第7話 挨拶回り

翌日の朝、俺は用意された風呂に入り、朝食を済ませる。


その後、モルト殿と話し合いをする。


「さて、昨日の続きだが俺は何からすればいいのだろう?」


「そうですね……まずは住民に挨拶をして頂けると助かります」


「わかった。それでは、まずは街の中を見回るとしよう」


「かしこまりました。その間に、私の方でメイドなどの手配をいたします」


そうと決まったら、俺はギンを連れて街へと繰り出す。

一番奥に領主の館があり、街全体が十字路の形で4つの区画に分かれて作られている。

昔はそれぞれ特徴のある区画だったが、今では使われない場所も多く、商店街や住居などがごっちゃになっているようだ。


「建物の老朽化が進んでいるな」


「ウォン(それに痩せている者が多い)」


「ああ、そうだな。建物の補修と、食料が必要になるか」


「ウォン(それよりどうするのだ?)」


「わかってる……ただ、どうしたもんかと」


先程から、人々が集まって俺達に視線を向けてくる。

だが、誰一人として寄ってこない。

びくびくと怯えているのが、ありありとわかる。


「ウォン(主人がおっかない顔をしてるからだ)」


「ほっとけ……これでも頑張って抑えてるんだよ」


「ウォン(戦場に長くいた代償だな。戦う者の気が抑えきれてない。ただの一般人にはきつかろう)」


「くっ……よし、ここはお前のもふもふでどうにかしてくれ。小さい頃は、それでブイブイ言わしてただろ。女性士官の方々に撫でられたりとか」


「ウォン(いつの話だ。そもそも、我は銀狼フェンリルと言われる凶暴な魔獣だ。そんななよなよしたりしない)」


俺達がそんな不毛な会話をしていると、とある若い男女が恐る恐る近づいてくる。

ちなみに、女性の方は男性の陰に隠れてる。


「あ、あのう、新しい領主様ですか?」


「ええ、そうですよ。アイクと言います。こちらは相棒のギンと言います」


「ウォン(よろしく頼む)」


「は、はい……!」


だめだ、相手が緊張しきっている。

すると、女性がギンに近づく。


「さ、触ってみても?」


「ギン」


「ウォン(わかってる)」


ギンはその場で伏せをし、撫で待ちの状態をとる。

女性はそっと毛に触れ……すぐに笑顔が溢れた。


「や、柔らかい! 貴方、すごく柔らかいわ!」


「ほ、ほんとか? 噛み付いたりしないか?」


「しないのでご安心ください」


「し、失礼します……おおっ」


男性の方も触れ、すぐに表情が変わる。

ギンの毛並みはふわふわの極上の毛皮だ……それ故に、乱獲された過去を持つ。

それもあり、俺は子供だったギンを保護した面もあったりする。

まあ、最強の魔獣と呼ばれるフェンリルを狩ろうというものも少ないがな。


「ウォン(そ、そこは……)」


「ここの辺が気持ちいいのかしら?」


「首あたりか?」


「ガウゥ(我は屈しないのだ)」


本人は自覚ないが……今じゃ、ただの大きな犬コロである。

こいつ、めちゃくちゃ撫でられるの好きだし。

その後、少しだけ住民と仲良くなれた気がする。


「ギン、助かった」


「ウォン(ふん、我にかかればこんなものよ)」


「めっちゃなよなよしてたけどな?」


「ガウ!?(してないのだ!?)」


「はいはい、そういうことにしておこう」


一頻り見て回った俺たちは、一度館へと戻る。

すると、玄関先でモルト殿が待っていた。


「お帰りなさいませ」


「ただいまです。ひとまず、挨拶はできたかと」


「それは良かったです」


「次はどうしますか?」


「やはり急を要するのは食料や物資ですな」


結局、それは何処に行っても変わらないらしい。

戦争中も、そこをなんとかしないとどうにもならなかった。

……上の連中にはわかってもらえなかったがな。


「そうなると狩りに行くのが一番か。このあたりで、手頃な魔獣が出る場所は?」


「ここを西に行ったところにある森ですな。我々も編成を組んで、たまに狩りに行ったりします。ただ、奥の方にはいけないので小物ばかりですが……」


「わかりました。それでは、そこに行ってきます。領主の最低限の仕事は、民を飢えさせないことですから」


「へっ? お、お一人で?」


「大丈夫ですよ、ギンもいますから……それでは!」


「ウォン!(ゆくぞ!)」


俺はギンに跨り、街を出て西に向かって行く。


「領主の教えか……まさか、今更思い出すなんてな。俺が領主になるなど夢にも思わなかったし」


「ウォン?(さっきのやつか?)」


「ああ、そうだ。領主ではなかったが、小さな村を治めてた亡き父上によく言われたよ。民の安寧を守ること、それが貴族であり領主の役目だと」


「ウォン(我の知る貴族は、そんな感じではなかったがな)」


「それを言われると痛いな。確かに、あの戦場にはそういう輩もいたが」


戦争を手柄や金儲けの道具と思ったり、守るべき部下を使い捨てるような奴らが。


だが、そんな者ばかりではないことも知っている。


セレナ様のように、民のために命をかけられるお人もいる。


そういえば……彼女には何も言わずに出て行ってしまった。


友といい、皆怒っているだろうなぁ……あとで、手紙だけでも書くとしよう。

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