第5話 領主着任
街の中は閑散としていた。
人通りも少なく、建物も風化している。
街の城壁もそうだったが、所々が傷んでいた。
それは俺の知る風景とは違っていた。
「……昔は綺麗で、人も多かったのに」
「おや? アイク様はきたことがおありですか?」
「ええ、もう二十年近く前ですが」
まだ父上が生きていて、知り合いに会いに行くといい、俺と妹を連れて行ったっけ。
あの時は活気もあって、自然豊かな生活に憧れたものだ。
「そうだったのですね。それでしたら、まだ廃れる直前くらいですな。あの後、すぐに戦争が起き……王族の方々は避暑地にこれるような状態ではなくなりました。そして、徐々に廃れていってしまったのです」
「そうでしょうね。そんなことをすれば、民や貴族から反感を買いますし」
「おっしゃる通りです。これも、私の不徳の致すところ……国王陛下から任されたのに、この地を保つことができませんでした。私では、どうにか民が飢えないようにするのが精一杯でした」
「いえ……貴方は立派な方かと思います。こうして、住民の方々に好かれているのだから」
確かに街に活気はない。
だが、道を歩く人々が彼に向ける視線を見ればわかる。
誰もがぺこりと挨拶をし、悪感情を向けていない。
それもあり、俺やギンに対しても怪訝な視線を向けるだけで済んでいた。
「っ……ありがとうございます。来てくれたのが、貴方のような方で良かった」
「俺に何が出来るかわかりませんが、出来る限りのことはしましょう」
元々戦いにしか能のないとはいえ、俺は馬鹿だった。
戦争が終われば平和になると思っていた。
しかし、ここにくるまでに見てきた。
本当に大変なのは、これからなのだと。
やれやれ……のんびりする前に、俺がなすべき仕事があるな。
◇
大通りを真っ直ぐに進んでいくと、正面に館が見えてくる。
そこの周りだけは草木もなく、建物も綺麗な状態を維持していた。
そのまま、門の中へと入り、建物の中に案内される。
ちなみに敷地内に庭があったので、ギンはそこで待機するように言っておいた。
「こちらが領主の館となります」
「……中も綺麗ですね」
「流石に、この館だけは廃れさせるわけにはいかなかったのです。たとえ、王族の方々がこないとわかっていても」
「モルトさん……」
「すみません……では、まずはこちらの部屋に」
正面玄関の奥にある螺旋階段を上がり、二階に行く。
上った先には通路があり、そこを進んで行くと大きな扉があった。
すでに扉は開いていたので、そのまま中に入り、ソファーに座る。
「さて、まずは……改めまして、ようこそおいでなさってくださいました。私、代官を務めておりますモルトと申します」
「改めまして、アイク-アトラスと申します。国王陛下の命により、この地を治める領主としてやってまいりました」
「はい、確かに……これで、私の代官の仕事も終わりですな」
すでに二十年以上働いているので、できれば休ませてあげたいが……この人の目からは寂しさを感じる。
それだったら、俺の方からお願いをすべきだな。
「もしよろしければ、引き続き補佐などをお願いしても?」
「え、ええ! 私でよろしければ! きっと、わからないことも多いでしょう」
「はい、お願いします。まずは、何から始めればいいですか?」
「そうですな……逆にアイク様のお得意なものはなんでしょうか?」
「そうですね……お恥ずかしいことに、戦うことくらいしか知らない男でして」
そもそも、俺が戦争に出た理由もそれだ。
要領も良くないし賢くもない俺は、肉体労働の道か傭兵や兵士になるしかなかった。
だから親父が戦死して長兄である兄貴が戦争に参加するという時、俺は兄貴を押しのけて戦争に参加したんだ。
兄貴は頭はいいが弱いし、既に婚約者もいたから死なせたくなかった。
「いえいえ、国を救った英雄と書いてありました。我々が敵国に蹂躙されてないのは、貴方様のおかげだと」
「国王陛下がそんなことを……」
「はい、実直な人柄だとも。それは、この短期間でもわかりますな。そうなると……妖魔や魔獣退治、兵士などの編成でしょうか。それらは、私ではどうにもならないのです」
「そういうことならお任せください」
ギンもいるし、魔物や妖魔はお手の物だ。
兵士に関しても、これでも前線指揮官である少佐を務めていた。
「心強いお言葉ですな。それより貴方様の方が身分は上なので、もう少し砕けた口調でお願いいたします」
「ど、努力してみます。その代わり、様はやめてもらえますか?」
「かしこまりました、アイク殿。さて……今日のところは、これでお休みください。夕飯などは如何なさいますか?」
「軽く食べたし、今日は平気です。ギンに食事を与えたら、休むとします」
その後ギンに報告を済ませ、俺は着替えをして自分の部屋のベッドに横になる。
「……どうやら、まだ余生を過ごすには早すぎるらしい」
だが、ある程度働かないと男はダメになると父上も言っていた。
ひとまず、この地の再建を目指して頑張るとするか。
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