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異世界に来て四日目。
今日は、初めてニューホーツ上に行く予定になってる。
正確には、実習の一環として、ニューホーツへ向かっている輸送船に乗って見学するのがメインで、上陸するのはそのついでだったりするのだけど。
実は、その輸送船『ケートス4』はすでに昨日ムーンベースを出発していて、現在ニューホーツまで三時間ほどの位置にいる。片道三〇時間ほどかかるというのは、アポロ計画とかの頃にくらべればずっと速いらしいけれど、それでも直線で約三八万キロという距離はいかんともしがたいようだ。
で、そこへ、わたしたちは途中からデータ転送で乗り込むことになってる。仮想体でなければできない荒業だろう。現実空間では物質
ニューホーツ上にも仮想体の転送先にできるサーバーはすでに稼働してるけど、今回は輸送船に乗るのが目的なので、そちらは帰りに使うことになってる。
ちなみに、ムーンベースでは、ニューホーツで経度0度と設定された地域の時刻を基準にしてる。
ニューホーツは一日が約23.98時間、一年が約366.4日。地球に似せて創られてはいるけれど、誤差はある。24時間きっかりでない分は、夏時間の切り替えのときに時刻を調整するんだとか。元旦は北半球の冬至の日で、うるう年は五年に二日ほど。セリーンの公転周期は27.8日。
乗船するのは、わたしたち見学者の他に、技術部や保安部の人がいて、総勢二五人。輸送船側のサーバーは五〇人ほど収容できるというから、余裕だろう。
転送されるまでの間、専用の待機室でわたしたちはくつろいでいた。
「いよいよニューホーツか~。実際のとこ、どんななんだろね。大自然と言ってもいろいろあるし」
「やっぱリ、ジュラ○ックパークっぽいとこでなイ?」
「でも、恐竜以外の大型生物なんかもいるそうですよ?」
「それに、恐竜っていっても形が似てるだけで、遺伝子は別物らしいしね」
地球に似せて造られたとは言っても、辿ってきた歴史はまったく同じというわけではなく、生物に関してもこちらでは独自の進化を遂げていて、遺伝的なつながりはない。
けれど、環境が似通っていることで、結果的に地球のものと似通った形態の生物が生まれていた。収斂進化というそうだけども、植物や節足動物、昆虫、魚類、両生類、爬虫類といった種に似たものが多数棲息してるそうだ。
その一方で、地球ではまったく存在しなかったような分類不能な種とか、あるいは淘汰されて生き残れなかったような種も棲息していて、なかなかカオスらしい。
「さて、そろそろケートス4に転送します。準備はいいですか?」
引率の人が告げて、わたしたちは転送された。個人個人でコマンド入れなくてもいいらしい。
一瞬で周囲の風景が切り替わって、無機質な部屋になっていた。実際にはデータ転送に数秒から数十秒かかってるらしいけど、その間意識はフリーズしてるので、タイムラグは実感できない。
「もう着いたのかな?」
「そのはずですけどねえ」
「実際の船内じゃないから、パッと見ではわかんないネ」
ケートス4は昔のスペースシャトルに似た形をしてるけど、ドローンの一種で、無人船だ。そのため物理的なコックピットや、その他生身の人間が乗るスペースは用意されておらず、その分、貨物室の
修理などの物理的な作業は、搭載された作業用小型ドローンを使うことになってる。
仮想体がいる場所もすべて仮想空間で、
「これからブリッジに移動します。転送コマンドの行き先一覧が変更されてるので、その中から〔ブリッジ〕を選択してください」
なるほど。サーバーが切り替わって、行ける場所も変わったわけね。
行き先は
それぞれの部屋の違いは、制御装置のインターフェイスがその部屋専用になってることだけだそうだ。理屈の上では船内のどこででも、船のすべての操作はできるけれど、専用の入出力装置があったほうがやりやすいんだそうで。
『艦橋』とはいっても、船の上に突き出ているわけじゃなく、船を操船する場所を慣習的にそう呼んでるだけだ。
その仮想ブリッジは四角く広い部屋で、学校の教室よりちょっと広いくらいか。奥のほうに大型スクリーンがあり、その手前に制御盤と、座席が二つ並んでる。旅客機みたいに、正副二人のパイロットで操縦するそうだ。
大型スクリーンには前方の映像なのか、上半分が漆黒の宇宙と、下半分に大きく弧を描くニューホーツが映し出されていた。訓練で載ったウェンディゴと同じく立体映像になってるはずだけど、この距離だと対象が巨大すぎて平面映像と大差ないかもしれない。
それ以外はがらんとしてて、壁も床も天井もほとんど光沢のないフラットなライトグレーで統一されてる。ちょっと殺風景かもしれない。一応、オプションで内装を変更して、某宇宙船の円形のブリッジを再現することもできるらしいけど、機能的には違いがなく、無駄にサーバーのリソースを消費するだけだとか。
「見学者のみなさん、
船長さんが座席から立ち上がって挨拶した。
「輸送船の運航は、着陸まで含めて通常はオートパイロットに任せるため、パイロットはコースの設定や異常を監視するのが主な仕事となります。マニュアルでも操縦できますが、オートパイロットは非常に優秀なので、そうそう触ることはないでしょう」
船の操作について一通り説明があった後、見学者から質問が出た。
「帰還時のロケットブースターとかはどうなってるんでしょう? あと、スペースシャトルでは機体のメンテにコストがかかりすぎるとも聞きましたが」
「空力特性のために形状がスペースシャトルに似たものになっていますが、シャトルと違って、現状、輸送船の帰還は考慮していません。片道のみの使いきりです。この船体も、貨物を出した後には分解されて、資材に回されます」
なんとも割り切った仕様だ。
まだニューホーツ上には鉱物資源の産出・精錬設備や、機材の生産設備といったものが揃っていなくて、すべてムーンベースで生産して、完成品をニューホーツへ運んでるそうだ。
そして、輸送船自体も、船体のフレームや強化プラスチックなどは資源として、エンジン類は地上で使う機体などで再利用される。サーバーは基地のサーバーに連結され、耐熱タイルは溶鉱炉などで使うといった具合に、バラバラにされてほぼ余すところなく再利用されるそうだ。
まあ、わたしらの移動は転送で済むし、現状では金銭的な価格とか無意味だから、単純に資源や機材の生産量の問題だけなんだろう。
合理的といえば合理的なんだろうけどもねえ。贅沢な使い方なのか、みみっちいのか判断に困りそうな話だ。無駄を出さない、もったいない精神っぽいのは、技術部長の砂田さんの影響なのかな。
てか、ニューホーツ側でそういった設備などを造るのも、いずれはわたしらの仕事の一つになるんだろう。先は長そうだ。
その後、シミュレーターモードで操縦席に座らせてもらったり、他の部屋なども見せてもらった。残念ながら、実際の操船は不許可だったけど。
そうこうするうちに、大気圏に突入する時間となった。
ブリッジの空いた空間に、たくさんの座席が並んで出現した。
「大気圏突入後は、重力や大きな振動が発生します。Gの伝達率をカットしない方は着席してください」
これは、船体の揺れが仮想体に伝わるのは体感のみで、実際には仮想体に力が掛かってはおらず、感覚と実際の力とでズレが生じるためだ。
船体が大きく揺れた時に、つい、反射的にその揺れを堪えようとして、実際には力の掛かってない方向に踏ん張ってしまうのだ。その結果、バランスを崩してしまう。立ったままでいると効果てき面で、たいていはコケてしまう。
反射神経で身に染み付いた動作によるものなので、これはもう避けようがない。対処法は座席に座るのが一番で、ドローンにも仮想操縦席があるのも同じ理由だ。
Gの伝達率をカットして、固定の重力にすれば関係なくなるけど、振動とか旋回のGとかは船体の状態を感知するのに必要だしねえ。
なんか設計に問題があるような気がしないでもないけど。
わたしたちはおとなしく座席に座って、念のためシートベルトをつけた。
スクリーン上では、すでにニューホーツの輪郭は弧ではなく、ほとんど真っ直ぐになってる。
ぼおぉぉぉーーっという轟音も聞こえてくる。これは伝わってくる振動を、聴覚でも感知してるからなんだろう。
徐々に振動が大きくなるのに合わせて、スクリーンも眩しく光り出した。なんか画面中で奇妙な炎が激しく踊ってるみたいで、すごく綺麗だ。なんでも、空気が圧縮されて、プラズマになってるそうだけど。
「わ~~」
「す、すごい振動ですね、大丈夫なんでしょうか?」
「ソーいえば、エンター○ライズって何度か惑星に墜落していって燃えてたよネ」
「ごめん、マギー、この状況でその話題は不穏すぎるからやめて」
そんなのがだいたい一分ほど続いた後、不意に轟音が鳴り止んだ。まだ、船体が風を切る振動は続いてるけど、うるさいってほどじゃない。
「抜けたのかな」
「そうみたいですね」
「おー、青空が広がってるネ」
見れば、明るい青と暗めの青のツートンカラーで画面が二分されてた。下のほうに漂ってる雲も見えてる。絶景だ。
船長が気を利かせてくれたようで、左右の壁際にスクリーンが追加されて、横方向のカメラ映像が映し出された。
「きれい……」
それしか言葉が出てこない。宇宙から見たニューホーツも綺麗だったけど、こうして空から見るのもまた別格だ。
しばらくして、下は陸地になっていた。表示によると、三つある大陸の一つ、『アーテア大陸』と呼ばれているところだ。
生えてる植物はシダっぽいのや、ソテツっぽいのとかスギっぽいのとかが多いけど、なんか広葉樹っぽいのもちらほら見えてる。
「あっ、あそこ、あれ、恐竜じゃないですか!?」
「ほー、あーなんかいるネ」
「あー確かに」
木々の合間には、恐竜らしい大きな動物が見えた。四足歩行してるずんぐりしたのとか、二足歩行するティラノサウルスみたいのもいる。ただ、顔つきとか色とかは、映画で見たようなのとはちょっと違うような気もする。
空を飛ぶ輸送船の巨体に驚いてか、みんな走って逃げていく。
そして、かなり遠くで霞んでしまってるけれど、森の中を移動する何か大きな物体が見えた。
「あれ、何だろう」
「わ、何ですかあれ」
「うわー、ナニあれ、キもイ」
なんというか、三本のやたら細長い脚? で移動する巨大な黒い毛玉? としか言いようがない。ゆっくりと動いてるところをみると、一応は生物なんだろうか。そして、やたらデカい。周辺の木の高さの倍くらいのところに毛玉がある。そこらの恐竜より圧倒的に大きいだろう。
よく見ると、毛の間から長い触手が生えてて、ウネウネとのたうってる。
地球の深海生物みたいな奇怪さがあって、その上巨大ときてる。足元から見上げたら
地球の恐竜時代に似ているけれどまったく同じではない、というのをまさに実感した。
そうしてさらに輸送船は飛行を続け、ようやく前方に人工物が見えてきた。
ちっちゃなコンクリ製っぽい建物と、アンテナ塔みたいなのがあって、滑走路らしいものも見える。周囲は背の高い頑丈そうなフェンスで囲まれてて、ちょっとした地方空港の敷地くらいの面積はありそうだ。
滑走路に近づいて、機首を上げて高度が下がってく。そしてガツンと衝撃があった。速度がぐっと落ちて、タキシングで建物の傍まで移動して、止まった。
やっと到着だ。
「えー、乗客のみなさま、当船は無事、アーテア大陸
船長が旅客機風にアナウンスを入れた。
積荷を降ろす作業などは基地のドローンに任せ、わたしたちは基地のサーバーに転送された。
*
この基地には一泊して、明日には転送でムーンベースに戻る予定だ。
まだ明るい時間なので、ちょっと外を見られないか基地の人と相談してみたところ、車輌型ドローンを一台借りられることになった。これは多人数搭載型で、仮想体四人まで搭乗する容量がある。
わたしと七海ちゃん、マギーの三人で載って、軽くドライブとしゃれこんだ。
車輌の外に出られるわけじゃないし、移動できるのも基地の敷地内に限られるけど、そこはまあ気分の問題でってことで。
初めての車輌なので、一体化モードはなしで、コントローラ操作のみだ。前進後退にハンドル左右と、FPSで出てくる車の操作と大差ないので、特に問題なく走れた。
「ここが異世界……」
「ぱっと見では、そんなに地球と違う感じしませんね」
「マー、あんまり違ってたら、開拓しヨーなんて話は出なかっただろーシ」
「そりゃまあそうだけど」
「でも、綺麗ですね」
「それは同感ネ」
「日本ではこんなに自然が残ってるところなんてなかったしねえ」
その後、日が暮れる頃までドローンに載っていた。
異世界で初めて見る夕焼けは、これまた美しかった。
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