第43話 ゴブリンキング

……きた、セレナ様が村へと慌てて走ってくる。


その姿は中々の演技で、俺が何も知らなければ何かあったのかと思うほどだ。


俺はそれを、村の入り口近くの茂みの中で眺めている。


「はぁ、はぁ……急がなきゃ、みんなに置いてかれちゃう!」


そう言い、村の中へと入っていく。

俺はその間に、ギンに念話を送る。


『ギン、そっちはどうだ?』

『問題ないのだ。こちらには、奴らが近づく気配はしない』

『わかった。お前は、そのまま街まで向かってくれ』

『主人が負けるなど微塵も思っていないが……気をつけるのだ』

『ああ、油断はしない。帰ったらブラッシングをするとしよう』

『うむっ! まだご褒美も貰っていないの……』


そこで一旦、ギンの念話が途切れた。

俺は何かあったかと思い、動くか迷ったが……。


『主人よ、すまん』

『いや、無事なら良い。それで、何かあった?』

『森の方に動きがあった。我らから、どんどんと離れていく』

『……つまりは、そういうことか。わかった、後はこちらでやる。お前はできるだけ、遠くに離れてくれ』

『うむ、我が近くにいてはゴブリンキングがこないか……では、健闘を祈るのだ』


そこで念話を切り、少し離れた位置にいるナイルに視線を送る。

頷くのを確認した俺は、気を引き締めて……その時を待つ。






待つこと十分くらいだろうか? ……セレナ様が、村から出てくる。


「は、早くしないと、みんなに追いつけないわ!」


そう言い、慌てて走りだそうして……盛大にこけた。

演技とは思えないほど、思い切りがいい。

現に、その膝からは血が流れていた。


「いたっ……ど、どうしよう? 足を怪我しちゃった……誰かー! 戻ってきてー!」


その必死な演技が功を奏したのか、ギンが遠くに行ったからかわからないが……にわかに森の方がざわつき始めた。

そして……一際目立つゴブリンが姿を現した。

身長は二メートルくらいだが、その体格は俺よりも一回り以上大きい。

全身の筋肉が盛り上がり、足の太さが尋常ではない。

手には何処から手に入れたのか、立派な大剣を持っていた。


「グフフ……ニンゲンノメス」


「ひっ!?」


奴がセレナ様に下卑た視線を向けつつ走り出したので、俺は身体強化を使い……一瞬で、セレナ様の前に立つ。

奴がたどたどしくも言葉を話したこと……それが、ゴブリンキングである何よりの証拠だ。


「もう大丈夫だ、よく頑張ったな」


「ア、アイク様!」


一瞬だけ視線を向けると、その顔は恐怖で体が震えていた。

それでも自ら作戦を提案し、自分が囮になる事を選んだ彼女に……俺は敬意を表する。

ここまでお膳立てされて、此奴を逃すわけにはいかない。


「ニンゲンノオス、ジャマダウセロ。オスハマズイシ、ヨウハナイ」


「相変わらず、下手な言葉だな。この女性を手に入れたいなら、まずは俺を殺すことだ——そんなことは不可能だが」


「ナニ? ニンゲンフゼイガワレトタタカウ? アノフェンリルハイナイゾ?」


相手はまだ、俺を舐めきっている。

今のうちに大きなダメージを……俺は背中にある大剣に手を添え、魔力を最大限に高める。


「舐められたものだ。見せてやろう……人間の力を!」


「ナニ——グカァァァァァ!?」


俺の振り下ろした大剣により、ゴブリンキングが吹っ飛ぶ。

その勢いは、森の中にある木々を倒していった。


「やりましたねっ!」


「いや、これくらいでやれるなら苦労はしない。セレナさんは、ここで待っててくれ。お前達! この場は任せるぞ! ナイルを指揮官とし、セレナさんを守りつつ雑魚を蹴散らせ! 俺はゴブリンキングを仕留めにいく!」


「「「おうよ!!!」」」


俺の声に、頼りになる歴戦の勇士が声を上げた。

彼らにかかれば、ゴブリン如きは敵ではない。

俺はゴブリンキングを追って、森の中へと向かう。




そして俺が森に入った時、奴は既に立ち上がっていた。

胸には大きな傷があり、そこから血が出ている。

だが、致命傷には程遠い……こいつの一番厄介なところは、その頑丈さとタフさにある。

何故なら、既に……血が止まっていた。


「キ、キサマァァァァ! コノワレニキズヲォォ!!!」


「どうした? 人間に傷をつけられるのは初めてか? 人間風情と馬鹿にしてた相手にやられる気分はどうだ?」


「っ——!! コロス! テアシヲモイデ、イキタママクラッテヤル!」


「はっ、やれるものならやってみるがいい」


よし、これでこいつの意識は俺に向いた。


ひとまず、俺を殺すまでは逃げることはない。


あとは、俺がこいつに勝つだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る