第21話 鬼教官

 ……ふむ、やはり手応えがあるのは良い。


 新人が悪いわけではないが、ナイル達が相手だと手加減がいらない。


「立て! 戦場では敵は待ってくれないぞ!」


「はいっ! みんな立つんだ!」


「くそったれ! 相変わらずの化け物かよ!」


「だぁぁぁ! くるんじゃなかったぜ!」


 ナイルを中心に、他の連中が悪態を吐く。

 其奴らも、俺が鍛えた歴戦の勇士達だ。

 数は少ないが、まさか来てくれるとは思わなんだ。


「いいからかかって来い」


「「「ウォォォォォォ!」」」


「いい気迫だっ!」


 飛びかかってくる兵士達を千切っては投げていく。

 あるものは数メートル吹っ飛び、あるものは地面に叩きつける。

 だが、この程度でへばるような奴らではない。


「おい! あのムカつく上官に一発いれんぞ! 手伝え!」


「「「おう!!!」」」


「そういう時だけは息がぴったりだな」


 再びかかってくるので、奴らが倒れるまで相手をする。

 俺の力になりたいと言ってきた彼らには伝えている。

 この辺境を変えるため、こちらも力を貸してほしいと。

 そのためには、指揮が取れる優秀な人材が必要だ。

 俺の直属の部下だった彼らには、その柱となってもらう。


「ひぇ……ガルフさん、俺たちって本当に手加減をされてたんですね」


「ふんっ、当たり前じゃわい。あいつが本気で稽古したら、ロラン達などひとたまりもないわ」


「あはは……死んでしまうかもしれない」


「大丈夫じゃ、その辺りの加減はわかっておる。何より、セレナ様がいるから回復も安心だ」


「ふふ、お任せくださいね」


 その横では新兵達と、ガルフとセレナ様が見守っていた。

 いざという時に、傷を癒してもらうために。

 おかげで俺も、手加減がいらないので安心だ。

 ……こいつらにとっては地獄かもしれないが。

 そして、数十分後……部下達が限界を迎えた。


「ふむ、こんなものか」


「ぜぇ……ぜぇ……しぬぅ」


「た、隊長のやろう、息一つ乱れてないじゃねえか」


「誰だよ、戦争が終わったし弱体化したとか言ったやつ」


「ほう、まだ喋れる元気がありそうだな? ならば、もう一戦……」


「「「いえ、結構です」」」


 部下達が全員うつ伏せになって沈黙した。

 ……そういえば、いつもこんな感じだったな。


「セレナさん、すまないが任せる」


「はいっ、頑張ります」


「あ、ああ……」


 両手の拳を握りしめて、目の前で小動物のようにフンスフンスしてくる。

 今朝もそうだったが、随分と印象が変わってきた気がした。

 無論、いい意味で……可愛らしいと思ってしまう。


「さて……では、次は新兵の番だ。ロラン達、前に出ろ」


「お、お手柔らかに……」


「安心しろ——治療役はいる」


「「「ひぃ!? 鬼教官がいるゥゥゥ!!」」」


 その言葉に、新兵達が顔をひきつらせる。


 そういえば、よく鬼教官と呼ばれていたっけ。


 その姿は出会った頃のナイル達を思い出し、俺は笑いを堪えるのだった。






 新兵達を蹴散らした後、ガルフの横に座る。


 目の前ではセリス様により、彼らは治療を受けていた。


 ちなみにベテラン達は、既に元気を取り戻して他の作業に向かった。


「ふぅ、久々に身のある稽古ができた」


「鈍っていた身体も、大分戻ってきたようじゃな」


「ああ、ようやくな。ガルフの方はどうだ?」


「大体の武器防具は揃ったわい。最後の調整をして、あと数日もすれば全員分揃うぞ」


「そうか、助かる」


 そうなると、いよいよ実戦も視野に入れなくては。

 俺一人では新兵達を見きれないが、俺の部下達がいればどうにかなるはず。

 その辺りの連携も含めて、明日以降はやるとしよう。


「いい傾向じゃな」


「なんの話だ?」


「お主のことだ。セレナ様に言われたのかわからないが、人に頼ることを覚えたようじゃな?」


「……ああ、かなり迷ったのだがな。王女である彼女を、雑用のような扱いをさせることには」


 実は、セレナ様を鍛錬の回復役をさせることには一悶着あった。

 そもそも、仕事は何をさせていいのかもわからない。

 なので彼女の希望を聞いたところ……自分も仕事がしたいというので、そういうことになった。

 俺自身も助かるので、それに甘えることにしたのだ。


「逆に何もしない方が退屈じゃろ。それに、今まで窮屈な生活をしてきたのだ。少しくらい、好きにさせてやればいい」


「流石は年長者は言うことが違う」


「ふんっ、お主よりは長く生きとるからな。ほれ、見てみるがいい。あの、生き生きとした顔を」


 視線を向けると、セレナ様が忙しなく動き回っている。

 回復魔法をかけたり、タオルで傷を拭いたり、テーピングを巻いてあげたり。

 兵士達はデレデレとして、それを嬉しそうに享受していた。


「……もっと、大人っぽい方だと思っていた」


「仕方あるまい、十五歳で戦場に来た姫様じゃ……大人にならずにはいられまい」


「そうか……そうだな。ならば、ここでは楽しんでもらえたらいい」


「何を言っておる? お主も楽しめばいい、それくらいの権利はある。これから恋愛をしたり、結婚したりしてもいいのだぞ?」


「しかし、俺は……」


 まだ、何も成していない。

 それに自分が幸せになることに罪悪感がある。

 ……良くないとはわかっているのだが。


「相変わらず頑固者じゃな。まあ、その辺りはセレナ様に任せるとしよう」


「どうしてセレナさんの名前が出てくる?」


「自分で考えんか……さて、ワシは仕事に戻るとしよう」


 すると、入れ替わりでセレナ様がやってくる。

 嬉しそうに、俺に向かって敬礼をしてきた。


「アイク様! 終わりましたっ!」


「あ、ああ、ご苦労だった」


「次は何をすればいいですか?」


「いや、特には……セレナさんは楽しいか?」


「はいっ、アイク様に頼ってもらえましたから」


「そうか……では、俺と一緒に見回りでも行くか?」


「っ〜! もちろんですっ!」


 不思議と、彼女に言われると頼っても良いのだと思える。


 嬉しそうに微笑む彼女を連れて、俺は見回りにいくのだった。


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