1:21 駆除
「おk、いちにのさ~~んで、はいっ、上げて~~っ!」
『うっ、お、重い、ですっ!』
『くはっ、コレ、ほんとニ、持ち上がンノ!?』
「んー、たぶんだいじょぶ? 脚、浮いてきた~~、そのままそのまま~~、引けぇーー、力の限り引けぇーー、こんじょぉーーを見せてみろぉーー」
いやまあ、根性でドローンの出力が上がったりはしないんですけどね。
わたしは七海ちゃんマギーの三人一組で、ゾンビ恐竜にロープを引っ掛けては、持ち上げて運ぶ作業をしていた。
あんまりにも重量級の大物だったら、大型輸送用ドローンに吊り下げて運んだりもする。
1tくらいまでの比較的小柄な恐竜などは、他の班が飛行型ドローンのマニピュレータで直接抱えて運んでいた。
中には、ブルドーザーやパワーショベル、フォークリフトといった車輌型ドローンを器用に使いこなして運んでる班もあった。
持ち上げた恐竜は、一旦、近場に置かれた大型ダンプドローンの荷台か、カーゴコンテナに積みこんでいく。積荷が一杯になったら大穴へと運ばれて、そこでドザザザっとまとめて捨てられる。
ゾンビ化してるとはいえ、ゴミ清掃車がゴミを吐き出すみたいなやり方に、少々思うところがないでもないけどねえ。埋葬とまでは言わんけど、もうちょっと丁重に扱えんもんか、とは思うんだけども。
しかし現在、魔竜は基地から約3Kmほどのところに一頭、他に5Kmのところに二頭いる。目に付くところ片っ端から吹っ飛ばしてて、進路は読みにくいんだけども、最悪の場合、基地が魔竜の射程に入るまで三〇分も掛からないとみられてる。魔竜が接近してくる前に、基地周辺のゾンビ恐竜は排除しておく必要があった。そうなると、あまり丁寧に扱ってる余裕はなさそうだった。
ちなみに、魔竜を排除しよう、なんていう無謀な策は最初から考慮されてない。現在こちらの世界で知られてる生物の中で、恐らく魔竜は最強だろう。あれをどうにかできそうな兵器とか、こちらにはまだない。そして、こちらは一発くらったらアウトということで、そもそも勝ち目というのがなかった。
また、もし間違ってケンカ売ったりすれば、長いこと紛争になる可能性もあった。
ここはもう、穏便にいくしかない。まあ、個人的に魔竜とは仲良くしたいわたしとしても、そっちのが断然いいけど。
その時、
ガサッ
すぐ近くの茂みを割って、大きな影が跳躍し、低空で浮遊していたマギーの
『ぎゃあああアアッ!?』
ガツンと機体にぶつかられて、マギーの悲鳴があがった。
影はラプトル風の恐竜だった。こいつら、茂みから襲い掛かるの好きなのね。
ローターのうちの一枚がラプトル風に接触して、肉に食い込んだが、そこで回転が止まってしまった。ラプトル風はドローンの胴体部分に抱きついて、鉤爪を突き立て、鋭い牙で噛み付いた。
爪と牙のダメージはハミングバードの外装を抉って大きな傷を掘った程度みたいだけど、揚力が足りなくなってハミングバードはドスンと地面に落下した。
「このっ!」
わたしはすぐに駆け寄って、ラプトル風を引き剥がそうとした。
『きりこさん、それ、ゾンビ化してます!』
「えっ!?」
言われてみれば、そいつの目は白濁してて、一部鱗がはがれているところからは中の肉が爛れているのが見えた。そして、ローターが切り裂いた傷口からは、ドス黒い粘液が垂れていた。
しかし、ゾンビ恐竜でこんな動きできる奴がいるなんて、にわかには信じられなかった。
マーカーはついていない。ここまで見つからずに来たのか、それともさっきの爆風などで監視の目から一旦逃れたのか。
なぜ、こんなに動けるのだろう。
いや、考えるのは後にしなければ。
わたしはスタンロッドを取り出して、そいつに押し当てた。
『ふんぎゃアッー!?』
バチッという音と共に、そいつの体がビクンと硬直した。電流がマギーの機体にも流れたのか、なんか悲鳴が上がった気がするけど、そっちは聞かなかったことにしよう。
硬直した隙に、そいつを引き剥がし、投げ飛ばした。あまり体勢がよくなかったか、数メートル転がっただけだった。
ラプトル風は何事もなかったかのように立ち上がり、ハーキュリーの方に顔を向けた。その時、なぜか一瞬ギョっとして、後ずさったように見えた。そして、身を翻して他の獲物に向かって走り出した。
「だあぁぁーーっ! 逃げるなゴルァ! 足速すぎってか、敏捷すぎるでしょっ! どうなってんのよ!?」
ハーキュリーの足でもなかなか追いつけなかった。
他の班のドローンも追跡に加わって、追い詰めようとするんだけど、あとちょっとってところで、ヒョイっと身をかわして逃げてしまう。
『あああっ、マギーさんそっち行きましたあっ!』
マギーの機体はローター一基が不調になったせいか、ふらふらと不安定に浮かび上がったところだった。そこにラプトル風が突っ込んでいって、すれ違いざまに尻尾を叩きつけてきた。
ぶっ飛ばされて、どうにか機体を立て直したマギーが怒鳴った。
『んガっ! こいつっ、ほんとに死んでんノ!?』
『センサーではほぼ死んでるんですけどねえ』
検査器を載せた偵察ドローンが戻ってきたので、マーカーは付け直されていた。これで監視用ドローンが見失わない限り、追跡は可能なんだろうけども。
しかし、なんであのラプトル風だけがあんなに激しく動き回れるのか。
他のゾンビ恐竜がふらふらと意味もなく彷徨ってる中で、こいつだけは明確に状況を判断して、獲物を見定めて襲い、危険を回避してる。ゾンビ化してるとは思えないほど、その動きは的確かつ機敏で、かなりのイレギュラーだった。
今も、逃げ惑う生きた草食恐竜の一匹に、出会い頭に爪で一撃を加え、牙を突きたてた。だが、そこで獲物を喰うわけでもなく、その場に放置すると、次の動く獲物に向かっていった。襲われた草食恐竜はその場に倒れ伏してる。
まるで喰うのが目的ではなくて、獲物を狩ることこそが目的になってるみたいだった。本能が壊れてて、狩猟本能だけが残ってるみたいな。
もしかして、急に感染が広まったのって、こいつのせいなんじゃなかろうか。襲って傷をつけるだけで後は放置。襲われたほうはゾンビ菌に感染しててもおかしくない。
なんにせよ、あれは放置できない。
『なんか、武器はないノ!? ライフルとか、ショットガンとカ』
「火炎放射器くらいほしいところだけど。手元にあるのはスタンロッドと捕獲用の網だけだねえ。斧は置いてきちゃったし、あれでバッサリというのはさすがにちょっと……。後は〔投石〕くらい? でも、あんだけ不規則にすばしっこく動きまわる相手には当てにくいしねえ」
前にラプトル風と戦ったこともあって、何かしら武器はほしいところではある。
それで、斧みたいに近接でザックリ
しかし回答は、「当面、遠隔攻撃なら〔投石〕で我慢してください」だった。残念。
それはさておき、はて、どうしたもんか。ハーキュリーの足ではまともに走って追いかけても、到底捕まえられない。ハミングバードは速度は充分だけど抑えつけるパワーに欠ける。
追い込み漁みたいに、どこかで網をはって待ち構えて、追い込んでもらうか。でも、網はそんな大きくないし、タイミングをしくじるとすり抜けられてしまいそう。
「砂田さん、なんかえらくすばしっこいゾンビがいるんだけど、何か足止めする方法はない?」
こんな時なので、砂田さんにアイデアがないか聞いてみた。
『……雷というか、電撃はどうでしょう。雷属性の魔法の中に、一定範囲内の空気を不安定にして電離しやすくする
「スタンロッドではあんまり効かなかったけど、だいじょぶなの?」
『出力を限界まで上げれば、麻痺だけじゃなく筋肉も焼けるんじゃないでしょうか』
「それって今すぐ用意できる?」
『スタンロッドの回路をちょっといじればすぐ。たぶん、こちらから持っていくより早いですね。すみませんが、作業のためにその場に座ってもらえます? それで、ハーキュリーの腕だけちょっと拝借しますよ』
え? と思う間もなく、ハーキュリーの腕が動かなくなった。というより、わたしの意志では動かなくなった。
『手元を見ていてもらえます? 手先だけなら私のほうで動かせますが、体のほうはそうもいきませんので』
どうやら、砂田さんが遠隔操作モードで、ハーキュリーの腕の部分だけ乗っ取っているらしい。わたしの感覚はつながったままで、体が勝手に動くというのはものすごく気持ち悪い。状況が状況だから、仕方ないかもだけど。
右腰に格納されてる工具類を取り出すと、スタンロッドのうちの一本を分解し始めた。
中からはコアとなる魔導回路モジュールが出てきた。直に見るのは初めてだけど、これが雷属性の魔導回路だそうだ。電気回路みたいなのを想像してたけど、だいぶ違ってた。いろんな形をした部品が立体的に複雑に組み合わさってて、その間を細い線が何本もつないである。混沌としてて、こんなんで機能するの? と疑問に思った。
その部品をいくつか外して、工具類と一緒にあった別の部品と入れ替えて、線をつなぎ、何かの工具をぶっ刺した。
何をやってるのかさっぱりだけど、時間にして一分ちょっとで作業は終わった。
『これを中心に半径10mの範囲がフィールドになります。起動して効果が出るまで1秒。フィールド自体は30秒間続きます。その間に、もう一本のスタンロッドでバチっとやってください。
フィールドは一度放電したらそこで終りなので、タイミング気をつけてください。それと、巻き込まれるとハーキュリーでも危ないんで、距離は充分とってから入れてください』
ただ、どこでどうやってフィールドを張るかが問題になった。
話し合った結果、
1.ラプトル風を一方向に追い立てる
2.進路上に、飛行型ドローンからフィールド生成器とスタンロッドを投下
3.ラプトル風が範囲内に入ったら、スタンロッドを遠隔で起動し、放電
そうして動きが止まったところで確保する、という流れになった。もしそれでもまだラプトル風が動けるようだったら、ハーキュリーが〔投石〕スキルで石を投げつけて攻撃する。
〔投石〕スキルをいきなり実戦投入というのは不安だけど、まあ、電撃で足が鈍っていれば、ラプトル風の大きさならなんとか当てられると思う。
そうして、追い込み作戦が始まった。
今度は上空からの俯瞰による誘導もあってか、的確にラプトル風を追い込んでいった。
『投下するヨー、ほイっ』
駆けるラプトル風の前方に、マギーの載ったハミングバードからフィールド生成器とスタンロッドが投下された。着地と同時にフィールドが展開された。
「来た来た来た、ぽちっとな!」
どんぴしゃで、ラプトル風がフィールド内に入ったところを狙って、スタンロッドのスイッチを入れた。
バヂーーンッと派手な音を立てて、フィールド内が真っ白に光った。
後には、焼け焦げた地面と、全身から煙が立ち上るラプトル風の姿があった。
ラプトル風は力が抜けて、その場に倒れた。
「やったか!?」
人間て、こういうときフラグを立てずにはいられないんだなーと、心底思いました。
こんがり焼けたなら、これで終了かなと思ったんだけども。
「にゃぁ~?」
そこへタマがふらっと現れた。
同時に、ラプトル風がピクっと動いた。
「やばっ!?」
ラプトル風がよろよろと立ち上がったところに、わたしは全力で石を投げつけた。
重心がちょっと偏った歪んだ石だったけど、スキルの補正によって、石はほとんどまっすぐな軌跡を描いて飛んでいって、ボグッという鈍い音を立ててラプトル風の頭に命中した。
そして今度こそ、頭部を大きく陥没させたラプトルはその場にどうっと倒れた。
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