1:08 全体会議 (2)

 各部の報告が終わった後、締めくくりに司令が再び壇上に上がった。


 演壇の後ろにあるちょっとした映画館並みの大型仮想スクリーンに、青い惑星が映し出された。先ほどの訓練中にも、ドローンから見えていた星だ。


「これが、ニューホーツだ。

 ここに、我々は新しい人類を創造し、地球文明の後継社会を築き上げる」


 腕でニューホーツを指し示して、司令は宣言した。


 目標は惑星全体で人口百万人。そこまでいけば、もう新人類は完全に自力でやっていけるだろう。後のことはすべて新人類にまかせ、開拓団は任務完了ミッションコンプリート


 改めて聞くと、やっぱりえらく壮大な話だ。順調に開発が進んでいけば、新人類に仕事を引き継ぐなどして、たぶん途中からはほとんど手が掛からなくなってるだろうけど、そこまで行くのにもけっこうな年月がかかりそう。


「我々の使命ミッションは、言ってみれば、人を育てることに他ならない。

 ここには子育ての経験がある者も多い。自分の子供を育てるだけでも大変なのは理解してもらえるだろう。

 ましてや、ここにはまだ何もない。かつての社会で受け継がれてきた常識や価値観、倫理など、手本となるものが存在しない。

 ここにいる我々がお手本となるしかないのだ」


 わたしが子供の頃は、普通に父さんと母さんがいた。学校があって、田んぼや畑があって、街があって、お店とか会社とか役所とか交通機関とかいろんなものが揃っていて、それに従事する大人たちがいた。そういうのを見ながら育ってきて、生き方と社会について学んだ。ネットとか映画とか本とかいった、娯楽の中から得るものも多かったし。


 要するに、わたしたちはみんな、長い年月をかけて築き上げられた社会を見ながら、そこに適応するよう育てられてきたのだ。

 しかし、そういう蓄積が一切なかったら。


 新人類の最初の世代は試験管から産まれてくるわけで、肉親すらいない。わたしらが接するときもドローンを介してだし。見習うべき社会もまだ存在していない。

 そんな環境で、どうやって育てていくのか、ちょっと想像付かない。まあ、地球でも最小限のコミュニティしかないとことか普通に点在してただろうけども。

 そういえば、SFで大人のいない世界でロボットが子供を育てるお話とかあったけど、イメージ的にはあんな感じなのだろうか。


「親としてこう育って欲しいという願いはあっても、良い悪いは別として、必ずしも子は親の望むとおりに育つとは限らない。

 子供らの側でもやりたいことができるかもしれない。場合によっては、それをサポートすることも必要だろう。

 また、永遠に我々が面倒みているわけにもいかない。

 我々抜きでも育っていけるようにする。子供らが大人になって自立する、その道筋を作るのが我々の役目だ」


 わたしが子供の頃にも、周りに荒れた子とかいたしねえ。

 放任ではダメ。かといって過保護すぎてもダメ。子育てって、さじ加減が難しそう。

 わたし、〔対人会話コミュニケーション〕スキルなんてないし、子育ての経験はもちろん、人生経験と呼べるほどのものもわずかなので、大いに不安だわ。



「さて、先ほど事業部長の話があったとおり、計画はほぼ未定だ。

 ただ、方針については、一点だけ委員会によって明確に決定していることがある。それは、

『新世界に旧世界の宗教を持ち込んではならない』

 ということだ。

 ここにいる皆が、それぞれ心の中で何を信じ、あるいは何を信じまいともそれは自由だ。しかし、自身の宗教儀礼・慣習を他の団員、あるいは新人類に対して強要すること、及び布教に類する一切の行為は禁止とする」


 これには講堂中でけっこうどよめきが広がった。

 委員会というのはこの開拓団を立ち上げた組織だけれども、ずいぶん思い切った方針をとったもんだねえ。まあ、団員同士で宗教対立でもしたら、目も当てられないというのもあるだろうけど。


「宗教の理念や心の安寧、社会規範としての役割は決して無視できるものではないが、一方で様々な歪みを抱えてもいる。また、この度の世界的なカタストロフにより、宗教のあり方にも大いに疑問符がついた。

 そこで、既存の宗教はここで一旦リセットし、新世界には持ち込むべきではないという結論に至った。

 社会規範としては、別途、宗教観によらない法を定めることになる。


 そして、この新世界での信仰は―――もし必要であればだが―――新人類自身で見い出してもらうことになるだろう。


 宗教に関して、我々は手出ししてはならない。

 人命を損ない、開拓に支障を来たすような奇怪な宗教カルトでも出てくれば話は別だが、そうでなければ基本的に我々は見守るだけに留める。

 全員、そのことを常に念頭に置いてもらいたい」


 司令がこう言うのも、終末の世界を見てきたからだろう。

 理不尽な災厄の前では、宗教は何の救いももたらさないとして信仰を捨ててしまった人も多い。

 その一方で、逆に神にすがりついて、生き伸びる努力を放棄してしまった人たちもいた。狂信的な者に至っては、死すらも神サマとやらの思し召しだとかぬかしやがり、死を広めるのに加担すらしていた。それ、神は神でも、邪神の類だろう。

 そんな状況だったので、この開拓において既存の宗教がタブーとなるのもやむなしなのだろう。


 そもそも、この開拓団と宗教は決定的に相性が悪い。

 団員は世界各国から集まっているので、それぞれ宗教もバラバラだし、全員が仮想体なので、すでに死後の世界にいるようなものだ。

 その上、こちらの宇宙自体が人間の造ったもので、新人類は土からでもなく肋骨からでもなく、遺伝子データを元に合成して造られる。

 わたしらの役割は神サマのそれなのだ。とある一神教やその派生系宗教にケンカを売ってるようなもので、彼らとは根本的に折り合いがつくはずがなかった。

 実際、一部の宗教団体からは猛反発する声が上がってたし。



 お葬式とかはいずれは避けて通れなくなるものだろうけども、特定の宗教の様式によらずに、単純に遺体を火葬して埋葬して墓碑を置いて終了、とするらしい。

 人は死後どうなるか、といった普遍的な疑問には新人類の子たちも不安に思うだろうけども、わたしらもその答えを持ってない。

 正解なんて存在しないだろうけど、その答えを探し続けるのは新人類に任せるわけだ。丸投げともいう。


 まあ布教禁止と言われても、元々わりと宗教にアバウトな日本人であるわたしとしては、そんなものかなと受け止めていた。

 いえね、以前の地球で、秩序が保たれてた頃の日本で宗教禁止とか言われたら、そりゃあわたしも断固として拒否するところですよ。どっかの国家じゃあるまいし。

 けれど、こっちの世界にはご先祖様もいないだろうし、祀られてる神様がいるわけでもない。地球に里帰りする機会でもあればともかく、こちらで宗教についてどうこう言ってもしょうがないかなと思う。

 科学万能とまでは言わないけれど、今のところ、こっちの世界で頼りになるのは科学だけだ。助けてくれる神サマはいない。


 それに、開拓団には欧米の人が多いので、もし解禁されると、彼らの宗教がこちらでスタンダードになりそうで、それはちょっと遠慮したいかな。

 たぶん、団員の中では少数派となる宗教の人たちも、似たようなことを考えてるだろう。


 しかし、一部には納得がいかないのか、大講堂には不穏な表情を浮かべてる人たちもけっこういるようだ。なんだか、マイヤール部長もものすごく険しい目つきで司令を睨みつけてる。

 だいじょぶなんだろか、これ。なんとなくトラブルの予感がしないでもない。



 最後に、と司令は付け加えた。


「この平行宇宙は、そしてこの『新たなる地平線ニューホーツ』は、人類にとって地球外で最初にして最新の開拓地辺境(フロンティア)だ。

 地球の月や火星は、長い間開拓の候補地として検討されてはきたが、距離や資源、宇宙放射線その他の問題がクリアできず、結局、実現には至らなかった。

 ここで我々が失敗してしまえば、もう次はない。不思議な新世界を探索し、未知の生命体や新文明を発見することもできなくなる。人類未踏の地へ敢然と進むという目標はかなわない。

 ここから人類の冒険が始まるのか、それともここが最後の開拓地となってしまうかどうかは、我々開拓団の働き如何にかかっている」


 たぶん司令もト○ッキーだ。意味合いは変えられているけど、思いっきりあの冒頭ナレーションを意識した内容になってる。急に親近感が沸いた。

 ちなみに、こちらの平行宇宙で他に自然発生した知性や文明があるかどうかははっきりしていない。星が多すぎるんで、探査しきれてなかったそうだ。


「極めて長く困難な任務ミッションだが、皆で協力し、なんとしてもやり遂げてもらいたい。

 そして、我々の子供となる新人類が自立し、巣立っていくところを皆で見届けよう。

 私からは以上だ。では、解散Dismissed


 司令はそう言って締めくくった。





 会議が終わって、ホームに戻ってきたのは午後八時すぎだった。ドローン訓練に全体会議で、やたらと濃い一日だった。


「なんか、精神的に疲れた……」

「右に同じク……」

「体力の疲労だけならオプションでカットはできますけど……」

「まあ、そうなんだけど。なんか、考えるのがおっくうになってるとゆーか」


 これから部屋を増設するので、七海ちゃんとマギーも付いて来てる。


「まあ、とりあえず二人の部屋増やそうか。家の種類も変えられるけど、どうする?」

「種類って、どんなのがあるんですか?」

「今のログハウスのほか、鉄筋、木造、レンガ造りなどの現代風に、それから茅葺や瓦の和風、中世欧風、中東風のとか。ゴシックな洋館なんてのもあるけど」

「草原に洋館は合わんネ」

「まあね。それぞれ使い勝手の違いはあるけど、スペック的にはそう大きな違いはないかな。室温もコントロールされてるし」

「私はログハウスのままでいいと思います」

「アタシもー。マー、しばらく住んでミテ、飽きたらポイント出し合って建て替えるのでもいいんでなイ?」

「じゃあ、とりあえずは現行のままでいこう。二人の部屋はわたしのと同じ八畳でいいかな?」

「はい~」

「おまかせで、よロー」


 わたしはホーム空間の〔家屋エディタ〕を呼び出した。目の前の空間に、ワイヤーフレームで描かれたミニチュアの我が家と、周辺マップが立体で浮かび上がった。脳内でもやれるけれど、みんなで見ながらのほうが良さそうだったし。


「んー、二部屋追加して、ついでだからシャワールーム削ってもっと広い風呂場にしよっか」

「わぁ、お風呂にするんですか」

「じゃア、三人同時に入れるよーな大きいのヲ。ムフっ」

「なんか、マギーの目つきが怪しいんだけど」

「気ノセイデスワ」


 ついでに、半端に余ったスペースを予備の部屋として追加することにする。

 そのままだと畑にかかってしまうので、畑のほうを移動してずらす。


 ちなみに、トイレはありません。わたしらは出さないのです。仮想体にはそういう処理は組み込まれてないので、わたしらは出さないのです。大事なことなので、二度。


「こんな感じでいいかな。では、ぽちっとな」


 2LDKから5LDKに風呂場つきになり、上から見ると縦長の四角だったのがL字型に変わった。

 一通り編集を済ませて、〔適用〕ボタンを押した。

 ピロンと効果音が鳴ったその直後にはもう変更されたログハウスができあがっていた。


「わー……、一瞬なんですね……」

「なんかもっとコー、じわっとにじみ出るとカ、ズモモモモと浮上してクるとか、演出がほしいよーナ……」

「あはは……、そこは前にも修正要望出したんだけどねえ。結局、却下されちゃってそのままね」


 部屋の使用権などを設定して、二人に入ってもらう。デフォルトでは内装が空っぽなので、ベッドとかカーテンを入れる。まあ、細かいところは追々だねえ。

 ひと段落ついたところで、遅めの晩ご飯を揃って食べた。


「リアルでも、こんなに簡単に家が作れたらいいんですけどねえ」

「開拓のこと考えると、まさにそういうチートとか欲しいよね」

「チートって、コンソール開イて、チートコード打ち込んだりとカ?」

「うーん、どう説明したもんか」

「ここの『魔法』っていうのもかなり現実寄りで、あんまり自由度高いものじゃないらしいですし」

「そなの?」

「魔法っテ、棒振って呪文唄ってカエル呼び出しタリ、ろうそくいっぱい並べテ床に魔法円描いてイケニエの鶏引き裂いて『いあ! いあ! よぐ=そとす!』とか唱えルもんなんじゃナイノ?」

「あんたは何を召喚するつもりだ」


 こうして、わたしたちは異世界で最初の一日を終えた。

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