第20話 セレナ視点
ど、どうしよう?
仲良くしたくて、思い切って言ってみてしまったけれど。
ただ、彼の背中を見た瞬間……そんな甘い考えは吹き飛んだ。
彼の背中は過去の鍛錬や戦いの激しさの残る、逞しい背中だった。
それは、全て民と兵士を守るために戦った証に違いありません。
「……凄い傷痕ですね」
「見苦しくてすまん。きっと、醜い背中だろう」
彼の背中は、火傷や矢による傷で酷いことになってる。
小さな傷は数え切れないほどあり、肩には大きな黒ずんだ痣などもある。
それは最早、回復魔法でも治せないものだ。
ただ、それを醜いなどと思うはずがない。
この大きな背中は、私を含めた沢山の命を救った背中なのだから。
「いいえ、そんなことはありません。それは、貴方が皆を守るために戦い抜いた勲章ですから」
「……そうか、そう言ってくれるか。しかし、背中の傷は恥だと上官には言われていたな。お前は、敵に背を向けたのかと」
「言わせておけばいいんです。だって貴方は最前線で、敵のど真ん中にいたのですから。それに、部下を庇って受けた傷だって多いですし」
「……知っているのか」
「ええ、もちろんです」
戦争に参加してから、救護テントでそういう話は何回も聞いてきた。
アイク様が矢や魔法から自分を庇ってくれたとか、敵を引きつけるために敵陣に突撃したとか。
だから私は、アイク様を直接目にすることは少なかったけど、ずっと素晴らしい方なんだなって思っていた。
勝手に憧れたり、一度じっくり話してみたいって思ったり。
「……しかし、結局救えなかった命も多い」
「ですが、彼らは死ぬ間際まで言っていましたよ。アイク様に感謝と、申し訳ない気持ちで一杯だと」
「……そうか」
「それに、そういうのはダメって言いましたよ? もっと、前向きに考えましょう」
「くく、そうだったな。いやはや、敵わんな」
そんな会話をしながら、丁寧に濡れたタオルで背中を拭いていく。
男兄弟で育った私は、たまに二人の背中を拭いたりもしていた。
ただ、やはり……それとは違います。
彼は汗臭いと言ったが、そんなことはなく……男の人の匂いというか、少しドキドキしてきます。
黙っていると何やら緊張してきました……な、何か言わないと。
「き、気持ちいいですか?」
「ああ、ひんやりとして気持ちいい」
「ほっ、それなら良かったです。そういえば……アイク様は、以前にここに来たことがありますか?」
私はここに来てから、ずっと気になっていたことを聞きました。
実は、アイク様とは小さい時に会ったことがあるかもしれないから。
「ああ、十六か十七歳くらいの頃に一度だけ来たことがある。その時は、父と二人で来ていたな」
「っ……! そ、その時の思い出とかってあったりしますか?」
「思い出か……確か、父の知り合いだという男性を紹介されたな。身分はわからなかったが、今思うと高貴な人だったような気がする。そして、娘だという女の子を紹介された」
やっぱりそうだった! アイク様は、あの時のお兄さんだったんだ!
私は五歳くらいの時に、お父様に連れられてきたことがある。
そこで出会ったお兄さんに、迷子になった私は救ってもらった。
多分だけど私の初恋で……まさか、それが敬愛するアイク様だなんて。
私は嬉しくなる気持ちを抑え込み、いつ『それは私です」というタイミングを図ります。
「そ、そうなんですねっ。その女の子は、どんな子でしたか?」
「どんな子か……随分とお転婆だった気がする。俺が風呂に入ってると、私も一緒に入るとか言って飛び込んで来ようとしたり。寝ようとすると、私も一緒に寝るとか泣いたり。その度に、お父さんに叱られていたな」
「……あぅぅ、私ってばなんてことを」
「うん? どうした?」
「い、いえ! ……こ、これくらいでいいですか?」
「ああ、十分だ。セレナさん、感謝する」
「こ、こちらこそ! 背中拭かせてもらってありがとうございました!」
「お、おう?」
よくわからない返事をして、私は慌てて部屋から出ていく。
うぅー……言い出すタイミングを失ってしまった。
あんなこと言われたら、『その女の子は私です』って言えないよ〜!
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