第36話 幕間 ギン視点
……全く、どうして我がこんなことを。
我は伝説の魔獣フェンリルにして、森の王とも言われている存在だというのに。
それが、今では主人の使いっ走りである。
今も、主人の依頼を受けて森の中を駆け回っていた。
「ウォン(まあ、別に不満などないが)」
主人は我に強要はしないし、きちんと対価も払う。
主人のくれるご飯は美味しいし、ブラッシングは天国である。
……それに、戯れるの嫌いじゃない。
「ウォン(何より、主人は我の命の恩人だ)」
主人がいなければ、我はとっくのとうに死んでいただろう。
出産で弱った母親が縄張り争いで魔獣に負け、我を逃がすだけで精一杯だった。
いくらフェンリルとはいえ、生後二週間くらいでは森の中を生きてはいけない。
「ウォン(……本当に、出会った時から不思議な人族だったのだ)」
我は森を駆け回りながら、当時の記憶を思い出す。
◇
……ここはどこ?
お母さんは無事なの?
デビルベアーに襲われて、お母さんは僕を逃がすために……でも、負けるはずはない。
きっと、あとで迎えに……。
「クーン(ううん、わかってる。多分、お母さんは僕を守って死んじゃったんだ)」
体を壊していたし、最後に……強く生きなさいって。
そうだ、僕だって誇り高きフェンリルの一族だ。
一人でだって、立派に生き抜いてみせる。
それが……お母さんの願いだもん。
「ガウッ!(強くなって、お母さんの仇を取るんだ!)」
そう決意した僕は、一人で生きることを誓ったんだ。
……ただ、そんなに甘くはなかった。
乳離れはしてたけど、まだ爪も牙も未発達だし、狩りを教わる前にお母さんは死んでしまった。
ホーンラビットなどの小動物にも逃げられて、僕はお腹を空かせて森の中を彷徨っていた。
あんまり奥の方に行くと強い魔獣もいて危険なので、出来るだけ浅い部分を歩く。
「ククーン……(お腹空いたよぉ……お母さん)
数日後、僕はいよいよ動けなくなってきた。
頭が回らなくなり、ふらふらとしてきた時……目の前にトロールが現れた。
お母さんなら簡単に勝てるけど、子供の僕には勝てるわけがなかった。
「グフフ……」
「キャン!(それでも……戦うんだ!)」
まだお母さんの仇も取れてない!
何より、誇り高きフェンリルの一族として情けない生き様は見せられない!
四肢を踏ん張り、僕はなんとか相手を睨みつける。
「ゴバァァ!」
「キャン!?(ァァァァ!?)」
自分の気持ちとは裏腹に、張り手を避けることができなかった。
僕は木にぶつかり、身体中が痛みでおかしくなった。
それでも歯を食いしばって、どうにか立ち上がる。
その時——茂みから人間が現れた。
「ふむ、野生の戦いに人が関与するのはどうかと思っていたが……様子を見に来て正解だったな。相手が妖魔ならば、遠慮はいらない」
「ゴバァァ!」
「うるさい——黙ってろ」
「グフッ……」
僕の目からは、いつ剣を振ったのかわからない。
ただ気がついた時には、トロールの胴体と下半身が分かれていた。
僕が呆気にとられていると、その男が近づいてくる。
「さて、問題はこいつか。まさか、幼体のフェンリルに会うとは。こんな浅い森にいるような魔獣ではないはずだが……親が近くにいないのも変だ」
「グルル……!(人間、礼なんか言わないぞ!)」
僕は慌てて威嚇をする。
生まれた時に、すぐにお母さんに三つのことを言われた。
同種の雄を殺す雄のフェンリル、見境なく襲う妖魔族、そして人間っていう生き物に気をつけなさいと。
奴らは毛皮を欲しがったり、剥製とやらにしたり、見世物として捕らえたりするって。
大人になれば敵じゃないけど、小さいうちは注意しなさいって言われた。
「良い気迫だ。逃げもせずに、その幼さでトロールにも立ち向かった勇敢さ……流石は、伝説の魔獣フェンリルだ。ところで、親はどうした? 俺でよければ送っていくぞ? その親に殺されるかもしれないが……まあ、頑張るとしよう」
「ククーン……(お母さん……)」
その人間の声色は見た目と違って優しく、僕は思わず弱気になる。
何より、この人間からは嫌な臭いがしない。
一度お母さんに連れられて人間を見に行った時は、こういう臭いのする人間には気をつけなさいって。
「そうか、既に……さて、どうしたもんだか。放置しても、このままだとすぐに死んでしまうな。誇り高きフェンリルの子よ、お前はどうしたい? 生きたいか? それとも、ここで死にたいか? 俺はお前の意思を尊重する……もし目的があったり、生き残りたいのであれば俺の手に触れると良い」
「ワフッ……?(どうしよう?)」
この人間は変だ。
力づくでどうにか出来るのに、僕の意思を尊重するって。
死にたくはない……でもそれは、何も出来ないままに死ぬのが嫌ってことだ。
生き残って、お母さんの仇を取りたい。
「キャン!(人間! 僕を強くしろ!)」
「おっ、よくわからないが……とりあえず、付いてくるってことで良いか。俺の名前はアイクだ……よろしくな、フェンリルの子よ」
そうして僕は、この人間に拾われることになった。
一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に戦場を駆け回った。
お母さんの仇を取る、その日までと目標を掲げて。
◇
……懐かしいのだ。
我は引き取られた二年後に、母の仇を取るために主人の元を去った。
しかし仇を取った後、結局主人の元に戻ってしまった。
「ウォン(情けないことに、もう独りぼっちは嫌だと思ってしまったのだ。それに、主人との日々は大変だったが楽しくて……幸せだったと気づいた)」
主人は他の人族から我を守ってくれたし、我を強く鍛えてくれた。
時に叱り、時に甘やかし、時に遊んだり……フェンリルは父親を知らない。
だから、我にとっては主人がお父さんみたいだなと。
そして、我に全てをくれた恩人だと。
「ウォン(そんなことは照れ臭くて言えないが)」
だから、我は行動で示しそうと思った。
主人の側にいて、主人の成すことを手伝おうと。
故に本来ならあり得ない契約という形を結んだのだ……
「ウォーン!(そのためならば、このフェンリルの力を使おう!)」
我は魔力を全開にして、特殊な咆哮を放つ。
これは魔力を相当使うが、同族系にしか聞こえず……しばらくすると、ウルフ系の魔獣達が集まってくる。
彼らはウルフ系の王でもある我に平伏する。
フェンリルは彼らの守り人でもあり、彼らは我らに従う存在だとか。
「ガウッ(王よ、お呼びでしょうか?)
「ウォン(すまんが、お主達の力を貸して欲しい)」
「ガウ!?(あ、頭をお上げください! フェンリル様は、我々の王なのですから!)」
「ウォン(いや、例え上の立場でも無理強いはしたくないのだ。我の頼みを聞いてくれるだろうか?)」
「ガウッ!(なんという心遣い……当然ですとも!)」
「ウォン(感謝する)」
そして我は報酬を約束しつつ、彼らに向かって頼みごとをする。
おそらく、同じフェンリルが我を見たら格下に頭を下げる情けない奴と思うだろう……正直言って、我も本能的には辛いものがある。
でも、それでも良い……主人がそうであるように、我も強いからといって無理強いはしたくない。
主人は我より強いし主従契約を結んでいるが、一度たりとも命令したことはない。
そして、その姿勢こそが——我が主人に惚れ込んだ理由なのだから。
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