第37話 祭まであと少し
豊穣祭をやると決めてからの日々は忙しかった。
やることは山ほどあり、あっという間に時間が過ぎていく。
そして、開催一週間前にして……ようやく、やるべきことを終えた。
確認事項、許可の申請、各設備の費用などなど……何より、豊穣祭の挨拶文や神官との手紙のやり取りが大変だった……目がチカチカする。
「つ、疲れた……もう、文字は見たくない。これなら、狩り担当の方が楽だった……だが、仕方あるまい」
「はは……お疲れ様でした。領主にしか出来ないお仕事がありますからね」
「モルト殿は、いつもこんなことをしてたのだな。というか、今回も結局負担をかけてしまったが」
「ええ、そうですね。豊穣祭の時期になると、書類の山に埋もれていましたよ。いえいえ、今回はアイク殿がいたので楽だったくらいです」
「そうか、俺なんかでも力になれたなら良かった。それとセレナさん、手伝ってくれて感謝する」
俺はソファーでお茶を飲むセレナさんにもお礼を言う。
教養もある彼女の事務能力は高く、モルト殿と一緒に手伝ってくれた。
「い、いえ! 私も王族ですし、手伝えて嬉しかったです ……来たことあるって、いつ言えば良いんだろ?」
「うん? どうした?」
「な、何でもないですっ……そう言えば、アイク様が参加した時はどういったことをしたのですか? お祭りの行事とかって覚えてますか?」
「俺が参加した時……」
二十年くらい前の話なので、思い出すのも一苦労だ。
あの時は父上が人と会う約束があるからと、一人でふらふらと食べ歩きをしていたっけ。
その時に何かあったような……。
「そうだ、思い出した。前に言ったが、女の子に会ったのだが……その子が迷子になったと、女の子の父親と俺の父上から報せを受けてな」
「……っ〜!?」
「やたら慌てていたのが印象的だった。女の子の父親はともかく、自分の父が慌てていたのが……今思うと変だったな。確か、『馬鹿もん!お前もすぐに探しに行かんか!』と怒鳴られたっけ。無論、俺は遊んだし顔もわかるからだと思うが」
「うぅー……」
「それで、祭りをそっちのけで探し回って……どうした? もしや、具合が悪いのか?」
「い、いえ! ……ごめんなさい」
ふと見ると、セレナ様の顔が真っ赤だった。
いかん、無理をさせてしまったか。
この方が頑張り屋さんだということを失念していた。
「すまない、セレナさん。サーラさん、部屋に連れて行って休ませてくれ」
「わ、私は平気ですっ」
「まあまあ、お嬢様。ここはアイク様のお言葉に甘えておきましょう」
「……はい」
そうして、二人が俺の部屋から出て行く。
俺は背中の椅子に体重をかけ、少し反省をする。
「やれやれ、俺としたことが頼りすぎたか」
「いえ、あれは……そういうことではないかと。むしろ、もっと頼って良いかと思いますよ」
「……そうなのか?」
「はい、そう思います。その方が、セレナ様も居心地が良いでしょうから」
「なるほど……」
確かに、何もせずにいては暇かもしれない。
ならば、無理をかけない程度に頼るとしよう。
「さて……休憩も兼ねて、少し話をまとめましょうか」
「ああ、そうしよう。この後の流れも確認しないといけない」
俺達はソファーに移動し、お茶を飲んでホッと一息つく。
「まずは、一番の懸念でもあった警備の面についてです。本当に、ギン殿には感謝ですな」
「ああ、ギンが頑張ってくれたからな」
俺の頼み通り、ギンはウルフ系の魔獣を説得してくれた。
そのおかげで、警備の面は解決した。
「まさか、ウルフ系の魔獣を従えてくるとは驚きましたよ。ただ、住民を説得するのは骨が折れましたが……」
「まあ、仕方あるまい。本来なら恐れる魔獣だ」
「ですが、昔から住んでる年老いた方々が説得してくれて助かりました。ウルフ系の魔獣は賢く、無闇に人を襲わないと知っていましたから」
「ああ、彼らは自分達の縄張りを犯さない限りは平気だ。あとは、報酬である肉を与えれば問題はない」
これで人々が慣れてくれれば、この先が大分楽になる。
何故なら彼らはご飯が食べられれば良いらしく、場合によっては今後も従ってくれるとか。
そうすれば人員を増やすことなく、今後は街道警備などもやってくれるかもしれない。
「ええ、彼らが今後も手伝ってくれれば助かります。そうすれば、畑なども荒らされずにすみますから」
「そのためにも、美味い飯を用意しないとな。さて、今後の流れだが……もう民の移動は始まっているのか?」
「ええ、距離がある者達から順に向かってきてます。明日にでも、最初の参加者が到着するかと」
「参加者が泊まれる家の整備は、ガルフ達が頑張って用意してくれた。民を迎えに行く者はナイル達がやってくれている。村や街道警備はウルフ達がしてくれる。それに関する手配などは、セレナさん達が手伝ってくれた……うむ、最低限の用意はできた気がする」
本当に、皆が来てくれて助かった。
一人でも欠けていたら、きっと無理だっただろう。
……この礼は、きちんとせねばなるまい。
「はい、街の掃除なども民達が率先して手伝ってくれたり……良い空気感を感じますね。皆が協力して、一つのことに向き合ってるというか……上手く言えませんが」
「いや、言いたいことはわかる。やはり、一つの目標に向かって皆で頑張るのは気持ちが良い。戦場と一緒にするのはあれだが、そういう時は気分が高揚するものだ」
「確かに年甲斐もなく、はしゃぎたくなるような気分ですね」
「……モルト殿、改めてよろしく頼む。この豊穣祭を成功させて、領民に辺境が変わって行くということを示そう」
「え、ええ! こちらこそよろしくお願いいたします! ……長かった夢が叶います」
そして、俺とモルト殿は自然と握手を交わす。
この行事、領主として必ず成功させてみせる……そう心に誓うのだった。
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