1:07 全体会議 (1)

 わたしたちはその後、午後三時までドローン訓練をして、基地に帰還した。ちなみに、格納庫の所定の位置に戻すのはオートでやってくれたので、楽ちんだった。車庫入れとかやらなくていいらしい。

 そして四時からは第一回目の全体会議がある。少し休憩してから、大講堂へと向かった。



 仮想大講堂にはすでにけっこうな人数が集まっていた。

 大学の講堂みたいに、傾斜のついた床に座席が弧を描いて並んでいて、前方の一番低いところに演壇がある。五百人は収容できそうな規模だろうか。席は半分くらいは埋まっている。


 開拓団は大まかに分けて六つの部署がある。司令部がトップにあって、その下に保安部、技術部、探査部、医療部、事業部があり、わたしが所属しているのは事業部だ。

 中央の列に、その事業部が集まってるようなので、わたしたちもそちらへ移動した。


 わたしは人の名前を覚えるのが苦手で、まだ顔を見ても名前がぜんぜん思い浮かばない。けれどここは仮想空間。〔名前表示〕という超便利なオプションがあるのだ。これを〔ON〕にしておけば、各人の頭の上に名前と所属部署が表示される。ネトゲみたいだ。

 視線がちらちらと相手の頭上にいく人は、たぶんこの機能使ってるんだろう。決して、頭髪の多寡に目が行ってるわけではないのですヨ?


 とりあえず、同じ班の人たちに軽く挨拶して、適当に席に座った。七海ちゃんとマギー以外の人とはあんまり話したことなくて、まだ人となりはよくわからない。まあ、しばらくは各自ドローンの訓練ばかりで、班としてまとまって何かするのはだいぶ先らしいから、追々でいいだろう。




 この全体会議は、各団員の認識をすり合わせ、情報を共有することが目的だ。開拓団の現状の説明や今後の予定、あと各部署がどんなことをしているかといった報告が行われることになっている。


「さて、全員席についてくれ。第一回目の全体会議を始めるとしよう」


 会議の時間になり、司令官であるフォレスト大佐が宣言した。

 司令は五十代くらいだろうか。いい感じに渋いおじさまである。大佐って呼ばれてるのは、米軍から出向してきていたからだそうだ。

 軍人さんだからか、ちょっと自分にも他人にも厳しそうな人というか、ちょっと近寄り難い雰囲気もある。


「まずは、デュボア」

「はい。私からは連絡事項や、直近の予定などをお知らせします」


 デュボア副司令はたぶん六十代だろうか。背が高く痩せてて、銀髪で、英国紳士な感じだけども、ちょっと雰囲気がどっかの特務機関の副司令に似てるかもしれない。


「地球時間で四五時間後、こちらの時間でおよそ一九日後、今月二五日になりますが、一〇〇人前後の追加人員が来る予定です」


 こちら側で時間が経過する速度については、当初は地球側の数百万~数千万倍に設定されていたけれど、現在は地球側と連絡を密にするために、一〇倍に設定されている。地球で一年経つ間に、こちらでは一〇年の歳月が経っている計算だ。

 しかし、今の地球で二日間って、持ちこたえるにはなかなかに厳しそうだけど、大丈夫なんだろうか。

 追加といえば、田中さんどうしたかな。

 最後に会ったときは、彼はPAN社のビルにって言ってた。まだ向こうでやることがあるらしくて、それが終わったら開拓団に加わりたいとも。

 無事に合流できるといいんだけど。いやまあ、仮想体が無事でも、本来の肉体がどうなってるかはわからないけど。


「また、遺伝子情報サンプルの追加ですが、人間が二万件、農作物系が二千件ほど届いています。

 人間のほうは、人種はバラバラですが、遺伝的疾患の疑いのあるデータは除外してあります。

 平時であったら、『遺伝子でふるいにかける』などと言えば大問題となるところですが、今は非常時であり、残念ながら我々の対応能力には限界もあります。最初からすべてを分け隔てなく扱うだけの余力はない、ということはご理解いただきたい」


 こちらには親となる生身の人間が一人も存在しないので、最初の世代はこの遺伝子情報サンプルを元に胚を合成して、クローンを造ることになる。農作物や家畜なんかも同様で、卵が先か鶏が先かでいえば、ここでは卵が先だ。


 どのサンプルを使うかは、人種関係なしに男女別でランダムに選ばれる。

 遺伝疾患で篩いにかけるのは、これはまあしょうがないかね。ここは医療が充実していた(以前の)地球とは違うのだ。先進国はもちろん、どんな途上国の環境よりも劣る。医療と呼べるようなものがまったく何もないのだから。

 なにか生まれつきの異常があっても、まず満足な治療は受けられない。

 将来的には医療体制を整えていくのは絶対に必要だけど、少なくとも初期の段階では、あらかじめわかっているリスクは避けるほかない。できもしないのに理想を振りかざされても困るし、医療の分野でそれは無責任すぎるだろう。そういうのはこちらの世界が順調に成熟していって、社会に余裕が出来てからになるかな。


 もっとも、そういうことに過敏だった人権団体ももはや存在しないけどね。人種も国籍も宗教も思想信条も一切関係なく、みんな等しく





 副司令の連絡事項などに続いて、各部から報告が行われた。


 まず、保安部からは基地内での活動規則や、施設管理などの注意事項についての説明があった。

 医療部は新人類の健康管理が本業となるため、まだ新人類がいない現状ではドローンの習熟と、探査部の生物環境調査に協力することになるそうだ。

 探査部からは、ニューホーツの惑星としてのスペックや環境についての報告。

 技術部は現状保有しているドローンや各種機材の状況についてと、今後の開発予定について。


 そして、事業部の番になった。

 事業部って大雑把な名前だけども、開拓地における土木建築から農業、製造業、資源調達、さらには新人類育成と、開拓に必要な作業全般を担う部署とされてる。まあ要するに、ほぼ何でも屋だ。


 開拓団として集められた人員のうち、何かしら開拓で即戦力として使える専門技能を持ってる人はそれぞれの部署に割り振られたけれど、それ以外の人はほとんどが事業部に入った。元事務職とか元営業職とかは開拓ではあまり意味ないしね。

 事業部の人員は現在一二〇名、そのうち約八割は専門技能を持たないただの一般人で、わたしもそのうちの一人だ。

 まあ人手が一番必要なところでもあるので、しょうがないといえばしょうがないけど。


 壇上に立ったのはドミニク・マイヤール部長。フランス出身の女性で、四十代くらいだろうか。社会学が専門の大学教授だったそうで、その経歴から部長に抜擢されたという。

 面接のときなどにちょっと話したけれど、なんか意識系な欧米的リベラルの権化みたいな人だった。さらに、上から目線な感じもあって、正直なとこ、個人的にはあんまり係わり合いになりたくないタイプの人だ。


「上層部により急に計画が変更されてしまったせいで、現状で決まっているのは指針、方向性のみです。中~長期的、超長期的な計画は何も決まっていません。ほぼ白紙の状態です」


 部長はいきなりぶっちゃけた。

 しかし、変更になったそもそもの原因が人智を超えたものなので、その責を上層部に問うのは酷というか、筋違いなんじゃなかろうか。

 たぶんその上層部の一端であろうフォレスト司令はポーカーフェイスを貫いていたけど、副司令はあからさまに眉を寄せていた。


「どの道、ドローンの習熟は必須なので、当面の間、事業部員にはドローンの訓練に専念してもらいます。また、専門技能がまるでない人がほとんどなので、そのままでは使い物になりません。そのため、職業訓練も受けてもらいます。半年もあれば充分でしょう。

 その間に、事業部首脳で計画を詰めていきます。

 私達は新人類が快適に暮らせる、理想の社会を作らなければなりません。みなさんにはその礎になってもらいます」


 うーん。ドローン訓練も、職業訓練も必要なのは確かで、それ自体は反論のしようがないんだけども。ナチュラルに反感を煽ってるのだろうか。


「(なんか、引っかかる言い方ですねえ……)」

「(アタシらのこと、奴隷かなんかと勘違いしてないカ……)」


 機械翻訳のミスなのかなとも思ったけど、七海ちゃんだけじゃなくマギーもイラっとしたのか、ヒソヒソ話してる。わたしらだけでなく、講堂全体もざわついてた。


 てか、ドローンはともかく職業訓練で半年って、見積もり甘すぎやしないか。わたしらがやるべきことは極めて多岐に渡っている。一業種に専念できるならいいけども、人数的に各自複数の業種をかけもちしないと回らないんじゃないだろうか。


 それに、事業部首脳って、部長の取り巻きでしょう。しかも、EU圏の人で占められてる。何をどう作っていくか、全部彼女らだけで決めるつもりなのだろうか。

 部長は前に、欧州の民主主義こそがもっとも先進的かつエレガントで至高であり、新世界でも同等以上のを作り上げる、的なことを自信たっぷりに語っていた。聞かされるわたしとしては、「えー……」って感じになったけど。欧州のやり方こそが理想って言われると、ちょっと賛同はしかねるかな。


 この人が主導して新人類の社会を形成していく、というところにだいぶ不安を感じる。地に足がついてなくて矛盾に満ちた理想主義に基づくディストピア、なんてものができあがりそーな気がするのは、偏見だろうか。


 講堂に微妙な雰囲気を残して、部長のスピーチは終わった。

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