第10話 ブラッシングタイム

 川に行き、しっかりと処理を済ませたら急いで街へと引き返す。


 街の入り口に着く頃には、少し日が沈みかけていた。


 すると、門の前で兵士達の前で演説をしているモルトさんを発見する。


「皆の者! もう一度アイク殿を救助に向かう!」


「あのー、ここにいますよ?」


「私は確信してます! 彼はこの地に必要な人で、きっとこの辺境をより良くしてくれる方だと! 例え危険だろうと、私も捜索に出ます!」


「いや、だから……モルトさん!」


 そこで俺の声に気づき、モルトさんが振り返る。


「ア、アイク殿! よくぞご無事で!」


「モルトさん? どうしたんです?」


「どうしたもこうも……念のために後を追って兵士が向かわせたら、見張り小屋の兵士がアイク殿が全然戻ってこないと。そして森に入った兵士達も、貴方を発見できなかったと知らせがあったのです」


「あぁー……ご心配をおかけしました」


 どうやら、俺の探索スピードが早すぎたらしい。

 追いつかれる前に、奥の方に行ってしまった。


「いえ、ご無事ならいいのです。しかし、どの辺りまで行っていらしたのですか?」


「地図がないので何とも言えないですけど……大きな川がありましたね」


「なんと……我々では、あそこまで入ることは出来ません。道理で、見つからないはずですな」


「正確には、その奥まで行きました。とりあえず、獲物は獲ってきたので」


 そこでようやく、モルトさんの視線がワイルドボアに向く。


「……ワイルドボア!? し、しかも、この大きさは……お見それいたしました。やはり、英雄殿は違いますな」


「いえいえ。これ、後は任せてもいいですか? 予定通り、住民の方々に配って欲しいのですが」


「ええっ! お任せください!」


 ワイルドボアを兵士達に預けて、俺はモルトさん共に一度屋敷へと戻る。

 庭で泥や汚れを取り、大きく伸びをする。


「さて、風呂に入りたいところだな」


「ウォン!(我も!)」


「流石にお前を屋敷の風呂に入れるわけにはいかないしなぁ。そもそも、風呂自体が屋敷にしかないのが問題か」


「風呂を作るのには木が大量に必要になりますので……それを作るのも一苦労ですし」


 住民の方々は、水やお湯で拭いたりするくらいらしい。

 俺も戦場にいた頃はそうだったが、一度風呂を覚えるとだめだな。

 そもそも、風呂とは贅沢品だ。

 水も大量に使うし、大量の木や火も必要になる。


「ですよね……ただ、自分だけが良い思いをするのは嫌なんですよ」


「ウォン!(我の毛並みが!)」


「はいはい、わかったよ。とりあえず、許可をとるか……すみませんが、ここで火を起こしても良いですか? ギンを洗ってあげたいので」


「ええ、問題ありませんよ。ここは庭も広いですし」


「ありがとうございます。それじゃ、井戸水を汲むとするか」


「メイドや兵士達を呼びましょうか?」


「いえいえ、これくらいは自分でやりますよ」


 俺は庭にある井戸から、水をひたすら引き上げる。

 次に薪を用意して火をつけ、鍋に水を入れて温めていく。

 ある程度になったら、それをギンにぶっかけて泡石鹸でゴシゴシする。


「クーン(たまらん)」


「そいつは良かった。そういや、こうやって洗ってやるのも久しぶりか」


「ウォン(そうなのだ……小さい頃を思い出す)」


「お前、俺の掌くらいだったもんなぁ……すっかり大きくなって——ここか!」


 緩急をつけ、思い切り脇の辺りをゴシゴシしてやる。


「ウォン!?(そ、そこは!?)」


「くく、自分では届きまい?」


「 グルルー!(ぐぬぬ、我は屈しない……!)」


「……本当に仲がいいのですな」


「ええ、俺の大事な相棒で家族ですから。さて……洗い流すとするか」


 その後、しっかりとお湯で洗い流し、焚き火の前で専用の櫛でブラッシングをしてあげる。


「ウォーン(これを待っていたのだ)」


「ほら、動くんじゃない……何だか、平和だな。俺だけ、こんなに平和で良いのかな?」


「ウォン(これもお主が頑張ったからだろう。自分で言っていたではないか、少しくらいはバチは当たらないと)」


「まあ、そうなんだけどさ……性分なのかもな」


 しかし、国王陛下には感謝しなくては。

 こうして考えられるのも、ここに送ってくださったからだ。

 ここを復興させることが、恩返しになるだろうか。





 ギンの毛が乾き、ブラッシングが終わる頃には完全に日が暮れる。

 我が国は一年を通してほとんど暖かく、こうして外で過ごすことができる。

 寒くなるのは、一年の間で二ヶ月ほどしかない。

 ただここは山脈も近く雪も降るから、前と同じようにはいくまい。


「ふぅ、これで良いか?」


「ウォン!(うむっ! 満足である!)」


「うん……よし、サラサラのふわふわだな」


 俺が毛並みを確認していると、モルトさんがやってくる。

 そういえば、ずっと門の外と中を行ったり来たりしてたけど……何をしていたんだろうか?


「アイク殿、準備が整いましたぞ」


「なんの準備ですか?」


「もちろん、貴方の歓迎会です」


「えっ? 俺のですか?」


「ええ、そうです。ささっ、こちらに来てください」


 言われるがままに、モルトさんについていくと……中央にある噴水広場に着く。

 そこには屋台があり、沢山の人々が集まっていた。


「おおっ! 領主様がいらっしゃった!」


「みんな! 広場の前に集合!」


「ささっ! 色々用意したので食べてくださいませ!」


「えっと……どうすれば?」


「アイク殿、まずは噴水前で挨拶をお願いいたします。挨拶回りはしましたが、領主としては正式にしていないので」


「あっ……そうですね」


 とは言ったものの……皆の前に立つと緊張してしまう。

 住民達が、何やら期待の眼差しで見てくるし。


「ウォン(部下の前と同じことをすれば良いではないか)」


「いや、勝手が違うだろ……まあ、やってみるか。コホン……えー、先日より新しく領主となったアイクと申します。歳も取ってるし、戦うことくらいしか能のない人間ですが、俺にできることをやって領地をより良く出来たらなと思ってます……よろしくお願いします」


「皆さま、この方は大戦を収めた英雄です。ですが、この通り見た目は怖いかもしれないですが腰の低い方です。私も補佐しますので、引き続きよろしくお願いいたします」


 すると、住民達から拍手が起きる。

 しかし……やっぱり、見た目は怖いのか。

 いや、愛想もいいわけではないし仕方あるまい。


「それでは、領主様に感謝していただきましょう!」


「「「うぉぉぉ!!」」」


「ありがとうございます!」


「今日は腹一杯食えそうだ!」


 モルトさんの言葉に、あちこちで人々が食べ始める。

 そんな中、俺がどうしたら良いかわからずにいると……。


「アイク殿はこの椅子に座ってお待ちください」


「は、はぁ……」


「ウォン(ほれ、暇なら我を撫でんか)」


「はいはい、わかったよ」


 そして、撫でながら待っていると人々が順番にやってくる。

 その手には、串焼きや野菜炒めが乗った皿がある。


「領主様、これ良かったら……」


「良いだろうか?」


「はい、是非食べてください」


「では、有り難く……うまい」


 香ばしい醤油の中に、仄かに甘みを感じる。

 ワイルドボアは臭みのある魔獣だが、それも味があって良い。


「ほっ、良かったです」


「ウォン!(我も欲しいのだ!)」


「ひゃ!? な、なんと?」


「驚かせてすまない。悪いが、こいつの分もいいだろうか?」


「も、もちろんです!」


 そうして、順番に挨拶と食事を渡してくる。


 俺は一人一人の顔を見て、この方々の生活を預かっているのだと自覚する。


 部下だった兵士と変わらないか……ギンの言う通りだな。


 領主(上官)として、彼らが生き残れるようするのが俺の仕事だろう。















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