代わり、それが終わったら家に帰す……いいな?」


「う、うんっ! お兄さん、ありがとう!」


「気にするな」


 そして、私はお兄さんに負んぶされながら街を案内される。

 噴水広場、高台からの景色、美味しい屋台の食べ物など……そのどれもが、私にとっては未知の世界だった。

 普通の人は、こういう生活をしているのだなと始めて実感した時なのかもしれない。

 そして……時間はあっという間に過ぎた。


「ほれ、帰るぞ」


「ええー!? まだ遊びたい!」


「んなこと言ってもなぁ……よし、わかった。もし次に会うことがあったら、豊穣祭を一緒に回ってやる」


「……ほんと?」


「ああ、約束だ」


「絶対だよっ!」


 説得された私は家に帰ることになり……お父様に怒鳴られた。

 そしてお兄さんは自分の父親に殴られ、私のお父様からも怒られていた。

 見つけたのに、すぐに連れ帰ってこなかったことを。


「違うの! お兄さんは悪くな……」


「いえ、俺が悪いんです。なので、あんまり叱らないであげてください」


「な、なんで……」


「いいんだよ、俺が勝手にしたことだ」


 そう言い、にかっと笑ったのは鮮明に覚えている。

 きっと、その時に初恋をしたのだろう。

 同時に、昔から優しくて自己犠牲の強い方なんだなと思う。

 ただ、その後戦争が起きたことで、豊穣祭は無くなり……私の記憶からも、お兄さんは消えていった。





 ……それが、まさか憧れていたアイク様だなんて。


 あの時とは違う意味で、恥ずかしい。


 私の心臓の音、聞こえてないかな?


「……あぁー」


「アイク様?」


 や、やっぱり、ドキドキしてるのがバレたのかな?


「いや、昔な……こんな風に、女の子を負んぶしたことがある」


「……えっ?」


「お転婆で跳ねっ返りで、あちこち動き回る女の子だったが……随分と立派な女性に成長したな?」


「アイク様……それって……」


「ククク、やっぱりそうなのか。あの迷子の小娘が、一国の王女様だったとは……人生はわからんものだ」


 恥ずかしいやら嬉しいやら、色々な気持ちが押し寄せてくる。


 どうしていいのかわからず、私はアイク様の肩に顔を埋めた。


 でも、勇気を出して『……そうですね、お兄さん』と伝えるのでした。



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