第35話 帰還

 それから数日をかけて領内を回り、無事に日が暮れる前に街へと帰還する。


 この旅で思ったことは、サーラさんがいてくれて良かった。


 セレナ様と一緒の部屋で寝るわけにはいかないし、お風呂などの問題もある。


 もしいなかったと考えると……恐ろしい話である。


「アイク殿! お帰りなさいませ!」


「モルト殿、留守を預かってくれて感謝する」


「いえ、慣れたものですから。今日はお休みいたしますか?」


「いや、話は早い方が良い。できれば、すぐにでも話がしたいところだ」


 確かに疲れてはいるが、割と緊急性が高い。

 すぐに話し合い、明日にでもすぐに行動を開始しなくてはいけない。


「わかりました。それでは、このまま領主の館に向かいましょう」


「すまない。サーラさん、セレナさんを頼む」


「……ふぇ? わ、私も行きますっ」


「お嬢様、ここは甘えておきましょう。慣れないことでお疲れですので」


「ああ、そうすると良い。では、ひとまず館に行くとしよう」


 館まで一緒に行き、ふらふらしているセレナ様をサーラさんに預けて、俺は自分の仕事部屋に入る。

 そしてすぐに報告を済ませ、今後の話をすり合わせる。


「なるほど……やはり、その辺りの問題は出てきますか」


「ああ、懸念通りではある。それと……他の連中は何をしているのだろうか? 何処にも見当たらなかったが」


「……彼らには仕事を任せております。豊穣祭に向けて、街を綺麗にしないといけないですから」


「それは必要だな。後は、新しい家なども用意できるといいか。もしカップル成立とかした時用に」


「え、ええ、新しい家作りなども並行して行なって参ります」


 ……モルト殿にしては珍しく歯切れが悪いな。

 何か、負担をかけるようなことを言ってしまっただろうか?


「すまない、色々と押し付けてしまって……俺に出来ることがあったら言って欲しい」


「いえ! そういうわけではないのです! ……ただ、して欲しいことはあるかもしれません」


「何だろうか? なんでも言ってくれ」


「豊穣祭では領主として挨拶と、みんなと一緒に祭りに参加してください。そうすることで領主の顔を覚えますし、親近感を覚えるでしょう。それは、今後の統治に必要なはずですから」


「ああ、もちろんだ。苦手だが、どうにかしよう」


 その後も、話を続ける。

 急を要するのは人の移動手段と、街道整備など。

 それらはすぐには用意できないので、遠い村から順番に迎えに行き、街に連れてくることになった。

 こちらの空き家に泊めて、祭りの日まで過ごしてもらう。

 そしたら、また迎えに行きを繰り返すことで話はまとまった。




 そして、肝心の村を空けることについては……話を終えた俺は、庭にいるギンの元に行く。


「ウォン?(主人よ、話は終わったのか?)」


「ああ、ひとまずな。それより、ギン……体を洗ってブラッシングでもするか?」


「ウォーン!?(なんと!? 当然するのだ!)」


「よし、決まりだな。では、夕飯前に洗うとしよう」


 井戸水を組み、身体全体にかける。

 そしたら、石鹸で全体を泡立ててやる……それが終わったら、お湯で洗い流す。

 最後に風の魔石を使い、乾かしながらブラッシングをする。

 この風が吹く魔石は、戦友であったエルフが別れ際に俺にくれた物だ。

 別に焚き火の熱や自然の風でも乾くが、こちらの方が気持ちいいだろう。


「ウォン?(それは例のエルフがくれたやつ……貴重品だがいいのか?)」


「ああ、今回は頑張って貰ったからな。お前がいなければ、それこそ領内に知らせるだけで一ヶ月かかっていた可能性もある。それに、道具は使ってこそだ」


「ウォン(うむ、我にかかればお茶の子さいさいなのだ)」


「だな。なにせ、伝説の魔獣フェンリル様だ」


 そこで、ギンの顔色が変わった。

 ようやく、変なことに気づいたらしい。

 むしろ、遅すぎるといったところか。


「……ウォン?(何が狙いなのだ?)」


「人聞きの悪いことを言うなよ。単純に、日ごろの労いをしているだけさ」


「ウォン!(嘘なのだ! そういう時は待ての訓練とか躾の時間があったのだ!)」


「おっ、小さい頃なのに覚えているのか。あの頃のお前は、そりゃやんちゃでな……大変だったよ」


 人間など信じないと大暴れをしたり、俺の手足に噛み付いたり。

 慣れてからも全然言うことを聞かないし、あちこちでおしっこするは。

 その度に、俺はあちこちで謝っていたっけ。

 幸い、みんなも可愛がってくれたからいいが……もう、ほとんど生きてはいないが。


「……ウォーン(……黒歴史は勘弁なのだ)」


「はいはい、わかったよ。まあ、確かに……狙いはある。簡単に言えば、頼みごとだが」


「ウォン!(やっぱりそうだったのだ!)」


「まあまあ、好物の干し肉や焼いた肉を食べさせてやるから。ギンには、民が村を空ける際に心配しないでいいようにしてもらう」


「ウォン……?(……アレをやれということか?)」


「ああ、そうだ。そうすれば、一時的ではあるが、人が居なくても平気だろう。どうだ、やってくれるか?」


「……ウォン!(ええい!わかったのだ! その代わり、ブラッシングの回数を増やすのだ!)」


「よし、交渉成立だな」


 俺はギンの親であり主人ではあるし、契約魔法を結んでいるので厳密に言えばギンは俺には逆らえない。


 だが、だからといって無理強いをして良い理由にはならない。


 俺は丹念にブラッシングをしつつ、ギンに与えるご褒美について考えを巡らせるのだった。

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