第32話 出発と、ナイショの話

 それから数日後、諸々の用事を済ませた俺は、顔見せも兼ねて領地を回ることになった。


 領主としての仕事はモルト殿に、街の修理に関してはガルフに、狩りや鍛錬についてはナイル達がやってくれるそうだ。


 なので、俺も安心して出かけられる……はずだったのだが。


「……考え直さないか?」


「いいえ、私もついていきますっ」


「うむ……」


「これは元々王家の者が主催で行われていた行事ですよ? だから、私にもお手伝いさせてくださいっ!」


 街の入り口では、両手の拳を握って迫ってくるセレナ様がいる。

 自分は頼りにされなかったことが、お気に召さなかったようだ。

 なので、何かお手伝いをしたいと申し出てきたというわけだ。

 一応、許可は出したのだが……やっぱり、まずい気がする。


「しかし、危険なことも……」


「先輩の側にいて危険なことなんかないです。むしろ、一番安全な場所かと」


「ウォン!(我もいるのだ!)」


「そもそも、お主は自分の容姿を自覚せい。いきなり、魔獣フェンリルに乗った厳つい男が来てみろ……襲撃かと勘違いされるわい」


 ガルフの言葉に、皆が視線をそらす。

 一瞬だけ『酷くないか?』と思ったが、自分自身でも納得してしまった。

 セレナ様は万人に好かれる方だし、確かにいた方が円滑に進む気がする。


「じゃ、邪魔だけはしませんから!」


「……しかし、流石に男と二人旅というのは問題がある気がする」


「平気ですよ、私もついてまいります」


「サーラさん……だが、ギンに三人はきつくないか?」


「ウォン!(成長してるから平気なのだ!)」


 確かにギンは、この一、二ヶ月で少し大きくなった。

 沢山食べて沢山遊んで、沢山寝ているのが良いのかもしれない。

 ……ただし、段々と子供っぽくなってきた気がする。

 もしかしたら戦場にいた頃は、無理をさせてしまっていたのかもしれないな。

 ギンもある意味で、平和な子供時代ではなかっただろうから。


「アイクよ、諦めるんじゃな。お主の負けだ」


「はぁ……わかった。セレナさん、よろしく頼む。貴女がいてくれた方が、確実に円滑にいくだろう」


「あ、ありがとうございます! 私、頑張りますね!」


 すると、モルト殿が手を叩く。


「どうやら、話はまとまったようですな。それでは、お三方が行っている間は我々にお任せください」


「すまないが、そうさせてもらおう」


「ええ、お任せください」


「ウォン!(三人共、我に乗るのだ!)」


 そして俺、セレナ様、サーラさんの順でギンに乗り込む。


 そして、皆に見送られ……街の外へと出ていくのだった。



 ◇


 ……やれやれ、やっと行ったわい。


 相変わらず、手のかかる友だ。


 アイクを見送ったワシは、ナイルと予定通りの場所に向かう。


 そこには動ける若者や、手伝いたいという有志の民が集まっていた。


 これからすることはアイクには内緒なので、今回のことは渡りに船じゃった。


「さて、お主ら……準備はいいな?」


「いつでもいいですぜ!」


「俺達も頑張ります!」


「女衆も、領主様のためにお手伝いします!」


「ワシが指示を出すので、無理せずに作業に入る! これより——アイクの家を建てるぞ!」


「「「オォォォ!!!」」」


 これは、ワシ自らが提案したことだ。

 彼奴は真面目な人間なので、領主の館に住んでたら仕事をしてしまう。

 それでは気が休まないし、彼奴にも帰る家が必要だと判断した。


「それでは、彼奴がいない間に一気に進めるぞ! 目標は、豊穣祭までじゃ!」


「よーし! やったるか!」


「ギン君と領主様のおかげで、子供達は元気になってきたしな!」


「ほんとギン君は子供達と遊んでくれるし、領主様は我々のために働いてくれるし」


 そして、気合を入れた人々が建築に向けて動き出す。

 ワシ自身も作業をしつつ、監修として指示を出していく。

 すると、ナイルがワシに話しかけてくる。


「先輩は喜んでくれますかね?」


「さあ、どうじゃろうか? 彼奴のことだから、申し訳ないとか思いそうだが」


「はは……確かにそうですね」


「だから、完成させてこちらから押し付けてやるわい。彼奴も我々に黙って出て行ったので文句は言わせん」


「先輩にそこまで言えるのは、ガルフ殿くらいですよ……俺が先輩にあった頃は、既に戦場から離れていたんですよね?」


「ああ、そうじゃ。ワシは怪我を負い、戦線離脱をせざるを得なかった。だから、武具を作ることで彼奴を助けようと決めた。それが、ワシらを絶望から救ってくれた彼奴に出来る……恩返しだと思ったのだ」


 故郷である帝国から逃げ出してきた我々を、彼奴は命がけで救ってくれた。

 口下手なくせに上官に掛け合ったり、我々を自分の部隊に入れたりと世話を焼いた。

 おかげで我が同胞達は救われ、奴隷のような生活から解放された。

 何より、人族にも良い奴がいるのだと知れた。


「そうだったんですね。先輩は、そうやって色々な人を助けてきたんですよね」


「なのに、本人は人に助けられるのに慣れておらん。ひとまず、それはセレナ様に任せるとしよう」


「先輩、セレナ様には弱いですからね。さてさて、どうなりますやら」


「それはわからん、相手にも立場があることじゃ。ワシらに出来ることは……彼奴が何かを欲した時に、全力で力を貸すことくらいだ」


「……ですね。その時は、俺もお供いたします」


「うむ、共にあの馬鹿の尻を叩くとしよう」


 彼奴が求めておらんし、ワシも言葉にするのは苦手な性分だ。


 だが、ワシが彼奴への感謝を忘れることはない。


 何より、生涯の友である彼奴のためにワシに出来ることをしよう。


 ……あの不器用な友のために。

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