1:22 ドラゴンの棲む世界
ラプトル風ゾンビは手足がまだ痙攣していたけれど、起き上がることはなかった。
さんざん振り回されたけど、どうにか倒せたみたいだ。
「
『了解、ハーク1も皆もよくやってくれた』
まあ、まだ駆除作業は終了してないけどもね。余計な手間がかかったけど、残ったゾンビ恐竜もさっさと片付けないと。
『……司令部だ。ハーク1、ターゲットの死骸を回収できるか?』
「たぶん、だいじょ……え?」
ひゅぉおおおおおぉぉ……
司令部からのリクエストが入ったところで、すぐ近くで不穏な音が聞こえた。
振り返って見てみると、タマが口をがぱっと開いていて、その口の前方に光が集まり出していた。
「ちょ!?」
少々忘れがちだけど、こう見えてタマもれっきとした魔竜の一族だった。
わたしは慌てて飛びのいた。タマの顔はわたしではなく、ラプトル風の方に向いていた。
溜めが終わったかな、というところで、
親竜のはものすごく眩しくて、鋭い一本の線って感じだったけど、タマのはそこまで収束はしてなくて、スプレーで噴霧するみたいに柔らかく円錐状に拡がっていた。さほど眩しくもなくて、濃淡のムラもけっこうあった。
タマが魔法を撃つのは初めて見たけど、まだ慣れてないのかな。練度が上がれば収束して鋭さが出るようになってくんだろうか。
それでも、火力は充分だったようで、ラプトル風の死骸がぼうぼうと激しく燃え出した。
ラプトルの黒焼きができあがるまで、あっという間だった。
汚物を消毒しきったタマは、ふんすっ、とばかりに鼻息を鳴らすと、わたしのほうをちらっと見て目を細めた。これはもしかして、ドヤ顔の類なんだろうか。爬虫類の表情はちょっと読めないけど。
「えーっと、ターゲット、ほとんど炭になっちゃいましたが、いいですか?」
『……何があった?』
「タ……魔竜の子供が魔法っぽいので焼いちゃいまして。一応、きれいに形だけ残ってますが」
『……Oh…………まあ、それなら仕方ない。駆除が一通り終わった後でいいので、残ったモノだけでも回収してくれ』
「りょうかいです」
マーカーは残ってるので、見失うことはないだろう。
「タマも、よくやったね」
わたしはタマにも声をかけた。まあ、死骸を燃やされちゃったけども、それで怒るのは筋違いだろうし。
言葉は通じないだろうけど、声のトーンくらいは伝わるんじゃないかなと。
撫でたいところだけど、こっちの機体はゾンビ菌やら体液やらでドロドロなので、ここは我慢。タマも必要以上には近寄ってこない。
「にゃあーーーー」
心なしか、満足そうに一声鳴いて、タマは帰っていった。
*
その後、二時間くらいかけて、ようやく基地周辺のゾンビ恐竜を片付けた。
魔竜の砲撃もその頃には鳴り止んでた。たぶん、あちらも粗方吹っ飛ばしたんだろう。
辺りには濃い煙が立ち込めていた。一部には火が残ってて、消火班が飛び回ってるし、まだ燻ってて白い煙が上がってるところもあった。
ゾンビ恐竜を遺棄する大穴はといえば、あれだけ大きくて深かったのに、ほとんど満杯になっていた。恐竜一体が大きいとはいえ、どんだけいたんだ。
これでまた、「地獄に空きがなくなった」とかってならなきゃいいんだけど。もうゾンビ騒ぎはたくさんだった。
消火班以外の、作業に加わったドローンの大半が見守る中、大穴の底に設置された火属性魔法による加熱装置のスイッチが入れられた。
最初は目に見える変化はなかったけど、徐々に大穴の上が陽炎で揺らぎはじめた。
一〇分も経過すると、一番上のほうの遺骸に火がつき出した。火は燃え広がって、穴一面が豪快に燃え盛った。
煙もすごい。これを見て、ちょっと焼肉屋の光景を思い出してしまったわたしは業が深いのだろーか。たぶん、辺りには肉の焼ける臭いがぷんぷんと漂っていそう。ハーキュリーのセンサーには嗅覚がないけど。
底のほうとかは、完全に空気なしで加熱されてるはずだけど、一酸化炭素とかだいじょぶなんだろうか。
とまあ、変なところに意識が逸れてたけども、一応これは火葬の場でもあった。仮想じゃなく
相手は人間じゃなく、恐竜だったけれども。ゾンビ化という現象に、いろいろと思うところはあった。地球じゃ、犠牲者を弔うなんてこともできなかったしねえ。
形だけではあるけど、ハーキュリーの体で合掌して、冥福を祈った。こちらでは宗教が制限されてるけれども、まあ、このくらいは大目に見て欲しいところだった。
大穴は丸二日間燃え続けた。
*
「……てなことがあったんですよ」
『なんというか、大変だったんですね』
駆除から二週間たって、今日は田中さんの見舞いに来ていた。
月面基地に用意された仮想空間の面会室には、仮想大型スクリーンが設置されていた。そこに映し出された一面真っ白の部屋の中で、田中さんは患者衣を着て、ベッドに座っていた。わたしの姿も向こうにあるスクリーンに映ってるはずだ。
まだ顔色が健康って感じじゃないけれど、前に見たときよりはずっと良くなっていた。
ちなみに、見舞いには七海ちゃんとマギーも誘ったんだけど、なんだか生暖かいビミョーな顔をしながら「「お一人でどうぞ(ゾ)」」とハモりながら辞退していた。解せぬ。
田中さんが目覚めたのは一昨日だった。修復作業が一筋縄ではいかず、けっこう時間がかかったらしい。仮想体の専門家である田中さんが優先的に起こされて、他の二人はこれから修復していくそうだ。
ただ、ダメージを負った場所の違いからか、田中さんは異常が比較的軽かったそうだけど、他の二人はずっと深刻で、修復に大幅な時間がかかり、記憶障害なども懸念されているという。ほんと、どこまでも祟る。
そして、回復した田中さんも、なんだか『隔離措置』とやらで、スクリーン越しの通話しかできなくなっていた。念のため、二週間ほど外部との接触が禁じられてるらしい。
コンピュータウィルスというわけでもなし、ましてや現実のゾンビ菌じゃあるまいし、この軟禁に何の意味があるのか不明だけど。
まあ、田中さん自身も、変異しかかってたのを気にしてるかもしれない。こんなのでも「必要な措置は講じられた」という事実にはなるので、それで多少でも気が休まるのなら十分なのかもしれない。
『でも、その魔竜が魔法使ってるところは直に見たかったですねえ。いくつか映像では見せてもらったんですが』
「もんっのすごいド派手でしたよ。どこの怪獣映画かってくらいに」
『そんなのが本当にいるんですねえ。まさに、ファンタジー的な意味でのドラゴンって感じじゃないですか』
「へ?」
『羽こそないですが、魔力による炎を吐いて暴れる竜。それってやっぱり「ドラゴン」って言ってもいいんじゃないですか? 一部のファンタジー作品では、地竜なんかは羽なしとして描かれることも多いですし。まあ、ドラゴンブレスというよりはレーザーかなんかみたいでしたが。
話に聞いてた限りでは、こちらの世界はかなり現実路線っぽかったので、テンプレっぽいものがなくて残念だなぁとか思ってたんですが、意外とファンタジーしてるじゃないですか』
田中さん、実は趣味がわたしと似通っていて、異世界転移・転生モノの小説もよく読んでいたそうだ。本物の異世界であるニューホーツにも興味深々だったらしい。
「あ~……まあ、言われてみれば、そんな気もしなくもない、かも?」
親竜のビームとか砲弾をドラゴンブレスと呼ぶのは少々厳しいけれど、タマの放ったのはちょっとブレスっぽかったかもしれない。彼らはそこそこ知能高いみたいだし。
考えてみれば、ドラゴンゾンビじゃないけれども、恐竜のゾンビもいた。
スライムは……粘菌とかアメーバ的なのは、探せばいるかもしれない。ゾンビ菌も魔法使ってたそうだし。
まあ、エルフやドワーフとか、ゴブリンやらオークとかはさすがに無理か。でも、遺伝子操作で造り出せば……。いや、それ以上はいけない。
『そう考えるだけでも、こちらの世界もなかなか楽しいものになりそうじゃないですか。ロマン溢れるというか』
「たしかにねえ……」
わたしも、異世界と言いつつファンタジー成分がないなー、とちょっと残念な気もしていたわけだけども。
ドラゴンの棲む世界か。そういう風に思えば、ただの野生の世界と思うよりはずっと楽しいものになるかもしれない。
まあ、物の見方、気分の持ちよう次第なんだろうけども。
「えと、そろそろ時間なので、行きますね」
『ええ、またよろしくお願いします』
「こちらこそ。ではマタ~」
そう言って軽く手を振って、わたしは面会室を出た。
*
そうして、今日もわたしはハーキュリーの訓練でニューホーツに降りてきていた。
そろそろ、開拓に必要な技能の訓練も入ってきそうだ。試験的に、畑を作ったりもするという。
基地のある高台から見下ろすと、見渡す限りひどい惨状が広がっていた。
絨毯爆撃か隕石群が落下でもしたのかってくらいに、そこら中にクレーターができてた。まあ、そんなに違いはないのかもしれない。遠くの森だったところは林以下になってて、まばらにぽつぽつと木が残ってる程度。林や草原だったところは更地になってた。
『すごい有様ですね……』
『マー、開墾の手間が省けタ、と思えバ?』
「そう言えなくもないけどねぇ」
まあ、先は長いんだから、ひとつひとつやっていこう。
これが、わたしたちが開拓していく星なのだから。
の゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああぁぁぁぁああーー……
遠吠えのように、
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