1:10 ハーキュリー
異世界に来て七日目。
今日はいよいよニューホーツ上でドローン訓練をする。先日行ったときは、余興みたいなもんだったしね。
これまで月面基地周辺で飛行型ドローンの訓練をしてきたけど、あそこは重力が非常に小さい上に、大気もなかった。その分、操作しやすかったというのはあるけど。
ニューホーツ上では当然、重力も大気もあるし、天候の変化もある。前に借りた車両型ではあまり関係なかったけど、飛行型ドローンの挙動には思いっきり影響してくる。
大気圏内での飛行型ドローンは、いわゆるマルチコプター、回転翼機が主流だ。速度と航続距離を重視した固定翼機もあるけれど、そちらも基本はプロペラを使用している。
航空力学のさわりの部分だけ、講習で軽く教わったけど、揚力やら地面効果やらいろいろ大変そうだ。一応、コントローラ操作の場合は、オートバランサーである程度は姿勢を保ってくれるはずだけれど、完璧というわけでもないらしい。
推進力として主に使われているのは、電力や『魔法』でローターを回す方式だ。
その他、魔法を使ったジェット推進というのが試作段階になってて、さらには『魔力』を直接運動エネルギーに変換して推進力に使う方式というのも研究されてるという。ただ、後者は機体を動かせるくらいに出力を上げると制御が難しすぎて、まだ実用化の目途は立ってないそうだ。一部、出力を大幅に抑えたものが宇宙空間用ドローンに採用されてるけど、推進剤が切れたときの予備という扱いになってる。
なお、化石燃料は発見も採掘もされてないし、今後とも使う予定はないそうだ。石油化学製品なんかは、魔法で他の炭素素材から同等のものを合成できるらしい。
なんか聞いてる限り、魔法って便利すぎるんじゃなかろうか。
ただ、『魔法』という割には、工業的な用途の話しか聞こえてこない気がする。即物的というか現実路線ばっかりで、詩的で
*
アーテア大陸
わたしたちは到着すると、まず待機室に移動した。そこで基地代表から、基地の概要や注意点などの説明を受けた。
ここに滞在する間、各自に部屋が一つ割り当てられる。シンプルにベッドと机と椅子があるだけで、安いビジネスホテルのシングルルームをさらに殺風景にしたようなとこだ。壁の一面には、窓を模したスクリーンがあって、基地の外の風景を映し出している。
サーバー容量の関係でカスタマイズは不可。また、部屋に所持品を出しっぱなしにしておくと容量を喰うので、部屋から出る際は〔収納〕に入れておくこと。
仮想施設としては管理室、通信室、エネルギー室、技術開発室、多目的ホール、格納庫、資材保管庫などがあり、〔転送〕コマンドではそれらと各自の部屋が選択できる。ただし、入室権限のないところには転送されない。
さらに、各施設への連絡方法、災害時の暫定的な対処手順などといった事柄が説明された。
わたしたちは格納庫へと移動した。といっても、そこはまだ仮想空間のみで、月面基地のような
ドローンに接続するには、ここの端末を使用して、機体一覧の中から選択することになる。少々まわりくどいやり方だけど、脳内メニューへの統合がまだできていないらしい。
今回使うことになるのは、飛行型の『ハミングバード』という機種だ。これは月面で訓練に使っていた『ウェンディゴ』の大気圏内用のバージョンで、推進剤を使ったスラスターの代わりに、四つのローターを備えたマルチコプターになっている。本体の寸法はウェンディゴとさほど差はないが、本体からX字にアームが伸びていて、その先に半径70cmほどのローターが取り付けられている。機体下部のマニピュレーターはウェンディゴと同じだ。
飛行型では一番
「えーっと、これですね」
「ボディはウェンディゴと同じなのね」
「でモ、スラスターとプロペラではだいブ操作感違ってそうネ」
さあ、これから飛行型に載るぞ、と意気込んでいたときだった。
「サトー・サン、キリコ・サトー・サン、いますか?」
「あ、はい~」
なんか技術部のスタッフがやってきた。ナージャさんだったか、ドローン講習のときに人型ロボットを動かしてた人だ。見た感じ、たぶんインド系とか中東のほうの人っぽいかな。
「なんでしょう?」
「サトー・サンには、別の機体を試してもらいたくてですね」
「別の?」
「はい。飛行型じゃなく、人型です」
「え?」
「まずは、これをご覧ください」
ナージャさんがすぐ隣を指し示すと、そこに人型の機体の映像が浮かび上がった。
それは人型というか、まさにSFに出てくるパワードスーツとかロボットそのものだった。それも、前に月面基地で見たメストーのような、洋ゲーに出てくるずんぐりとしてて少々不恰好なのじゃなく、日本のアニメやゲームに出てくる系のスラっとしたデザインだ。
実寸どおりなのか不明だけど、見た感じけっこう大きい。身長は2mを軽く超えてそうだ。
ただ、パワードスーツと違って、人間が着ることを想定してないせいか、胴体はかなり小さめで、脚がだいぶ長い。外装はわずかに曲面になってるが、基本的には真っ直ぐな面が多い。
頭部も金属ガイコツむき出しではなく、逆三角形の鋭角的なフォルムだった。目に相当するところは横長のバイザーっぽい部品があてられている。耳に当たるところには、アンテナだろうか、長細いパーツが斜めに取り付けられていて、『いかにも』な感じだ。
デザインした人の趣味がかなり入ってるんじゃなかろうか。
「サトー・サンにはこちらを試してほしくてですね。『
「ええぇ!? いやいやいや、人型ってまだレアなものなんでは? それに、試作品?」
「試作品なんで、かなりピーキーな性能になってます」
「ええぇ~~っ!?」
ピーキーって、わたし、まだ人型ドローン自体
いきなりそんなのに載れって、無茶振りにもほどがある。
「実はこれ、まだコントローラ操作すら組み込まれてなくてですね、一体化コントロールのみなんです」
「それはいかんせん、無茶なんじゃないですか?」
「たぶんサトー・サンなら乗りこなせるんじゃないかと、技術部長から推薦がありまして。
それで、問題なく動けるようになったら、サトー・サンの
砂田さん、「テストパイロットをお願いするかも」とか言ってたけど、いきなりかいね。
つまり、他の人がコレを操作するとき、わたしの動きを模倣することになるのか。わたしの動作にクセがあったとしても、それが再現される可能性があるわけで。
わたしの真似をしたのが闊歩するというのは、それはなんというか、猛烈に恥ずかしい気がする。
「えーっと、その、まだ飛行型も訓練してないですし。それに、指示系統とかどうなってるんでしょう?」
「事業部長の許可ももらっているので、大丈夫です。問題ありません」
「えーー……」
いつの間にそんなことになってたのやら。
なんか、断りづらい状況みたいだ。
「きりこさん、すごいですね」
「さすがやねェ」
「とはいってもねえ。こんなの、ほんとに使いこなせるんだかどうだか」
結局、わたしはそのハーキュリーに乗ることになった。
「構造的に飛行型よりはだいぶ人体に近いので、元の体に近くなるよう神経を接続します。しかし、関節の位置とか自由度とかは人間とはまるで違うんで、気をつけてください」
気をつけて、と言われても、何をどう気をつけるんだか。
接続すると、キュイーーンという
ハーキュリーの四肢も胴体も頭も、すべてがわたしとなった。
……はずだった。
「おおぉ? わ、あッーーー!? ひゃっ」
ぐらっとしたと思ったら、急に加速度をつけて傾げていって、ガツンと音を立てて床にぶつかった。どうやら前方に倒れてしまったらしい。
格納庫の床が視界いっぱいに広がっている。音が聞こえたというのも、聴覚はつながってるんだろう。倒れたときに、軽い痛みをあちこちで感じたのは、機体の各所につけられた感圧センサーのせいだろうか。あと、なんとなく横になってるのはわかる。
けれど、自分の体がどうなってるのか、さっぱりわからない。体を起こそうにも、手足がどこにあるのか行方不明だ。どっかにあるような感じはするんだけど。ジタバタしてるっぽい感覚も、あることはある。
『大丈夫ですかー?』
『痛そウ』
七海ちゃんとマギーはすでにハミングバードに載ってるのか、通信から音声が聞こえてくる。
「ちょっと痛かった。動かし方わからんし」
『起こしましょうか』
『そやネ』
二人は機体のマニピュレータで引っ張り上げて、起こそうとしてくれたけども。
『『あっ』』
「アッー!?」
彼女たちもまだ操作に慣れてないせいか、マニピュレータが外れてしまい、再びわたしは地面にキスした。痛い。
『ご、ごめんなさい』
『まだこっちも慣れてないカラ』
「ま、まあ、だいじょぶ」
結局、ひとりでしばらく足掻いてみることになった。
『がんばってくださいー』
『アタシらは先に行ってるネ』
「いてら~」
しかし、どうしたもんか。これ、難易度はウェンディゴの比じゃない。
やっぱり、いきなりというのは無茶すぎると思う。というか、普通、こういうのはシミュレータとかで訓練してから、実機でやるもんなんじゃないだろうか。
一応、ナージャさんに聞いてみる。
「これ、どう動かしたらいいの?」
『申し訳ないですが、私も自分ではロクに動かせないんでなんとも……』
「ぐは」
『あー、推測ですが、先ほど倒れたときに痛みを感じたと思うんですが、その感じた場所が体の各所に対応してるんで、それが指標になるんじゃないでしょうか』
さっきの痛みか。
それと、砂田さんに聞いたコツを思い出す。
心を静かに……静かに……
わたしは亀、じゃなく今は人か……わたしは人……
心を落ち着けて、体のイメージと、さきほどの痛みを感じた箇所を重ねてみる。
体がゴロンと転がって、仰向けになったようだ。格納庫の天井が見えるようになった。
何となく腹と腰に当たるであろう部位と、腕じゃないかなと思うところを動かしてみる。そして、腕と腹筋で上半身を起こす動作をイメージしてみる。
……
……
どうにか、上半身が起き上がったみたいだ。周囲を見回してみたいけど、首の動かし方がわからない。
あとは脚が動けば……。
*
それから二時間あまりジタバタを繰り返し、何度も転倒しながらも、なんとなく体の感覚がつかめてきた。
どうにか両手をついて体を起こし、立ち上がれた。まだちょっとふらふらするけども、これならいけるかもしれない。
モーターとかギヤで、もっとガチャガチャと騒音がするのかと思ってたけど、意外に静かでスムーズだ。
まだ、手のひらや指の感覚はわからない。
その場でちょっと屈伸しようとしてみたところ、
「よっ、とと……ほっ、っと、わ、わわわっ!?」
またバランスを崩したので、咄嗟に立て直そうとしたら、予想外に力んでしまったのか、軽く2m近く跳び上がってしまった。ピーキーと言ってたけど、これは力の加減を間違えると大変なことになりそうだ。重量もあるんで、勢いが付きすぎると事故が起きそう。
ガチャンと派手な音を立てて墜落した。かなり痛い。
『やっぱりサトー・サン適応性高いですねえ。素晴らしいです。長くやってる技術部の人でも、人型で一体化できたのは一人しかいなくて、それも立ち上がるまで二週間かかってたんですが』
「え? あはは、そ、そうですか……? あ゛っ」
あまり褒められる経験がないんで、つい反射的に、右腕を頭の後ろに回してぽりぽりやって、体をくねくねしようとした。
そしたら、倒れた。やっぱり痛い。
『えー、それでは訓練お願いしますね。まずは歩行がスムーズにやれるようにしてください。不具合とかあったら後で報告してください』
「りょ~かい~~」
まずは、格納庫の外に出たい。
一歩一歩、ゆっくりと、短い歩幅で進んでいく。これ、お年寄りが使うような歩行補助具がほしいかもしれない。机の天板を取っ払って四脚だけにしたようなやつ。
どうにか、格納庫の外に出ると、すでにソラーティアの眩しい太陽が中天にさしかかってる。
『きりこさん、どうですか?』
『おー、モう歩けるようになったのネ』
七海ちゃんとマギーが寄ってきた。もう彼女たちは移動だけなら問題なさそうだ。
「ん、なんとか動けそう。そっちは?」
『なんか、月より重力が大きくて、姿勢維持するの大変です。ちょっと風が吹いただけで流されちゃいますし』
『アタシはそこはオートバランサーにまかせたヨ』
七海ちゃんの機体はちょっとふらついてるが、マギーの機体は空中でぴたりと静止していた。
「それじゃー訓練にならないでしょーが」
『ずるいですっ』
『アタシは別にこだわりとかないし。複雑なことはアンタたちにまかせター』
まあ、普段の作業でそこまで繊細な操作は必要とされない、かな。
時間かけて、基地を囲うガッチリしたフェンスのところまで行ってみた。
わたしは改めて、ニューホーツの景色を見渡した。
ハーキュリーの
ぱっと見だけならゲームのCGでもすごくリアルな風景なのはあるけれど、なんというか、ここのはものすごく密度が濃いというか、情報量が段違いと言ったらいいだろうか。
ゲームCGとかVR世界だと、遠くの風景ってのは実は細部は省略されてて、よく見るとものすごく大雑把で均質だ。
でも、ここでは遥か遠くまでどこまでも、木の枝の先の葉っぱ一枚、石ころのひとつや砂粒に至るまで、すべてがありのままの姿でそこに在った。全体としては似ていても、細部を見ればどこも違っていて、一つとして省略などない。ミクロからマクロまで、すべてが同時に存在してる。さすが現実世界。
仮想体になってから、いや、もしかするとそれ以前からだって、景色をこんなに濃厚に意識したことなんてなかったかもしれない。
基地は丘の上にあり、その下には草原が広がっていて、さらにその向こうには林や森が見える。
ところどころにさまざまな恐竜がグループを作って、草や木の葉を食んでる。首が長くて、四つ足で歩いてた。
やや木々の密度が低いところで、群れの外れにいた子供らしい恐竜に、草むらからそっと忍び寄ってるのは肉食恐竜だろうか。ラプトルだったか、映画に出てきたようなのそっくりだ。全長は3mほどか。頭から尻尾までを地面に水平にして、気配を殺して二足歩行してる。
ラプトル風は頃合を見てダッシュして襲い掛かった、……のだが、唐突に横合いから飛んできたバカでかい尻尾にぶっとばされて、きれいな放物線を描いて飛んでいった。いつの間にか親恐竜がやってきていて、子供を守ったのだ。
ラプトル風は骨でも折れたのか、未練たらたらにびっこをひいて逃げていった。生存競争って厳しい。
森の上空に何か飛んでる。ズームしてみると、翼竜だった。翼を広げて、滑空している。
当然ながら、ここには人間の姿は存在しない。人工物も基地周辺にあるだけだ。
ヒトの領域ではなく、弱肉強食の野生の世界。
見える範囲だけでなく、この惑星全土がこうなんだ。今更ながら、ここが地球ではないのを思い知らされる。
そして、もっとこの世界を知りたいし、見てみたい。早く外に出てみたいな。
……なんてことを考えていたのだけれども。
『えー、当面の間、基地の敷地からは出ないでくださいね。地上での操作に慣れることを優先してください』
早々に釘を刺されてしまった。
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