第22話 巡回
……なんだか、既視感がある。
戦場で、こうしてセレナ様と歩いたことがあったか?
いや、そんな暇もなかったし……少し話したことはあるが、常に護衛の方がいたはず。
しかし、どうにも懐かしい気がしてならない。
「アイク様? どうしたのですか?」
「い、いや、なんでもない。こうして出かけるのは初めてだなと」
「初めて……そ、そうですね。私、男の人と二人で出かけるの初めてなんですよ? その……成人してからは」
「それは申し訳ない。俺のようなおっさんではなく、ナイルに案内させるべきだったか」
「アイク様がいいんですっ……あっ! ギン君がいましたよっ!」
一瞬だけ照れ臭そうにした彼女が指差す方には……確かにギンがいた。
しかし、その姿は……最早、フェンリルとしての威厳はない。
小さな子供達に組み付かれ、されるがままになっていた。
「わぁーい!」
「ふわふわだっ!」
「おっきなわんちゃん!」
「ウォーン……(もう好きにするのだ……)」
一度子供を相手にして以来、時折街に出ては相手をしてあげているらしい。
親御さんも一度見て安心したのか、遠くの方で談笑していた。
「ふふ、最強の魔獣と言われたギン君も子供達には敵いませんね」
「全くだ。だが、これが本来のあいつの姿なのかもしれない。俺が拾ったばかりに、戦いの日々を過ごさせてしまった」
「ですが、ギン君は幸せだと思うんです。大好きな主人と、共に戦えたことを。やっぱり、後ろで待ってるだけって辛いですから……なんて、私がギン君を語っちゃダメですね」
すると、子供達から離れてギンが寄ってくる。
「ウォン(セレナの言う通りだ。我は、主人に拾われて後悔などしたことない)」
「ギン……」
「ウォン(全く、つまらんことを。セレナ、これからも主人の尻を叩いてやってくれ)」
「おいおい、なんてこと言うんだ」
「あのぅ、ギン君はなんて?」
「……とりあえず、セレナさんの言う通りみたいだ」
そのまま伝えるわけにもいかず、後半部分は誤魔化す。
「あら、そうなんですね。ふふ、ギン君も改めてよろしくお願いします」
「ウォン!(うむっ!)」
「ところで……どうして、尻尾が結ばれているのですか?」
そこで俺も気づいた。
ギンの尻尾が、固結びになっていることに。
「ほんとだな。折角、かっこいいこと言ってるのに台無しだ」
「ウォン!?(なんと!? ぐぬぬ、あいつらめ……目にもの見せてやる!)」
「わぁー! ばれたぁ!」
「わんちゃんが怒ったー!」
ギンに追いかけられ、子供達が蜘蛛を散らしたように逃げ回る。
俺とセレナさんは、それを眺めて……顔を見合わせて微笑むのだった。
その後、巡回を再開する。
人々に挨拶りしたり、問題がないか確認をしたり。
ちなみに、子供達にやり過ぎはダメだと注意した。
ギンとて、おもちゃではないのだからと。
しかし、その際に泣かれてしまった……やはり、俺の顔は怖いのだろうか。
親御さんも子供を叱り、俺やギンにも謝ってくれたが……子供の扱いは難しい。
「やれやれ、泣かれてしまった」
「でも、大事なことですよ。やっぱり、叱ってくれる方がいるのは……私もアイク様に叱られた時は嬉しかったですから」
「うん? ……俺がセレナさんを叱った?」
「覚えてないんですか? その、戦争が終わった時に話したじゃありませんか。普段は敬語なのに、戦場ではそれがなくなるって。私が前線に出ていこうとした時、貴方だけが叱ってくれたんですよ? 来るな、貴女には貴女の仕事が、俺には俺の仕事があると」
……確かに、そんなことがあったような。
戦争時のことは、色々ありすぎてどれがどれだかわからない。
「すまん、戦場だと気が高ぶっていてな」
「いえ、あの時も言いましたが気にしないでください。お陰で私は目が覚めました、前に出るだけが戦いじゃないと。その、当時は後方支援が馬鹿にされてる風潮もあって……」
「無論だ。後衛には後衛の役目があり、前衛には前衛の役目がある。どちらが上とか下とかはない」
「はい、アイク様はそう言ってくださいました。そのお陰で、後方支援組も居心地が良くなったんですよ」
「俺は当たり前のことしか言ってないが」
「ふふ、それが素敵なんです」
褒められるのは慣れていないので、どうしていいのかわからない。
なので、話題を変えることにする。
「そういえば、子供の扱いに慣れているんだな? 俺が泣かしても、すぐに泣き止ませた」
「一応、年の離れた弟がいますから。でも、アイク様だって子供に好かれますよ」
「そうか? ……そんなことはないが」
「いいえ、私が保証しますっ……だって、私がそうだったから。それに、別に子供が苦手でも適材適所というか……アイク様が叱って、私が宥めると言いますか」
「どうした? 後半部分がまるで聞こえないが……」
「なんでもありませんっ! い、行きましょう——きゃっ!?」
「おっと……危ないぞ」
セレナ様が転びそうになったので、咄嗟にお腹辺りを受け止めて防ぐ。
「す、す、すみません……!」
「いいや、しかし……意外とおっちょこちょいな部分もあるのだな」
「っ〜!! うぅー……」
すると、彼女は耳まで真っ赤になって俯く。
不敬かもしれないが、その姿は可愛らしいと思ってしまった。
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