1:20 群れ

【ムーンベース仮想空間 司令室】

May/01 05:30


 昨日の恐竜の異常発見以降、開発基地02では徹夜で情報収集にあたっていた。

 仮想体には睡眠欲求をカットするオプションもあるので、皆、眠気に襲われたりはしていない。ただし、ストレスを抑制できるわけではないため、三徹が限度とされている。

 月面基地のフォレストも、二時間ほど仮眠をとっただけで、早朝から基地02と連絡を取り合って、対応にあたっていた。


「デヴ2、状況を報告してくれ」


 月面とニューホーツ間の通信では、毎度往復で三秒近いタイムラグが発生して、少々まどろっこしい。

 フォレストとしては自身で直接デヴ2に乗り込みたいところではあったが、全体の司令官がそうそうやたら簡単にホイホイ出歩くな、もっと現場の指揮官を信頼しろとデュボアに叱られたのもあって、自重している。が気楽に現地調査に出かけられるのは、ドラマの中だけなのか。フォレストは心の中でひっそりと嘆いた。


『……検査器を偵察ドローン五機に搭載して、手分けして捜索しています。発見したものはマップにマーキングして、他のドローンで追跡・監視させています』


 更なるゾンビ化生物の発生に備えて、遠隔検査器を技術部がすでに開発していた。

 ここのゾンビ恐竜の場合、単純に体温だけでは判別できないため、別の判定方法が用いられている。

 ゾンビ菌の作用によって、対象の肉体は不完全で不規則ながらも、活動をある程度維持している。血管はゾンビ菌が埋め尽くして血栓だらけとなっているが、脳や心筋は完全には停止しておらず、それが異常な脳波や心拍として表れてくる。また、弱いながらも生前と同じく呼吸の動作もしているのだが、代謝が機能していないために、呼気には二酸化炭素が増加していない。これらをセンサーで検知して判定する仕組みだった。


『……デヴ2の北東の草原が分布の中心となっており、半径20Kmの範囲におよそ一千頭ほどが確認されています。これはすでにゾンビ化しているものの数字で、感染して症状が出ているものが五百頭はいるものとみられます』


 範囲内には基地周辺も含まれていて、数頭のゾンビ恐竜が見つかっていた。

 ここまで拡がってしまうと、封じ込めや除染というわけにもいかないだろう。

 幸い、こちらのゾンビはあまり活動的ではない。まともに動けるのは一割もおらず、積極的に他の生きた生物を襲ったりもしないようだった。団員の間では不安が広がってはいるが、今のところゾンビ化した恐竜自体にはそれほど危険性はないとみられている。

 そこまで考えたところで、ふとフォレストは疑問に行き当たった。


「なぜ、急にこれほど増えた?」


 ゾンビ菌は空気感染はしないとみられている。そうなると、何が媒介となっているのか。

 ゾンビ自身が媒介しているのでないとするなら、他に考えられるのは水質や、食料となる植物の汚染か。あるいは、蚊やダニのような生物はこちらにもいるので、それらが媒介者となっているのか。


「感染源については、何か情報は?」

『……近隣のいくつかの水源を調べた限りでは、特に異常は見つかっていません。寄生虫の類はまだ調査しておりません』

「そうか」

『……あと、喉や腹などに、真新しい深い噛み傷や爪痕が残っている個体が多くみられるそうです』


 発見されていないだけで、生きた恐竜を襲うゾンビ恐竜がいるのだろうか。しかし、たとえ少数の肉食恐竜がゾンビ化したとして、あれほど緩慢な動作で獲物を襲うことなど可能なのだろうか。

 あるいは発症せずに、保菌者キャリアとなっているのか。

 現状では情報が少なすぎて、判断は保留にせざるを得なかった。


「わかった、そちらの方の調査も引き続き頼む」

『……了解です』


 ゾンビ菌の蔓延は由々しき事態で、感染ルートの特定は必要だろう。

 あとは、今いるゾンビ恐竜の処置をどうするか。


「基地に近いところから、一体ずつ処理していくほかないか」


 フォレストは対策の検討を続けた。





「えーっと……あんなにいるの?」


 時刻はそろそろ一〇時を回ろうとしていた。基地のある高台から草原を見下ろしながら、わたしはげんなりと呟いた。

 そこには、意味もなくふらふらと蠢く無数の恐竜の姿があった。外見だけでは区別付きにくいけど、視界にオーバーラップする形で、ゾンビ恐竜にはマーカーが表示されている。それを見る限り、あそこにいるのの半数以上がゾンビ化していた。数が多すぎて、マーカーだらけだ。


『多いですねえ』

『うわぁ……えっらい遠くまデ散らばってるシ。何匹いんノ、コレ』

『感染してるのも含めて、およそ千五百頭って言ってました。まだまだ増えるかもって』

「多いわねえ」


 ハミングバードに載ってる七海ちゃんとマギーもげんなりしてそうだ。ドローンに表情筋があったら、たぶん引きつってるだろう。


『まあ、地球でのゾンビの増え方に比べれば、まだマシ?』

「それはそうかもだけど……」

『というか、こっちのゾンビっておとなしいんですね』

「おとなしい?」

『ええ。ほら、あそこ。あのゾンビ恐竜、元は肉食恐竜ですよね』


 ハミングバード七海ちゃんのマニピュレータの指が示す方を見ると、肉食恐竜のゾンビらしいのがいた。その前をまだ生きてるっぽい草食恐竜が走って逃げていく。だが、肉食恐竜ゾンビは特に反応せず、突っ立っているだけだった。


「スルーしてる?」


 わたしが最初に遭遇したゾンビ恐竜は、ただ葉っぱを食べてるだけだった。あの時は草食恐竜だからかと思ってたけど、肉食恐竜ゾンビでも必ずしも襲ってくるわけではないらしい。


『地球のゾンビは、生きた人間がいれば問答無用で襲ってきたけどネ。どうも、喰うために襲ってたわけじゃないらしいケド。ちょっと物理法則無視した動きもしてタ。ゾンビはゾンビでも、『ロ○ロ系』じゃなく、『死霊のは○わた』とかの系統と言ったほうがいいカモ』

「あー、なるほど」


 地球のゾンビについては、わたしが見たことあるのは映像でだけだ。その頃にはすでに仮想体になってたしね。あと、VRゲームの世界で、プレイヤーキャラの中の人が襲われたらしくて、ゾンビ化する瞬間に居合わせたこともあったけど。

 とにかく直接目にしてはいなかったけども、映像で見た範囲でも、地球のゾンビは動きがやや緩慢ながらも、やることは大層えげつなかった。

 それから比べれば、確かにここのゾンビ恐竜はおとなしいものだ。


 まあ、性質がどうであれ、わたしらの作業は変わらない。駆除と殺菌だ。

 あまりにもゾンビ恐竜が増えすぎて、放っておいてゾンビ菌が撒き散らされるのも困るってことで、事業部総出で駆除することになったのだ。


 巨大な穴を掘って、そこにゾンビ恐竜を放り込み、魔法で加熱して、灰になるまで燃やす。

 もう既に基地から1Kmほどの地点に穴は掘られていて、あとはゾンビ恐竜を捕まえてくるだけだった。


 実作業にあたるのは第一陣で保安部と開拓事業部の人員が中心で、そのうちドローンを操作できる九〇人ほど。部長たちは基地で指示を出すだけだ。第二陣の人たちはまだドローン操作できないんで待機。


 ちまちま駆除しなくても、熱核攻撃で辺り一帯をまっさらにする方が一番確実で、手っ取り早いんじゃないか、っていう過激な案もあったらしい。まあ、ゾンビは団員にとってトラウマものだし、あんな細菌がいるんじゃ「汚物は消毒だあっ!」とすべてを焼き払いたくなるのもわからなくもないけど。


 ただ、これから開拓しようっていうのに、放射性物質を撒き散らすのは論外だし、この細菌がどこからきたのか不明で、地表を焼き払ったくらいで根絶できるという保障もなかった。

 そもそも、現状では原爆だろうと水爆だろうと、核兵器なんて用意されていないし。技術部の人の話によると、魔法も併用すれば核兵器も作れなくはないけれど、それでも製造に一ヶ月やそこらはかかる見込みだそうだ。

 そういう諸般の事情により、核攻撃案は没となった。幸いなことに。


 原始的とはいえ曲がりなりにも調和が取れている自然環境を、まるごと吹っ飛ばすっていう、乱暴で強引なやり方には気が引けてる人も多いだろう。

 それに、地球の一部の国では、ゾンビ対策としてそれをやったばかりなのだ。しかも、それでもゾンビを駆逐できず、何の問題の解決にもならなかった。それは多かれ少なかれ、みんなの心の傷として残ってるはず。たとえこちらでは効果があったとしても、使う気にはなれないだろう。


 開拓団の基本方針としても、なるべくここの元からある自然環境を残そうとしている。新人類にも自然との調和を教えていきたい。開拓をしていけば自然を破壊するのは避けられないが、それでも可能な限りここの自然は残したい。そう願ってる。


 だから、多少不確実で手間がかかっても、地道な手段をとることになっている。作業するのはわたしらなんだけども、そのくらいの手間は別にいいかなと。

 まあ、ここのゾンビはそんなに動き回らないし、わたしらが襲われるわけでもないから、慌てずゆっくりやっていけばいい。


――なんて、のんびり構えていたんだけども。



 その時、「ジュィンッ」っていう鋭い音がして、すぐさま「ドッオォォォオォォォォォォォンッ」とものすごい轟音が辺りに響き渡った。


「なに!?」

『あっチ! あそコ!』


 マギーが指差した方向を見ると、遠くで一直線状に猛烈な炎と煙が吹き上がってた。まるで大地がまっすぐに裂けて、そこから一斉に噴火したみたいに。

 と、見ているうちに、緑色の光線が走って、ゾンビ恐竜がひしめいてる地面をまっすぐに舐めていって、当たったところが一斉に爆発した。一瞬遅れてまた「ジュィンッ」って音と爆発音が響いてきた。

 あまりの威力に、わたしらみんな唖然としていた。


『あー……』

「アレか……」


 ビームの発射元はと見やれば、そこにはでっかい魔竜がいた。たぶん、前にわたしが会った親竜だと思う。でも、前に見たときより火力が段違いだ。

 口を開いてはビームを撃って、木も草も焼き払い、周辺にいるゾンビ恐竜をも地面ごとふっ飛ばしてた。なんか、こう、巨○兵かシン・ゴ○ラかって感じで。

 魔竜は一匹だけじゃなくて、他にも何匹か散らばって、それぞれビームを吐きまくってた。

 なかなか壮観というか、大迫力なんだけども。どこの怪獣映画かと。

 魔竜がゾンビ恐竜を駆逐しようとしてるのだろうか。だが、周囲の被害も尋常じゃない。


『あ、あいつら、手当たり次第に薙ぎ払ってんぞ!?』

『なあ、ゾンビ恐竜もヤバいけど、魔竜もほっとくとマズいんじゃね?』

『って言ったって、あれ、どうしようもないんじゃ』


 他の団員たちからも不安の声が出始めた。

 ほっとくと辺り一面焼け野原になりそうだ。自然が破壊されるのは避け難いにしても、このままだと開拓団の機材や施設にまで延焼するかもしれない。というか、下手すると流れ弾がこっちにまで飛んできそうな予感がした。


 ふと、一番近くの魔竜がビームの乱射を止めた。そっちを見てみると、口の少し手前にビームの発射元になる光る玉が浮いてるんだけども、その玉の光がさらに強くなっていた。

 と、思ったら、その玉が地面に向けてまっすぐ飛んでいった。そして、地面に着弾すると同時に眩い光が放たれて、大爆発を起こした。

 爆発の瞬間、薄っすらとした靄が半球状にぶわっと拡がるのが見えた。衝撃波が広がることによって起きた気圧の変化で、空気中の水分がああして現れたんだと思う。地球での爆発事故の映像とかで、ああいうのを見たことある。

 一瞬遅れて地面がグラっときて、さらにもう一拍置いて、さっきよりも大きな爆発音が聞こえてきた。距離があると、音もけっこうタイムラグが目立つみたいだ。


 半径100mくらいはあるだろうか、中はほとんど白煙しか見えなくなった。その中にあったものが軒並み粉砕されたのか、すごい勢いで飛び散って、一部はちょっと遅れて土砂と混じってぱらぱらと落ちてきた。たぶんあの調子だと、クレーターができてるんじゃないかな。

 そして、範囲の外側の草や木は燃え盛ってた。生木だったものも余裕で燃えてる。


「あー……なんかすんごいというか……」

『派手ですねえ……』

『あんなノ、どーすんのヨ……』


 ビームだけじゃなく、あんな使い方まであったとは。線状のビームでは埒が明かないとでも思ったのか、もっとずっと広い範囲を一度に吹っ飛ばすやり方に切り替えたようだ。

 あんなのが当たったら、基地だって吹っ飛びかねない。

 冗談抜きに災害レベルというか、こりゃ本気で辺り一帯が焼け野原を通り越して更地になりかねないかも。てか、彼らの餌となる草木まで焼いちゃって、どうするんだろう。よそに移るつもりなんだろうか。

 というか、これ、タマは無事なんだろうか。


 わたしたちが呆然としてると、司令部から指示がきた。


『予定を変更する。アルファ班ベータ班は消火にあたる。他は、除染作業は後回しにして、基地周辺のゾンビ恐竜から排除していく。ターゲットは管制から指定するので、指示に従ってくれ。それから、魔竜が攻撃しそうなときは警報を出すので、可能な限り退避してほしい』


 どうやら、のんびりと駆除作業している余裕はなくなったみたいだ。

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