第28話 ナイル視点

 さてさて、どちらにいるのやら。


 先輩と別れた俺は街の中を歩いて……噴水広場のベンチに座るセレナ様を発見した。


 その側にはメイドのサーラさんが控えており、俺と目が合うと少し離れる。


 相変わらず出来た方だなと思いつつ、俺はセレナ様に近づいていく。


「セレナ様、お疲れ様です」


「あっ、ナイルさん……」


「隣に座ってもよろしいでしょうか?」


「はい、もちろんです」


 許可を得たので、少し離れてベンチに座る。


「すみません、アイク様のことですよね?」


「ええ、まあ……何やら様子が変だったので。俺でよければ、話を聞きましょうか?」


「そうですね、アイク様の片腕と呼ばれた貴方なら……私、アイク様に酷いことを言ってしまいました。勝手にこっちの理想を押し付けて、自分が頼ってもらえないからって……喚き散らしてしまって恥ずかしい」


「いえ、俺にも気持ちはよくわかりますよ。あの人は自分を犠牲にするくせに、人を犠牲にすることを嫌がりますから……見ていて歯がゆくなります。もっと、こっちを頼ってくれてもいいのにと……無論、まだまだ頼りにならないのはわかっているのですがね」


「そんなことないです。私から見ても、アイク様はナイルさんを信頼しているように見えます。正直言って、少し羨ましいくらい……そういえば、出会いとか聞いてもいいでしょうか? まだ、私が戦場に来る前ですよね?」


「そうだといいのですが……ええ、もちろんです」


 恥ずかしい話ではあるが、こうして話すことで何かセレナ様の力になれるならいい。


 ひいては、それが先輩への良い影響になると思うから。


 俺は忘れたい、けど忘れることのない当時の記憶を引っ張り出す。


 ◇


 当時の俺は生意気だった。

 伯爵家の次男坊として何不自由ない生活を送り、家柄を考慮されて前線ではなく後方に回された。

 故に緊張感もなく、ただぼんやりと早く戦争が終わればなと呑気なことを考えていた。

 そんな中、先輩……当時は中隊長という立場のアイク殿に初めて会いました。

 その頃から先輩は先輩で、上官と口論ばかりしてましたね。


「貴様は何を言っている?」


「もう一度言います。おそらく、ここが襲われる可能性があります」


「ここだと? 前線は遠く、ここは一本道で見晴らしも良い。後ろには山々が、左右には魔の森と言われる人が入れない場所がある。どこから敵が来るというのだ?」


「その魔の森からです。俺が敵将なら、そこから狙います。ここには将軍や高位貴族の子息がいますから」


 その言葉に皆が失笑する。

 そこは特殊な磁場が発生し、人の方向感覚を狂わせると言われていた。

 地元民にも、一度入ったら出てこれないと。


「何をバカなこと……さてはお前、前線に行きたくないからそんなことを言っているな? ここには貴族の子息や、我々もいるから守るとかいう理由をつけて」


「そんなつまらない理由ではないですが。単純に、ここを取られると戦線に影響するので」


「つ、つまらん理由だと!? 少し活躍してるからと調子に乗りおって! お前はさっさと前線に行ってこい!」


「しかし、それではここを襲われた時に……」


「そんなものはこない! これは命令だっ! さっさと前線にいけ!」


「……わかりました」


 先輩は悔しそうにしながらも、その場を離れていきました。

 そして、それから数時間後……敵襲が——先輩が危惧した通りに。


「て、敵襲! 奴ら魔の森を抜けてきました!」


「馬鹿な!? どうやって!?」


「わかりません! ただ、数は多くない模様!」


「ええい! 向かい撃て!」


 そこからの記憶はほとんどない。

 戦闘に不慣れな俺達新兵、だらけきった身体の上官達。

 戦力に差がなくとも、死を覚悟で森を抜けるような猛者達に勝てるわけがなかった。

 俺は涙と小便でびちょびちょになりながら、必死で戦い続けた。

最終的には地べたを這いずり回って、情けなく喚いていた。


「ひぃ!?」


「救援はまだか!? 貴様、早く俺の盾にな——ぐはっ!?」


「指揮官を仕留めたぞ! 残りの奴らも殲滅しろ! ……悪く思うなよ?」


 俺を盾にしようとした上官が死に、次は俺の番だった。

 俺は恐怖で何もすることができず、ただ相手が振り下ろす剣を見つめ死を待っていた。

 だが、その時——大きな男が俺の前に現れた。

 俺はその時の背中を一生忘れることはない。


「なんだきさ——がぁぁぁ!?」


「戦場で名乗りをあげる暇があるなら斬る」


「ま、待て——ゴフッ」


 その人は、先程前線へと追い返された人だった。


「へっ? お、俺、助かった?」


「まだ終わってはいない、動けるなら逃げろ。ここで死になくないならな」


「……は、はいっ!」


 その覇気に刺激されたのか、視界が開ける。

 俺がどうにか立ち上がると、先輩が肩をぽんと叩いた。


「よく立ち上がったな。では、これより敵を殲滅する——貴様ら覚悟しろ」


 そこからの先輩は凄かった。

 たった一人で戦場を一変させ、俺達を勝利に導いてくれた。

 俺はその姿に、強烈な憧れを持ったんだ。

 そして、命を救ってくれた先輩に……いつか恩返しがしたいと。


 ◇


「……それが最初の出会いでした。結局俺は怪我でろくに動けず、先輩におんぶされるという情けないことに。でも俺に言ってくれたんです……お前が生きてて良かったと」


「……そうだったのですね」


「なので、それから俺はあの人の力になりたいと思って過ごしてきました。ただほんと不器用な人で、色々と大変でしたけど。言葉足らずだし、自分を良く見せようって思わないし」


「だから、お二人は信頼し合っているのですね。私なんかが、偉そうに言っちゃダメでした」


「いやいや、俺だと立場が近いので言葉が届かないんですよ。だから、セレナ様に言って頂けると助かります。あの人、貴女には弱いですし」


 本人は気づいてないが、戦場で先輩は女性士官や兵士にモテていた。

 強いしかっこいいし、当然といえば当然の話だ。

 ただ、本人にその気がないので気づかなかったのだろう。

 だが……王女ということを差し引いても、セレナ様には弱い気がする。

 俺から見ると、何かしらの意識をしている風にも見えたり。


「そ、そうなのですか?」


「ええ、そうなんですよ。あの人がああなったのは、俺たちを含めた兵士達が原因です。

 意見も聞いてもらえない、周りが弱いので自分一人で戦ってしまう……だから周りに期待すること、頼ることを諦めたんだと思います」


「では、どうしたらいいのですか? アイク様の心を解きほぐすには……」


「思いきってセレナ様の気持ちを言ってみてください。多分、セレナ様の言葉なら無下にはしませんから」


「私……が、頑張ってみますっ」


 おそらく、これでセレナ様が押しかけるはず。


 それに困惑する先輩の姿を想像して、少しおかしくなる。


 やれやれ、手のかかる不器用な先輩だ。


 でも俺の憧れで、敬愛すべき上官だ。


 もう少し胸を張れるようになったら先輩に言おう……俺は貴方についてきたことに後悔などありませんと。


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