第8話 のんびりハイキング?

 ギンの脚により、僅か数十分で森へと到着する。


 その手前には見張り小屋があったので、軽く挨拶をしてから森の中に入る。


「しかし、ギンが速いとはいえ随分と街から近いな」


「ウォン(これでは魔獣や妖魔が出てきたときに対処が難しそうだ)」


「ああ。見張りが気づいてから知らせても遅いだろう。むしろ、よく今まで平気だったな」


「ウォン(森が豊かなおかげだろう。餌があるのに、わざわざ人里に出ることもない)」


「そうなると、開拓をすると人里に出てくる可能性があるか」


 しかし人々を飢えから救うには、食料や物資を調達する必要がある。

 それで魔獣や妖魔が出るようなら、やはり兵士達の編成も必要になってくるか。

 その後、森を歩くが……何も現れることがない。


「……しまった。俺達が強くて、小物系は逃げ出してしまうか」


「ウォン(うむ、そのようだ)」


「前線近くの山脈には強い魔獣しかいなかったしなぁ……どうする?」


「ウォン(奥に進むしかあるまい。我らにも襲いかかるような猛者を探すぞ)」


「まあ、そうなるよな。まあ、俺達は大物担当といきますか」


 俺もギンも気配を消すことは難しくないが、小物を取っても仕方ない。

 何も現れないので、俺達はまるでハイキングのように森を進んでいく。

 そして一時間くらい歩くと、幅五メートルくらいの川を見つけた。


「おっ、少し休憩にするか」


「ウォン(我は腹が減ったぞ)」


「はいはい、わかったよ。どれどれ……いるな」


 川から少し距離を置いて、木の上に登り川の中を眺める。

 すると、そこには大きな魚が泳いでいた。


「ウォン(うむ、我からも生き物の気配がする)」


「どうする? 釣りでもするか?」


「ウォン!(そんなに待てんわ!)」


「ちょっ!? おまえっ!」


 ギンが物凄い勢いで川へと飛び込む!

 俺が急いで木から降りて川に向かうと……ギンが、大きな魚を咥えて川から上がってくる。

 その大きさは三十センチくらいの大きさで、銀色の鱗が光り輝いていた。


「ったく、お前ってやつは」


「ウォン(ほれ、早く飯にしよう)」


「ほんと、図体はでかくなったのに子供みたいだな」


「ウォン!(うるさいのだ! 我はお腹が減ったのだ!)」


「はいはい、わかったよ。それじゃ、木を集めるとするか」


「ウォン!(うむっ!)」


 体をブルブルとさせ、嬉しそうに魚を咥える姿は魔獣フェンリルとは思えない。

 まるで、ただのお腹を空かせた子犬である。

 普段は大人ぶってはいるが、まだ成人には程遠いので可愛いものだ。

 三百年を生きるフェンリルが大人になるには、あと五十年はかかるらしい。


「……お前が大人になるまでは生きられんか」


「ウォン?(主人?)」


「いや、なんでもないさ」


 少しの寂しさを感じつつ、俺は枯れ木や草を集めるのだった。





 その後、俺が用意を終えると……ギンがもう一匹を咥えてやってくる。


「ウォン!(主人の分!)」


「おっ、ありがとな」


「ワフッ?(もう火をつけても良いか?)」


「ああ、いいぞ」


「ガァ!(ふんっ!)」


 ギンの口から火が出て、俺が集めた枯れ木に燃え移る。

 そこに葉を足していき、しっかりと燃やしていく。

 そこまでいったら、ナイフで削った自家製の棒に下処理をした魚を刺す。

 あとは、焼けるのをじっくり待つだけだ。


「ほんと、お前を拾って一番助かったのはこれだよな」


「ウォン(我らは火を扱うことができるからな)」


「魔法を込められる魔石は貴重品だし、気軽には使えなかったし」


「ウォン(それに鉱山はともかく、それを上手く発掘したり加工したりできるのはドワーフ族だけだ)」


「そうそう。元々は、それが原因で戦争が起きたようなものだ」


 魔法を込められる魔石は高く売れるし兵器にもなる。

 それを欲した帝国は、ドワーフや労働力である獣人を酷使してきた。

 それに嫌気が刺し逃げ出し、我が国が保護したのが始まりだと言われている。

 もう、数百年も前の話らしいが。


「ウォン?(そういえば、あのドワーフは良かったのか? 何も言っていないのだろう?)」


「ん? ああ……挨拶に行ったら俺もついていくとか言いそうだから」


「ウォン(確かに言いそうだ。あと、戦場にいた部下達もいたが)」


「皆、優秀な人材だ。こんな辺境の地に呼ぶわけにもいくまい」


 ただ、ドワーフのあいつに関しては……次に会ったら、絶対に殴られることは間違い。

 今頃、皆も元気でやっているのいいが。

 そんなことを考えると、香ばしい香りがしてきた。


「おっ、そろそろか?」


「ハフハフ(そのようだ)」


「おいおい、よだれがすごいことになってるぞ? というか、お前は生でも平気だろうに」


「ウォン(ぐぬぬ……生も悪くないが焼くのも美味いのだ)」


「やれやれ、すっかり人間臭くなったもんだ」


 念のために数分待ってから、串を火から離す。


「では、頂くとしよう」


「ウォン!(はぐはぐ……! これはたまらん!)」


「早いって。もう少しゆっくりとだな……まあ、いいか」


 俺もそのまま、豪快に腹の部分にかぶりつく。

 すると、塩気と魚の甘みが同時に押し寄せる。


「うめぇ……めちゃくちゃ柔らかいし旨味が凝縮されてるな」


「ウォン(ここの豊かな自然のおかげだろう)」


「確かに川とかも綺麗だし、相変わらず自然は豊かなようだな」


 心地よい日差しの中、ギンのふわふわの背中に寄りかかる。


 美味しい食事と豊かな自然、そして頼れる相棒……こんなに心が休まるのはいつ以来だろうか?


 十年以上戦い続けてきたんだ……少しくらいはのんびりしても、バチは当たるまい。

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