1:06 ニューホーツ
地球時間で十数年前のこと。とある研究機関によって、ひとつの『平行宇宙』が創られた。
最新の宇宙論の実証実験として創られた、とされるそれは、光学的に観測可能な宇宙の外側とかじゃなくて、地球が所属する既存の宇宙とはまったく接点も交点もない、完全な別空間だった。交わらないから
ゲームで例えれば、あるゲームのマップから別のゲームのマップへは移動できないようなもの、かな。
通常の手段では見ることさえできないのだけれども、間接的にならその平行宇宙を観測し、さらにはそこの物質に干渉したり、平行宇宙全体の挙動についての各種
物質への干渉といってもその規模が尋常じゃなく、恒星系をまるごと造り上げることさえ可能だった。
さらに、平行宇宙の設定には時間の流れる速さのパラメータ値もあって、それをいじって数万~数億倍の速度で時間を進めて、超高速で宇宙を
なんだかコンピュータシミュレーションの世界に似てるかもしれない。まあ、宇宙空間にある物質を全部演算するなんていうのは、どんなコンピュータでも無理だろうけど。
実験の次の段階として、その平行宇宙の中に太陽系そっくりな恒星系を造り、その発達の過程を観察することになった。太陽系、とりわけ地球がどのようにして生まれ、発達して今日の姿に至ったかを、コンピュータシミュレーションではなく現物で検証しようというものだ。
そうして人工的に造られたのが、『ソラーティア』星系だ。
星間物質に偏りを持たせて、過去の太陽とほぼ同じと考えられる組成で恒星ソラーティアが造られ、次いで水金地火木土天海冥に相当する惑星・準惑星が造られた。
地球に当たる第三惑星は『
ジャイアントインパクトを再現すべく、大質量の天体がニューホーツにぶつけられて、地球の月に相当する衛星『セリーン』もできあがった。
さらに、ニューホーツをより詳細に観測するため、物質の遠隔操作機能を使って、セリーンの地表には最初の観測拠点が造られた。
拠点建設の候補地としては、他にニューホーツの地表や衛星軌道上も考えられていたそうだ。けれど、計画では現地時間で数千万~数億年という超長期にわたって観測することを目標としていたので、ニューホーツ上では地殻変動や大気による腐食の影響が大きいこと、衛星軌道上は建設に必要な資源を集めにくいことなどから、セリーン上が選ばれた。
その後、ニューホーツをただ観測するだけではなく、いろいろ手を加えて試験的に開発していこうという計画が持ち上がった。
この時点ではまだ、なにか明確な目標があったわけではなく、遠隔地で何ができるかいろいろ試すのが主眼だった。その背景には、月面や火星の開発への応用を期待してるのもあったという。まだ宇宙開発に夢があった頃だ。
物質遠隔操作は平行宇宙にしか使えないため、応用を考えた結果、仮想体を現地作業員として送ることになった。
平行宇宙とは物理的な接点がないため、形のある物体を送ることは出来ないけれど、エネルギーや情報など形を持たないものは送信できた。そして、仮想体は実体を持たない情報そのものなので、送信するのに問題はなかった。受け取り側のサーバーも用意された。
仮想体ならではの利点もあった。生身の人間では生存不可能な環境でも、仮想体なら現実世界の水も食料も、空気さえも必要としない。サーバーと、それを支える電力さえ用意できれば活動できる。本質的には、従来の無人探査機がやってることとそんなに変わらない。
観測拠点の設備も大幅に拡充されて、『
現在ではニューホーツ上にもすでにいくつか開拓用の拠点が建造されてるけど、依然として月面基地はこちらの宇宙で最大の拠点となっている。わたしたちが住む仮想空間を形作ってるサーバーや、先ほどの第二格納庫なども月面基地内の施設だ。地球とデータの送受信を行える施設も月面基地にしかない。
そうやって、開発の準備が着々と進められてきた。三週間ほど前に、地球全体に災厄が降りかかるまでは。
そこからはもう、急転直下としか言いようがない。
人々がどんどん死んでいき、切羽詰った状況の中、計画も大幅に変更された。
試験的な開発とかじゃなく、本格的に開拓して人が住める環境を造り、現地で人間を遺伝子情報を基に合成して造り、新人類として育てることになった。
そして、急遽、仮想体の人が集められ、開拓団として慌ただしく平行宇宙へと送られた。
地球ではまだ、残った人々が必死になって生き延びようと努力してるけれど、控えめに言っても状況はかなり絶望的だ。
しかし、仮にニューホーツを開拓したとしても、生き残ってる人々の助けにはなりえない。空間として断絶しているので、避難先には使えないのだ。
それでも開拓するのは、人類という『種』と、人類が培ってきた『叡智』を異世界で存続させるためだ。
*
そうして今、その開拓団に参加した一員として、わたしはここにいる。
目的地であるニューホーツは頭上で輝いていた。
「ぅわぁー……きれい……」
小並感あふれる表現しかできないのがもどかしいけども、自分の
蒼い海が多くを占めてて、緑と茶色に分かれた大陸がある。そして惑星全体を覆うように、部分的に濃度の違う雲が薄っすらとかかって、所によっては渦を巻いてる。影になってる部分は基本的に真っ暗で、時折かすかにピカっと光るのは雷かな。無人なので、人工的な灯は皆無だ。
ズームしてみると、大陸の地形はわたしの知る現在の地球とはまったく似ても似つかないのがわかる。
しかし、ニューホーツのぱっと見の印象はほんとに地球そっくりだ。直径や質量だとか成分、軌道などといった惑星としてのスペックも、概ね地球に合わせてあるという。
『どしました?』
『なに? ナニ?』
わたしの呟きに反応して、七海ちゃんとマギーが聞いてきた。
「あれ。真上」
わたしはドローンの腕で上を指した。
『え? わぁーーー!?」
『ほわっ……? まい……がっ……』
七海ちゃんもマギーもやっぱり似たようなリアクションだった。
『あれがニューホーツ、ネ……』
『私たち、あそこを開拓するんですね……』
「そうね……」
みんな、複雑な想いでニューホーツを見つめていることだろう。
ここに来ることになった経緯や、地球で起きたこととか。いろいろ思い浮かぶ。
それに、開拓の目的である「人類という種の存続」なんて、わたしらのようなただの一般人には途方もなく重い話だ。
たとえ絶滅が避けられなくなったとしても、せめて、どんな形でもいいから人類の系譜が残ってほしい。そんな願いが、この開拓には込められている。
それを成し遂げるのがわたしたちなのだ。
*
ニューホーツが形作られてから、こちらの時間ではおよそ三五億年が経過している。
その歴史は地球とまったく同じではないけれど、途中三度の生物大量絶滅を経て、現在では地球で言うところの中生代、ジュラ紀から白亜紀くらいに似た環境ができあがってるそうだ。
地上では恐竜に似た動物たちが闊歩していて、哺乳類に似た生物はまだ初期のものがちらほらいる程度。当然ながら人間に近い種も生まれておらず、完全に無人の惑星だ。
そこを開拓することになる。
よくあるラノベの異世界開拓モノなんかだと、現地の人が協力してくれたり、都合のいいチートを授けてくれる神サマなんかがいたりするもんだけどねえ。
ここには、そんなものはいない。まったくいない。
人間はまず合成するところから始めなければならないし、その前に、人間が生きられる環境を作っておかないといけない。
ここにはまだ、食料もなければ、医薬品の類もない。衣類どころか糸さえない。
さすがに、衣食住が何もない環境に、合成して生まれたばかりの新人類を放り出してサバイバル生活をさせるわけにはいかないしねえ。不可能ってことはないだろうけども、そんな過酷な生活、わたしらが見ていられないだろう。
そんなことするくらいだったら、わたしらできちんと手間隙と時間かけて準備しておいたほうがいい。
そうすると、必要なものは全部わたしたちが用意することになるのだけど。
食べ物を作るには作物と調理道具が必要で、作物を作るには畑が必要で、畑を作るには土地と農機具が必要で、農機具を作るには……
というように、必要なものを作ろうとしたら、その元になるものもズルズルと芋づる式に増えていく。どっか他所から調達してくることもできないし。ほんとに何もないところからはじめなければならないのだ。
どこかで線引きは必要だし、優先順位の低いものもあるだろうけれど、それでもわたしらが作るべきものは膨大にある。
あと、ここは未知の世界だ。肉食恐竜などの危険な動物もいるし、未知の病気なんかもあるかもしれない。地球の作物がこちらの環境に合わない可能性もある。
どんな問題や脅威があるのか調べないといけないし、それらへの対策も必要になってくるだろう。
しかし、前準備だけで、これだけあるのだ。その後には、新人類を育てていくという大仕事が待っている。
わたしたちの武器となるものは、現代の科学知識とハイテク機器だけだ。あと、魔法ってのもあるようだけど、そちらはまだ詳細不明とはいえ、チートと言えるほど都合のいいものではなさそうな感じもする。いずれにせよ、それらを駆使して、一つ一つ解決していかなければならない。
考えていくと、ほんとヘビィな状況だと思う。
ファンタジー系RPGっぽい異世界でチート無双とか、憧れていたんだけどねえ。実際の異世界に来たわたしたちのお役目というのは、文明育成・都市建設シミュレーション的なものだろう。ゲームで近いものといえば、ド○クエではなくシ○ィライゼーション系。
しいて言えば、わたしたちの役割は伝説で語られるような『神様』だろうか。人間を創り、知識を授け、守り、導いてく存在。
まあ、わたしらは寿命こそ無いに等しいけど、当然ながら全知全能には程遠い。どっちかと言えば、ラノベに出てくるようなやたら人間臭く、かつ胡散臭い『神サマ』とかのほうが近いか。力はあっても、あんまり敬ったり崇めたりする気にならんよーなビミョーな存在。
そんなのでも役割としては非常に重いものなんで、わたしみたいなちゃらんぽらんな人間に務まるか不安ではある。〔駄女神サマ〕の称号が付きそうな気がひしひしとしている。
けれど、今わたしがこの異世界にいるのは、トラックに轢かれたからでも、あるいは何者かに無理やり召還されたからでも、はたまた偶然迷い込んだからでもない。
田中さんから勧誘された形ではあったけれど、それでも一応、承諾して行くことを選んだのはわたし自身の意志でだ。
だから、がんばらなきゃね。
幸い、開拓団はわたし一人じゃない。なんとかなるだろう。……たぶん。
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