第14話 稽古

 ガルフが来てから三日が経ち、俺はガルフの手伝いと領主の仕事をしつつ過ごしていた。


 そんな中、領主館の庭に数少ない若者達が揃った。


 総勢十二名しかいないが、その目にはやる気が満ちている。


 俺は彼らの前に立ち、忘れかけていた感覚を思い出す。


「諸君、よくぞ集まってくれた。俺が教官であるアイクだ、よろしく頼む」


「「「はいっ! よろしくお願いします!」」」


「良い返事だ。さて、知らせた通り諸君には実戦に使えるようにする鍛錬を行う。言っておくが、命がけなので手加減はしない。無理だと思ったものは、素直にいうと良い。それは別に恥ずかしいことじゃない。本当に恥ずかしいのは、意固地になったり虚勢を張ることだ」


 別に強かったり根性があることが偉いことじゃない。

 本当に強い者は、自分の弱さを認められる者だと思う。

 あとは己の非や間違いを認められる者が個人的には好ましい。

 俺は全員の顔を見渡し、理解するのを待ち……。


「諸君には強くなってもらうというより、チームワークを鍛える方向で行く。戦いにおいて大事なのは役割分担だ。それぞれが自分にできることをし、それをお互いに補う。もちろん、臨機応変な対応は必要だが、それも基本的なことが出来る前提の話だ」


「で、ですが、アイク様は単騎で部隊を殲滅させたことがあるとか……個の力は必要ではないのですか?」


「ふむ、良い質問だ。君の名前は?」


「は、はいっ! ロランと申します!」


「ロランか、よろしくな。確かに個の力が必要な場面もある。だが、本来戦いとは戦略の時点で勝敗が決まる。自然に準備や打ち合わせして、勝つべくして勝つ。個の力を使わなければいけない場面があるというのは、すでにまずい状況だと思って良い」


 そもそも、俺が個の力を発揮しなくてはいけなかったのは……無能な上官のせいだ。

 自分の感情を優先して、気に入らない奴を不向きな配置をしたり、無茶な命令をしていた。

 故に俺が動かざるを得なく……それがまた、相手が気に食わないという連鎖だったな。


「丁寧に説明していただき、ありがとうございます」


「いや、質問はどんどんしてくれて良い。わからなければ、何回でも聞きに来ると良い。さて……こうして長話しても仕方ないか。まずは、各々の力を確認したい。十二人同時でいいのでかかってこい」


「ど、同時ですか?」


「ああ、そうだ。俺を敵将や魔物だと思い、集団でかかってこい。そうだな……一発でも当てられたら褒美を与えよう」


 その言葉に、若者達が目の色を変えた。

 褒美もそうだが、舐められたのが気に食わないのだろう。

 応募をしたということは、それなりに腕に自信があるはず。

 慢心は良くないが、若者はそれくらいの方が丁度いい。


「いいんですね?」


「ああ、無論だ。さあ、どこからでもかかってこい。さて、俺を一歩でも動かすことができるかな?」


「そ、そこまで言われては……みんな! やるぞ!」


「「「オォォォ!!」」」


 そうして俺は、模擬戦を始める。


 ……心を鬼にして、彼らを死なせないために。





 ◇



 ……ほうほう、やっておる。


 昼飯を食って昼寝をした後、庭に出るとアイクが稽古をつけておった。


 ワシは庭で寝そべるギンの横に座り、酒を片手に眺める。


「どうした!? 誰も一発も入れてないぞ! もっと頭を使え!」


「く、くそ! みんな! 一斉にかかっても渋滞してダメだ! 二、三人で波状攻撃してアイク様を休ませるな!」


「そうだ! 俺とて体力は無限じゃない! それは敵や魔物も一緒だ! 焦らず、誰も死ぬことなく冷静に戦え! 俺の兵士に蛮勇はいらん!」


 そう言い、向かってくる若者達を千切っては投げていく。

 時に腕で弾き、足蹴りをかまし、一発も入ることがない。

 そして、まるで後ろに目が付いているかのように全ての方向からくる攻撃も対処する。


「お主の主人は相変わらずだのう。自分は単騎で突っ込むくせに、人にはやらせないようにしおる」


「ウォン」


「まったく、変わらないのう……彼奴は部下が死ぬことに耐えられないのだ」


 戦場で部下が死ぬたびに、あいつは泣いておった。

 もちろん、単純に悲しいとの……自分自身が許せなかった故に。

 敵や上官を恨むではなく、自分の弱さを嘆いていた。

 自分がもっと強ければ、もっと鍛えていたら死ななかったとのかと。


「一人でできることなど、たかが知れてると彼奴は人には言うが……それを自分でやってることに気づいておらん。本当なら、彼奴こそが人に頼るべきだというのに」


「ウォン……」


「お主が付いてくれて助かったわい。彼奴は自分の都合に人を巻き込むことを嫌うからのう。まったく、こっちがどんな気持ちでいると思ってるのだ……大事な友に頼ってもらえない辛さをな」


「ウォン」


「奴が自分の矛盾に気づくのはいつになるやら……ワシでは難しいじゃろうな。それをはっきり言ってくれる方がいればいいが」


 ……そうなると、セレナ姫しかおらんか。

 彼奴は、彼女には頭が上がらないからのう。

 しかし、流石に彼女が来るのは難しいかもしれん。


「ウォン!」


「どうしたのじゃ? むっ……終わったか」


「い、一発も当たらないなんて……というか、戦略が戦術に負けてるじゃないですか」


「まあ、そういうこともあるということだ」


 少し考えに耽ってる間に、若者達が死屍累々といった感じだ。

 皆が地面に寝そべり、立ち上がれなくなっている。


「こんなものか……おっ、ガルフ」


「ふんっ、今頃気づきおって。久々にお主の稽古を見たわい。相変わらず、手厳しいのう」


「彼らは数少ない若者だ、死なれては困るからな」


「それもそうじゃな。ところで、王女様は良いのか?」


 その言葉に、アイクが固まる。

 やはり、何も言わずに出て行きおったか。


 「戦争が終わった後、話すと約束をしたが……それは難しくなった」


「どうしてじゃ?」


 「どうしても何も……今頃彼女は、戦勝パーティーに引っ張りだこなはずだ。何より戦いも終わって、これから結婚などもするだろう。俺なんかと会っては、変な誤解が生まれてしまう可能性がある」


 ……相変わらずの朴念仁ぶりじゃな。

 周りを見ているようで、全然理解しとらん。


「はぁ、今更何を言っているのじゃ? お主と姫様が恋仲の噂はとっくにある」


「……なんのことだ? どうして、そういう話になる?」


「なんだ、知らんのか? 王都では噂になっておったぞ……お主とセレナ姫が恋人だと」


「……ど、どういうことだ!?」


「まあ、お主は戦場にいたから無理もない。要は、国民の願いというやつじゃ。前線で戦うほぼ平民の英雄と、後方で支える姫騎士……希望のない戦いにおいて、人々が求めたのだろう」


 それもあるが、前線にいた兵士達なら誰もが知っている。

 誰にでも優しいセレナ姫だが、アイクにだけ特別扱いすることを。

 それを当人同士は気づいてなかったが。


「そんなことになってたのか。確かにセレナ様とは、長く共に戦ったが……俺は前線で剣を振るい、彼女は後方で治療をしていた。おそらく、どちらが欠けても駄目だっただろう」


「それで、お主の方はどうだったんじゃ?」


「おいおい、よしてくれ。それは相手に失礼だろ。そもそも、年が離れている」


「そうかの? 確かセレナ姫は二十三歳……お主とは大体一回り違うが、珍しいことでもあるまい?」


「まあ、普通ならな。しかし、俺なんかでは勿体ないだろう」


 これまた、相変わらずの自己肯定感の低さじゃ。

 自分が何を成し遂げたのかわかっとらん。

 何十年も続いた戦争を終わらせたという自覚がない。

 それに平和を愛するセレナ姫が、戦争を終結させた男に何も思わないわけがなかろうに。


 「やれやれ、セレナ姫が不憫じゃな」


「なんでそうなる?」


「彼女がいれば回復魔法や水問題も解決するぞい? お前から手紙をたしたらどうじゃ?」


「そんな雑用みたいなことさせられるわけがない……まあ、手紙は書く」


「うむ、そうするといい」


 ……これ以上言うのは野暮かのう。


 後は、当人達の問題か。


 やれやれ、手のかかる友だこと。



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