第33話 訪問

 荒野をギンが走り抜ける。


 俺は背中に当たる何かを意識しないようにし、その状態に慣れようとした。


 強靭な精神力でもって己を律し、どうにか成功する……こんな時のために鍛えたわけではなかったのだが。


「だが、三人だとくっ付かざるを得ないか」


「アイク様、何か仰いましたか?」


「いや、なんでもない。そろそろ、次の村に着くと思うのだが」


「サーラ、どうかしら?」


「そうですね……地図をみたところ、あと少し先にかと」


「ウォン!(ならば急ぐのだ!)」


 ギンがさらに速さを増し、景色が次々と通り過ぎていく。

 そして、数分ほどで……次の村付近へと到着する。

 驚かせないために、一旦ギンから降りて徒歩で向かう。


「最初の村では近づきすぎて驚かれてしまったからな」


「ウォーン(すまないのだ)」


「ギン君は悪くないですよ。ただ、実際に見ると……驚きますよね」


「街で見慣れると忘れそうになりますが、魔獣フェンリルなど伝説の生き物ですから」


「ウォン!(うむ、我はフェンリルなのだ! 決して、大きなわんちゃんではない!)」


 最初の村では、住民達が騒いで説得するのも大変だった。

 無論、モルト殿から村々には通達が出ている。

 なので、逆に疑われるということにはならなかった。

 ギンがいるということは、俺が領主という証にもなる。


「そんなことより……」


「ウォン!?(主人!?)」


「はいはい、わかったよ。お前は伝説の魔獣で、誇り高きフェンリルだ」


「ウォン!(わかってるならいいのだ!)」


 ……こいつは、こんなにちょろかったか?

 いや、良い意味で子供帰りしているのか。

 ならば、このままのびのびとさせた方がいいだろう。


「さてと……とりあえず、サーラさん、前の村からどれくらいで着いた?」


「そうですね……三十分くらいかと。ギン君の速さなので、馬では二、三倍はかかると思って良いかと」


「そうなると徒歩となるとキツイか。下手すると、遠くの村からだと一日以上かかってしまう」


 馬は維持費もかかるし育てるのも大変で、一般の村に置かれる数は少ない。

 とてもじゃないが、村人全員分は無理であろう。

 そうなると、徒歩で歩く者達も出てくる。


「ええ、野宿などをする可能性もございますので危険です。何より、徒歩ではお年寄りの方々が大変かと」


「そうなってくるか。しかし、お年寄りの方々こそ楽しみにしているという話だったな」


「そうらしいですね。街に集まり、そこでお祭りをした幸せな記憶があるのでしょう」


「是非とも、参加してもらいたいものだ」


 しかし、考えることは山ほどある。

 街道整備もしかり、途中で休憩できるような施設。

 盗賊や魔獣、そして妖魔から人々を守るために戦力も配置しなくてはいけない。

 せっかくの思い出を、悲しいものにしてはならない。


「ウォン!(それよりお腹が減ったのだ!)」


「ギン君、二人は難しい話をしてるからもう少し我慢しようね?」


「ウォン……(うむむ……)」


「はい、良い子いい子〜」


「ウォン!?(こ、これ!? そこは……!)」


 顎の下を撫でられて、ギンがニマニマとしている。

 俺とサーラさんは顔を見合わせ、ひとまず村の中に入ることにした。

 今度はゆっくり行ったので混乱することなく、村の中へと案内される。

 村長を名乗る初老の男性についていき、村の中を歩いていく。


「嬉しいですな! まさか、豊穣祭の再開のお知らせなんて! しかも、領主様自らが……感謝いたします」


「いや、顔見せも兼ねてのことだ。それより、生活に何か不都合はあるだろうか? あと、街に来る際について……遠慮なく言ってくれ」


「い、いえ、特に不都合など……」


 やはり、俺は威圧的に見えてしまうのか。

 しかし丁寧に接しても……ガルフとかに、逆に怖いわいとか言われるし。

 一体、俺にどうしろというのだ。

 ……そうか、こういう時に頼れば良いのか。

 俺は少しだけ後ろに下がり、そっとセレナ様の耳元に近づく。


「セレナさん」


「ひゃん!? ど、どうしました?」


「後で、セレナさんの方から村長に聞いてみてくれ。今現在の不満でも良いし、豊穣祭をやる際に気になる点など」


「わ、わかりました。ただ、急に囁くのはなしですよぉ……」


「ん? 難しいなら無理をすることは……」


「い、いいえ、私がやります。それが、私に与えられた仕事ですから」


「そうか……では、頼りにさせてもらおう」


「〜!? はいっ、嬉しいです!」


 すると、セレナ様が嬉しそうに微笑む。


 同時に、後ろにいるサーラさんがウインクをしてくる。


 どうやら、これで正解だったらしい。


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