第25話 狩り
……やはり、頼りになるな。
ナイルの後ろ姿を見て、そんなことを思う。
新人達に指示を出し、しっかりと導いている。
あの、線の細かった少年がな……正直、すぐに死んでしまうと思っていた。
「ふっ、当時は戦いに向くとは思ってなかったな」
「アイク様? どうしたのですか?」
「いや、今のところナイルがいるお陰でやることがないなと」
「ふふ、そうですね。失礼ですが、ナイルさんは戦うような人には見えませんし。どちらかというと、文官気質な方とお見受けします」
その言葉は間違ってはいない。
ナイルの腕は悪くはないが、元々の素質は頭を使うタイプだろう。
地頭もいいし口も回るので、おそらく王都の文官でもやっていけた可能性はある。
「いや、おそらく文官の方が向いているだろう。時代が時代なら、戦うことなくそういう仕事に就いていたに違いない。あいつは、優しい性格だしな」
「それでも、アイク様の側に居たかったのですね」
「俺には勿体ない話だ」
「ですが、気持ちはわかります。その、私も……」
その時、ギンから念話が届く。
『主人よ!』
『ギン、首尾はどうだ?』
『獲物の群れを見つけて追っている! もうすぐにそちらに行くのだ!』
『よくやった。そしたら、お前は全体の補佐に回ってくれ』
『うむ! 任せておくのだ!』
そこで、念話が途切れる。
ふと、視線を感じて振り向くと……膨れっ面をしたセレナ様がいた。
「ど、どうかしたか?」
「なんでもありませんっ! うぅー、肝心な時に限って……コホン! それより、ギン君から連絡が来たのですね?」
「あ、ああ、獲物の群れを見つけたらしい。もうすぐやってくるとか……ナイル! もうすぐ獲物がやってくる! 臨戦態勢に入れ!」
「かしこまりました! 皆の者、編成を組んで待機! 決して無理はしないこと! 大事なのは誰も死なない、なるべく怪我しないことです!」
うむ、いい言葉だ。
実戦演習は大事だが、それで死亡しては意味がない。
過去には、無茶をやらかして死んだ者もいる。
「わ、私はどうしたらいいでしょう?」
「貴女は俺が守るから安心していい。俺の後ろにいて、いざという時のために回復魔法を待機してくれ」
「はわわ……はいっ! その、攻撃魔法とかはいいのですか?」
「それは最終手段にする。万が一の時に、魔力切れでは困るからな」
便利であるが、魔法とは万能ではない。
エルフは別として、戦力を一変させるような攻撃魔法はほぼ存在しない。
そして、死人や欠損した部分を治せるような回復魔法は存在しない。
魔力の量も人によるが、一日に数十回も使えるわけではない。
「わ、わかりました……!」
「先輩! きます!」
「全員構え! 撃ち漏らしは気にしなくていい!」
その直後、森の茂みから何かが飛び出してくる!
「クルァァ!」
「ディアーロか!」
太く長い手足に、高い跳躍力と素早さ、頭には捻れた立派なツノが生えている。
群れで過ごす、草食魔獣の一種だ。
ただし、その突進は人くらいなら簡単に殺せる。
「うぁぁ!?」
「慌てないで! 突進さえ喰らわなければ平気ですから! 新兵は予定通り二人組になって、お互いを守るように背中合わせに構えてください!」
「「「はいっ!!!」」」
「いい指示だ! もし一人になっても慌てないでいい! その時は、木を背にして武器を構えろ! そうすれば背を取られることはない!」
「先輩! 補足させてすみません!」
「気にするな!」
俺は片手に大剣を構えて、セレナ様の前に立つ。
俺に限っていえば、後ろを気にしなくてもいい。
それくらい、見なくてもわかる。
『ギン!』
『わかってるのだ! 数を減らすのだな!?』
『ああ! この数は新兵には荷が重い!』
『では、端にいる奴らは片付けるぞ!』
『任せた!』
これで、今ここにいる個体だけに気を配ればいい。
それにしても、今まで人の手が入っていないからか、中々の群れの規模だ。
「ア、アイク様! こちらにもきます!」
「心配ない——すまんな」
「クルァァ……」
相手の突進に合わせて、大剣を振り下ろす。
すると首がずれて……胴体が地に伏せる。
そして、戦況を見渡してみるが……。
「く、くそっ!」
「すばしっこくて攻撃が当たらない!」
「セァ! 慌てないで! 怪我をした者は下がって!」
新人達は跳ね回るディアーロに翻弄されているようだ。
中には怪我をしている者もいる。
逆にナイル達は無傷で、確実に一体ずつ仕留めている。
やはり、初めての狩りでは厳しいか。
「今回は、この辺りにするか。初めてだから仕方あるまい」
「ど、どうするのですか? まだ、沢山いますけれど……アイク様か、ギン君が全て仕留めるとか?」
「いや、そんなことはしない。既に、皆の食事分は確保できたはずだ。何より、森の恵みを無駄に殺すことはしない。セレナさん、少し耳を塞いでくれ」
「え? わ、わかりました」
それを確認した俺は、一歩前に出て……咆哮する。
「ウォォォォォォ!!!」
「クルァ!?」
「ひぃ!?」
「先輩!?」
俺以外が立ち止まり、森に静寂が訪れる。
「皆の者、動くな。これ以上の戦いは無意味だ」
「クルァァ……!」
俺とディアーロ達の視線が交わり……背を向けて去っていく。
どうやら、無駄な戦いは避けられたらしい。
「ふぅ、これでよし」
「ア、アイク様? 今のは?」
「戦場の空気を咆哮によって霧散した。ディアーロ達もギンに追われて暴走していたが、俺の咆哮で気を取り戻したのだろう。生きるために殺すのは仕方ないが、それ以外ではなるべく殺したくないからな」
「……ふふ、そうですね。アイク様のそういうところ、私は素敵だと思います」
「……そうか」
結局は殺しているので偽善的と言われることもあるのだが、そう言われて悪い気はしない。
俺達は獲物を処理してから荷車に乗せ、素早くその場を離れるのだった。
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