第2話 謁見

 戦争の後始末をしたら王都へと帰還し、三日の休暇の後に王宮に呼び出される。


 それも、国王陛下直々に。


「ふむ、なんの話だろうか?」


「決まってますよ! 受勲ですよ! それこそ伯爵とか近衛騎士とか!」


 伯爵家の出にもかかわらず、俺を慕ってくれているナイルが興奮している。

 ずっと、俺には偉くなって欲しいと願っているようだ。

 俺は男爵家の次男で継承権はないので、ほぼ平民のようなものだから。


「なるほど……まあ、なくはないか」


「きっと、そうですよ!」


 我が国には貴族階級があり、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵となっている。

 そしてごく稀に、平民や貴族の継承権のない者が受勲される場合がある。

 誰からも目に見えてわかる、大きな功績を挙げることだ。

 冒険者ランクを白銀級にしたり、それこそ戦争で活躍したり。


「立派な土地を貰ったりとか! あとは、たんまりと報奨金を貰ったり! いや敵将を倒したのですから、もっとすごいかもしれません!」


「いや、そうだとしても……それは受け取るべきではないな」


 すると、ナイルがキョトンとした表情を浮かべる。


「えっ? どうしてですか?」


「男爵家次男の俺が、そんなものをもらっては……余計なことになるだけだ」


「そ、そうかもしれないけど……でも、ずっと最前線で戦ってきたのに。何より、長年我らを苦しめてきた敵将を倒した英雄なのに」


 俺は落ち込むナイルの肩に手を置く。

 こいつは高位貴族にしては珍しく、真っ直ぐな心の持ち主だ。

 きっと、正当な評価が貰えないのが嫌なのだろう。


「気にするな、ナイル。お前みたいにわかってくれる人がいれば良い。何より、これからは平和になる。せっかくの平和を、俺が乱すわけにはいかないさ」


「先輩……さすがです! それこそ、俺が尊敬する方です!」


「いやいや、大したことないさ。お前なら、きっと良い貴族になれる」


「先輩のように力なき者のために戦える人になります!」


 これで良し、ナイルは良い貴族になるだろう。

 そして、俺としては……下手に大層な勲章を授与される方が困る。

 もう歳だし、平穏な日々を過ごしたいのだ。






 その後、準備をして城に向かう。

 すると、すぐに城の中へと案内され、玉座の間に通される。


「アイク殿が到着しました!」


「うむ、進むが良い」


「それでは、どうぞ」


「はっ、失礼いたします」


 俺は緊張しながらも、赤い絨毯を進む。

 すると、ヒソヒソ声が聞こえてくる。


「……継承戦もない男爵家の者が」


「どうせ、貴族に取り立ててくださいとかいうに違いない」


「戦うしか能のない卑しい分際で……」


 ……まあ、そうなるよな。

 だが、俺からしたら戦いもせずに、こんなところにいる方がどうかしている。

 その贅沢な服装が出来るなら、その分のお金をこっちに回して欲しかった。

 俺は舌打ちを堪えて、国王陛下の前で膝をつく。


「英雄アイクよ、顔を上げるが良い」


「はっ、国王陛下」


 俺が顔を上げると、微笑んでいるアリオス国王陛下がいた。

 確か年齢は五十歳だが、まだ若々しく整った顔立ちをしている。

 サラサラの金髪に、細い手足……羨ましい。

 俺はといえば地味な黒髪だし、厳つい顔だもんなぁ。

 身長も190くらいあるし、昔から怖がられたっけ。


「うむ……此度の働き、褒めてつかわす」


「ありがとうございます」


「これにて、戦争は終結した。これからは、平和な時代が来るだろう」


 もちろん、これが建前なのはわかってる。

 まだまだ問題は山積みだろう。

 戦争で疲弊した国力を回復させたり、他国との問題も含めて。


「そう願っております」


「うむ、余もそう思う。お主が作ってくれた機会を無駄にはしない」


「そう言って頂けると嬉しく思います」


 そこで改めて、国王陛下と顔を合わせる。

 その瞬間、何やら懐かしい感覚を覚えた。

 まるで、何処かで会ったことがあるような……多分、気のせいだと思うけど。


「さて、本題に入るとしよう。お主には褒賞を与える。子爵の地位を授け、アトラス領地治めよ」


「子爵!?いや待て……」


「確か、以前は王族の方の避暑地だった……」


「おいおい、あそこはもう廃れたろ。今は代官がいるだけで、正式な領主はいないぞ」


「なるほど、それなら良い。子爵とはいえ、名前だけだろう」


「静粛に」


 国王陛下が、静かだが威厳のある声を出す。

 すると、一気に空気が張り詰めて……皆が沈黙する。


「ここを何処だと思っている? 誰が話して良いと許可した?」


「まあまあ、国王陛下。皆さんも、戦争が終わって気が緩んでますから」


 隣にいる宰相様が声をかけると、その威圧感が静まっていく。

 流石は国王陛下だ……戦場にいた俺でも、結構な圧を感じた。

 それにしてもアトラス領か……懐かしい名前だ。

 幼き頃に、あの場所で遊んだ記憶がある。


「……まあ、良いだろう。さて、英雄アイクよ」


「はっ、国王陛下」


「お主には、そこの領主となってもらう……良いだろうか?」


「もちろんでございます。その地に赴き、民のために尽力いたします」


 正直言って、俺としては願ったりだ。

 これで近衛騎士とか王都で貴族とか言われたら困るところだった。

 なにせ中央貴族の腐り具合は、戦争で見に染みている。

 敵より味方の方が怖いとか意味がわからない。


「アイクよ、お主にはアトラス領そのものを与える。新たな貴族という扱いなので、今日からアイク-アトラスと名乗るが良い」


「畏まりました! 今日からアイク-アトラスとして、領地を治めてまいります!」


「うむ、良い返事だ……さて、何か望みはあるか? 出来る限り叶えようと思っている」


 その瞳は、俺を気遣ってるように見えた。

 もしかしたら、俺を追い出すような形は国王陛下の本意ではないのかもしれない。

 願い……それなら、決まっている。


「それでは……我が生家が


「お主の家はローガン男爵家だったな……わかった、我が名にかけて約束しよう」


「感謝いたします!」


「うむ……それでは、下がると良い」


「はっ、失礼いたします」


 俺はお辞儀をして、来た道を引き返していく。


 当然周りの視線は、俺を哀れんでいる。


 だが、俺の心は晴れやかだった。


 唯一の懸念は、俺が上官達に嫌われていたことだった。


 待機命令を無視して部下を救ったり、指示に従わずに命令違反をしたりしてた。


 奴らはこれ以上、俺に手柄を立てられるのを嫌がった故に。


 だがこれで俺を逆恨みしてる奴らも、家族には手出しできまい。




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