第19話 悪夢とセレナさん

「……やめろぉぉぉ!」


俺の目の前で、仲間達が死んでいく。

時に魔法で吹き飛び、剣や槍で貫かれ、遠くからの矢によって。

いくら救おうとしても、この手からこぼれていく。


「お、俺は何も救えやしない……!」


いくら強くなっても、上官の命令を無視しても部下は死んでいく。

なのに、俺だけはいつも生き残ってる。

皆が、俺には死んでほしくないと……その身を犠牲にしたこともあった。

生きて、この戦争を終わらせてくださいと。


「俺が強くなれば……もっと……誰よりも強くなって皆を守れば……もう、誰も死なせない!」


そうすれば、大事な人を死なせずに済む。

そう思っていたのに……一体、何人の部下の死を見送っただろう。

親族に遺骨や手紙を送り、悔しくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「もう、大事な人が死ぬのは見たくない……なのに、皆が死んでいってしまう! 俺が不甲斐ないばかりに!」


その時、何か温かい感触に包まれる。


それは潰れそうになる俺の心を和らげ、少しずつ解いていった。


そして重いまぶたが開き、視界が開けていく……。








「……ここは」


「あっ! 気がつきましたか!?」


何故か、目の前にはセレナ様がいた。

俺を心配そうに見つめてくる。


「……俺は一体? どうして、セレナ様……セレナさんが俺の部屋に?」


「そ、その、勝手に入ってごめんなさい。時間になっても珍しく起きてこないから、様子を見てくるように言われたんです……皆さんに」


「ったく、あいつら。王女を使いっ走りに使うとか何を考えているんだか」


「わ、私が志願したからいいんですっ。それに、ここでは王女ではありませんよ?」


そういや、そういう話だった。

だから、俺も敬語を使わないようにしないといけない。

下手に気を使う方が、この方にとっては良くないだろう。

……俺も、完全に意識を切り替えるとするか。


「そうだったな。だが、俺は不器用な男だ。貴女がそういう扱いを望むなら、そういう対応しか出来ないと言っておく」


「えへへ、望むところですねっ」


「やれやれ……何がそんなに嬉しいのだか」


「だって、こうやって普通に話せる日を楽しみにしてたんです。戦争中はお互いに立場がありますし、それぞれ特定の一人と仲良くするのは憚れますから」


「まあ、それはそうだ……今更だが、約束を破ってすまない」


俺はきちんと起き上がり、彼女に対して頭を下げる。

どんな事情があるにしろ、俺が黙って出て行ったのは確かだ。


「い、いえ! それはいいんです! ……その、私のことを考えてくれたんですよね?」


「あ、ああ……色々と変な噂もあるようだからな」


「あっ……そ、そ、そうですね! 別に私はごにょごにょ……」


なんだ? 何やら下を向いて呟いているが……やはり、気持ちのいい話ではないか。

こんなおっさんと、恋仲と言われていたなど。


「まあ、噂などすぐに収まる。ともかく、何かあれば言ってくれ。詫びというわけではないが……そういう性分でな」


「収まっても困ります……」


「うん?」


「いえ! ……何でもいいんですか?」


「ああ、俺にできることなら」


「……なんの夢を見ていたのですか? その、とっても苦しそうでしたの」


その言葉に……咄嗟に反応できない。

それは、彼女にとっても辛い記憶だろうから。

しかし、約束は約束だ。


「……昔の夢を見ていた。まだ未熟で、部下を何人も死なせてしまった。俺の力が足りないばかりに」


「そうでしたの……私も気持ちはわかります。回復魔法は万能ではなく、目の前で手を握った方々が亡くなっていくのを見てましたから」


「セレナさん……すまない、思い出させてしまった」


彼女の方が、俺なんかより余程辛い目に合っている。

一度は助かった命を、目の前で失っているのだから。

それはある意味で、一番辛いことだろう。


「ううん、いいんです。私は、彼らを忘れたくありませんから。思い出もそうですが、戒めとして」


「……立派な考えだと思う」


「ありがとうございます……私達は、彼らの分まで生きる必要があると思うんです。彼らの生きた証と、彼らが作ってくれた平和を守るために」


「……ああ、その通りだ」


その言葉は、後ろ向きだった俺の心に染み渡る。

それで俺の罪が軽くなる訳ではないが、これからの行動で示していけばいいと。


「だから、こうしてお話をしましょうね? そうしたら、彼らは思い出の中で生き続けますから……綺麗事かもしれないですけど」


「いや、俺だったら……それはとても嬉しいことだと思う。だから、たまには良いかもしれない」


「アイク様にそう言って頂けると嬉しいです」


そう言い微笑む彼女は、とても綺麗で美しかった。

今更ながらに、自分の部屋に二人でいることに焦ってくる。

しかも、俺は寝汗がすごい事になっているし。

多分、臭いのではないのだろうか?


「と、ともかく、起こしてくれて助かった。とりあえず、身体を拭くので出て行ってくれるか? 他はともかく、ちょっと背中の寝汗が酷くてな」


「そ、そうですよね!」


そして、彼女が立ち上がり部屋を出て行こうとして……立ち止まった。


「どうした?」


「あ、あのぅ……お背中だけでも拭いても良いでしょうか?」


「……はっ?」


我ながら間抜けな声が出た。

それくらい、彼女の言葉は衝撃的だった。

王女様に背中を拭かせる男など、この世界で聞いたことがない。


「わ、私は水魔法が使えますし! 手間が省けるかと! 乾拭きより気持ちいいですし!」


「い、いや、何を言っているんだ?」


「兄や弟にはよくやってましたから! そ、それに、なんでも言ってくれって言いましたもん」


「いや、兄弟とは違うだろ。それと、それはさっきの話では?」


「一回とは聞いてません」


今度は膨れっ面をして、子供みたいなことを言う。

セレナ様は大人っぽいと思っていたが、こういう一面もあるのだな。


「ははっ! 確かに!」


「わ、笑われてしまいました……ダメですか?」


「いいや、平気だ。それでは、お願いしよう」


「はいっ、お任せください!」


下手に恥ずかしがっても変になるので、素早くTシャツを脱ぐ。


そして彼女に向けて背中をむけるのだった。


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