第29話 セレナ様の理不尽な命令

俺が目を覚ました頃、既に外は真っ暗だった。


ひとまず、ギンを連れてひと気のある場所へと向かう。


「ウォン?(少しはすっきりしたか?)」


「ああ、おかげさまでな。しかし、皆には色々と心配をかけてしまった」


「ウォン(人の心配はするくせに、されるのは苦手なのだな)」


「……ほっとけ」


自分自身でも矛盾しているのはわかってる。

だが、中々にどうすることもできん。

そして、ひと気のある場所に到着すると……人々が俺に気づく。

どうやら、屋台を出して飲み食いをしているらしい。


「領主様だ!」


「ディアーロ、ありがとうございます!」


「お陰さんで、子供達も腹一杯でさぁ!」


次々と人々がお礼を言ってくる。

そんな中、見知った少年が駆けてきた。


「おじ……領主様!」


「今朝の坊主か」


「坊主じゃないよ! トールだよ!」


「そうか、いい名だな」


「うんっ! 死んだお父さんがつけてくれたんだ! えっと……あのね! 弟と妹がお腹いっぱいで動けないっていうんだ! 領主様、本当にありがとう!」


その笑顔が、じんわり心に響く。

やはり、子供の笑顔はいい……俺は元々、こういう子供の笑顔を守るために戦争に行った。

領主になったとはいえ、やることは変わらない。


「トールはお腹いっぱいになったか?」


「うんっ! 僕もお腹いっぱい!」


「なら良い。さあ、夜も遅いから家に帰るといい」


「えー!? もっとお話ししたい! 僕、領主様みたいに強くなりたい!」


「……仕方ない、家に送るまでな」


そのまま歩きながら話をし、すぐ近くにある家に送り届ける。

母親にお礼を言われて、その場から立ち去ると……ギンがしびれを切らした。

いや、よく我慢できたというところか。


「ウォン!(腹が減ったのだ!)」


「はいはい、悪かったって。というか、俺だって減ってる」


「ウォン(帰るまで我慢できん。さっきの屋台に向かうのだ)」


「はいよ」


そして噴水広場に戻ると……セレナさんがいた。


「ア、アイク様!」


「セレナさん……悪かった。どうやら、色々と心配をかけてしまったらしい」


「い、いえ、私こそすみません! その……私が勝手に自分の理想を押し付けてしまって」


「いや、元々は俺が悪かったのだ。きちんと話をした上で、ここに来るべきだった」


それこそ、俺の勝手な思い込みだった。

彼女に会っては、迷惑がかかると思って。

自分本位な気持ちで、彼女を傷つけてしまった。


「それはもういいのです。あの、お腹空いてませんか? 私達は、先に食べてしまったので……ナイルさんが、しばらく放っておいていいと」


「そうか……ああ、俺もギンも空いている。ちょうど、ここの屋台で食事を済ませようと思っていた」


「そうなのですね……それでしたら、私がとってきます! ギン君とアイク様は、そちらのベンチに座っててください!」


「い、いや、貴女を使いっ走りにするわけには……」


「今はアイク様が上官なのですから問題ありません!」


そう言い、元気よく走り去る。

俺は呆然としつつも、仕方ないのでベンチに座った。


「ウォン(相変わらず、セレナには弱いのだ)」


「当たり前だ、相手は王女様だぞ?」


「ウォン(それだけには見えんが。主人は身分が高かろうが関係ない)」


「おいおい、俺は別に身分の高い人全般に喧嘩を売っていたわけではない。彼女は好ましい性格をしているし……確かに、強く言われると断れない感じはするが」


別に女性経験はないが、女性に弱いというわけではない。

しかし、何故かセレナ様には強く言えない自分はいる。

何が理由なのかはわからないが。

そんなことを考えていると、セレナ様が戻ってくる。


「お、お待たせしましたっ」


「いや、そんなに急がなくてもいい。とりあえず、隣に座るか?」


「はいっ、し、失礼します」


セレナ様が隣に座ったので、俺は串焼きの乗った皿を受け取ろうとする。

しかし、彼女はそれを渡さない。


「……くれるのではないのか?」


「あ、あげますけど……私、頑張って……」


「何の話……はっ?」


セレナ様が串焼きを持って、俺の口元に持ってくる。

その顔は、今にも火が出そうなくらいに赤かった。


「あ、あーん……」


「……何かの罰ゲームか?」


「ち、違いますっ! その……アイク様は甘えるのが下手みたいなので。だから、私が甘えさせてあげるのですっ」


「何かが致命的に間違っているような……そもそも、貴女にそんなことはさせられない」


「今は、貴方が私の上官なので問題ありませんっ。その、これは王女としての命令でもあります。アイク様は、私に甘えてください……!」


「……ははっ! めちゃくちゃだな!」


その理不尽な物言いに、思わず笑ってしまう。

しかし、不思議と……悪い気はしない。

何やら、懐かしさすら感じる。


「わ、笑われてしまいました……」


「いや、すまん……そうか、命令ならば仕方ないな」


「そ、そうですっ。えっと……どうぞ」


「ああ、頂くとしよう」


目の前に差し出された串焼きに齧り付く。

すると濃厚な肉汁が溢れて、口一杯に旨味が広がる。

ディアーロは栄養もあり、野性味があって食べ応えが十分だと言われている。

これが定期的に狩れるなら、食糧問題は改善できそうだ。


「ど、どうですか?」


「ああ、美味い」


「えへへ……アイク様は、もっと甘えてくださいね。その方が、私達は嬉しいですから」


「ふっ……それは命令か?」


「はい、これは命令ですよっ」


「それならば仕方ない」


すると、ギンが俺の足を踏む。


「ウォン!(我も我も!)」


「あっ、忘れてた」


「ギン君、ごめんなさい!」


「ウォーン(お腹空いたのだ)」


「じゃあ、ギン君も頑張ってるので私があげちゃいますね」


「ウォン!(うむっ!)」


そしてセレナ様から食べさせてもらい、ギンはご機嫌に肉を頬張る。


俺はそれを見ながら、穏やかな時間を過ごすのだった。

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