第26話 涙

その後、ひとまず森の入り口の小屋まで戻ってくる。


本当はそのまま帰りたいが、一旦休憩を取ることにした。


どうやら、新人にはきつかったようだ。


「ぜぇ……ぜぇ……」


「し、死ぬかと思いました」


「実際に戦うのが、こんなに怖いなんて」


新人達は意気消沈して、地べたで尻餅をつく。

厳しいことを言いたいが、まずはアメを与えてからにするか。


「セレナさん、まずは回復をかけてくれるか?」


「はいっ、私の出番ですね」


相変わらず、デレデレしながら新人達が治療を受けていた。

……なんだ、このよくわからんモヤモヤは。


「まあ、良いか」


「ウォン(主人よ、すまぬ。少し追い込む数が多すぎたか)」


「いや、問題ない。初めはキツイ方が後々楽になるし、危機感も出るだろう。あれくらいでダメになるようなら……厳しいが、そもそも向いてないだろう」


「ウォン?(下手な兵は、身内を殺すだったか?)」


「ああ、そうだ。一人の味方を守るために、何人も死人を出してはならない……さて、ナイルと話をするのでセレナさん達を頼む」


「ウォン(うむ、任せるのだ)」


ギンにみんなを任せ、その間にナイルを呼んで少し離れた場所で話をする。


「ナイル、お前の目から見てどうだ?」


「言うほど悪くはないかと思います。実際に仕留めた者もいますし、数をこなしていけばモノになるかと」


「俺と同意見だな。むしろ、初めての実戦にしてはよくやった方だ。俺とて、初めての時は酷かったものだ」


生き物を殺した時は吐きそうになったし、人を殺した時は吐いたし寝れなかった。

戦場において、恐怖で逃げ出したいと思ったことは何度だってある。


「先輩の場合は想像つかないですけどね」


「おいおい、俺だって普通の人間だ」


「仕方ないですよ。俺の知る先輩は、戦場を単騎で駆け回るような人ですから。それこそ、味方を救出するために」


「もう、そんな無茶はしないさ」


「嘘ですね。きっと先輩は同じことをしますよ。だから、今度は俺もお手伝いしますから」


「……生意気言うな」


相変わらず、 ナイルは真っ直ぐな奴で困る。

俺はそんなに大層な人間ではないと言うのに。

ただ、自分の目の前で誰かが死ぬのは見たくないだけだ。


「なんたって先輩の部下ですから。それで、どうします?」


「そうだな……この先も、続けたいと思うかが重要だ。今回程度で心が折れるようでは話にならない」


「そうですね、無理にやらせても良いことはありませんから」


「決まりだな。俺は厳しく、お前は甘くしてやれ」


「いつも通りというわけですか……本当は、早めに先輩の良さを知って欲しいんですけど」


「俺が嫌われるくらいで兵士が死なないなら安いものだ……ほら、行くぞ」


話がまとまったので、ナイルを連れて彼らの元に戻る。

治療も無事に終わり、どうやら俺達を待っていたようだ。


「すまん、待たせた。さて……初めての実戦はどうだった? 命懸けで迫ってくる生き物を殺す感覚は? 今後は、場合によっては人を殺すこともあるだろう……お前達に、その覚悟はあるか? 言っておくが、覚悟のない者に——背中を預ける事はできない」


「それは……」


「俺は……どうしよう」


「今はまだ答えなくて良い。最初の鍛錬の時も言ったが、出来ない事は恥ではない。次の狩りは待機組と交代だ、その間にでも考えておくと良い。街にいて守備隊として働くという選択肢もある」


「はい! お説教はこれくらいしましょう! 俺の目から見たところ、君達の動きは悪くはなかったですね。あとは数をこなしていけば良いだけです。かくいう俺も、実は初めての実戦では……」


ナイルが飴を与えてる間に、俺はその場を離れる。

その後を、セレナ様が追ってきた。


「ア、アイク様!」


「どうかしたのか?」


「い、いえ、その……憎まれ役を買って出るのは辛くないですか?」


「いや、それで彼らが真面目に考えたり生き残ってくれるならいい。戦争中もそうだったが、嫌われる覚悟はある」


すると、セレナ様が拳を握って俯く。


「貴方は……いつもそうですね」


「セレナさん?」


「戦争中も自分を犠牲にして、英雄なのに戦争が終わった後も辺境に飛ばされるのを受け入れて……ここでも、同じように憎まれ役を買って出て。それで、貴方を慕う人はどうしたらいいんですか? 貴方を助けたいと、頼って欲しいと思ってる人は?」


「それは……だが、誰かがやらればならない。それに、俺が声をあげたら揉め事が起きただろう」


「それはわかってますっ! でも、それでも私は……!」


顔を上げたセレナ様の瞳には涙が浮かんでいた。


情けないことに、俺はその場で立ち尽くしてしまうのだった。


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