1:11 魔法概論
今日は月面基地で、『魔法』の講義だった。
魔法は開拓の実作業で非常に有用というより、ナシでは通れないくらいのものなので、ドローン操作と同じく事実上の必修科目みたいになってる。単位認定こそないけども、最後に試験とかあって、成績によっては補修も予定されてるという。なんか学生時代に戻ったみたいだ。
まあ、それを抜きにしても、魔法である。あの、ファンタジーの定番の、魔法である。
異世界で魔法! ラノベ好きにとって、これほど強力な組み合わせが果たしてあろうか!?(※個人の感想です)
杖を構えて、中二病くさい呪文を唱えても、実際に発動するなら恥ずかしくないはず!
さらに、無詠唱マスターして「ふふん(ニタリ)」、とやるのもロマンでしょう! 見せる相手はとりあえず身内しかいないけどね。
異世界といいつつも、ここは無人であり、必然的に現地人相手のテンプレ展開は絶望視されてた。だから、魔法とは、わずかに残されたテンプレへの道、最後の希望なのだ!
テンションも上がるというものですよ!
――なんて、思ってたんだけどねえ。
なんか、実態は思ってたのと違ってた。
まあ、これまでにちらほら聞いた話からも、なんかやけにファンタジーっぽさが希薄すぎない? という気はしていたのだけども。
結論から言うと、この世界で『魔法』と呼ばれる『何か』は、詠唱も杖も必要ではなかった。一部の例外を除き、魔法陣もいらなかった。
そして、空想的ではあっても、詩的で幻想的な成分が著しく欠如した、ひどく散文的な代物だった。
*
「魔術講座の講師をやることになった、技術部魔術研究班のヘンデルです。
この魔術講座では、魔法の基礎的な知識から、魔導回路の組み方などを学んでもらいたいと思います。本日は初回となるので、まずは駆け足で魔法の概要を説明していきます」
月面基地に設けられた仮想教室で、教壇に立ったヘンデル氏は金髪碧眼のひょろっとした人だった。
「まず『魔法』とは何かですが、こちらの宇宙には『魔力』という不思議エネルギーがありまして、これを物質に作用させると不思議な
魔力を運動エネルギーに変えて物体を動かしたり、特定の元素だけ抽出して成形したり、分子構造を組み替えて化合物を作り出したり、といったことが可能になるという。
のっけから物理方面の話だった。
ちなみに、魔力が作用して起こる『現象』が『魔法』で、それを制御する『技術』が『魔術』と区別してるそうだ。
「何を於いてもまず、反応させる物質ありきです。フィクションに出てくるような魔法と違って、無から有を創りだすようなことはできません。
また、作用の過程こそ地球の常識からかけ離れてますが、その結果生成されるものは、難易度や手間は別として、理屈の上では地球でも同等のものが作れます」
水を作ろうとしても、何もないところからは水は作れない。大気中の水分子を集めるか、水素と酸素を反応させるか、それがなければ他の分子に結合してる水素酸素を分離させるか、ってことになる。
地球ではさまざまな化学反応を介して作り出すところだけれど、その化学反応にあたる処理を魔法に置き換えられる、ということらしい。
元素を使うからじゃなく、元素
「魔力の源となるのは『魔素』と呼ばれるもので、これは粒子としての性質を持っていることまではわかっていますが、実態はわかっていません。一説には、素粒子、ゲージ粒子の一形態で、こちらの宇宙でしか存在できないものなのではないか、なんていうのもあります」
つまり、よくわからん、と。
魔法や魔素の有無というのは、この平行宇宙全体の挙動を決定する『
……設定次第って、パソコンかいな。
その結果、魔素は太陽から放出されるようになり、空間を漂っているという。太陽が燃え尽きるまでずっと供給され続け、その間枯渇する心配はほぼないそうだ。
「魔素は通常は安定していて、そのままでは何も起こりません。しかし、ちょっと手を加えると励起して、魔力の
厳密には、この魔素による『場』が作用する
使う際には、魔素を『魔導回路』と呼ばれる道具を使って変換してやることになります。この魔導回路の構成によって、『場』の性質が変わり、対象となる物質や効果も変わってきます」
それってつまり、いわゆる魔導具オンリーということなのか。
魔導回路そのものは、炭素だとか珪素だとかいった普通のありふれた元素で作れるそうだ。
魔導回路の素子にはトランジスタやダイオード、コンデンサなどに相当するものもあって、理屈の上では、電気のかわりに魔力で動作する論理回路だとかも作れるという。
「効果の種類によって、魔力はいくつかの『属性』に分類されます。
まず、基本となる四属性からみていきましょう。古代思想の四大元素に倣って、便宜的に地水火風と呼んでます」
おぉ、定番の地水火風あるんだー、と喜んだのもつかの間。ヘンデル氏が仮想黒板に書き出した内容を見て、唖然とした。
地 固体 結晶・非結晶の構造操作
水 液体 流体、粘性の操作
風 気体 圧力、密度の操作
火 熱 相変化、プラズマ状態制御
ナニコレ。
「物質は温度によって固体・液体・気体と『相』が変わるわけですが、対象の相ごとに作用させる魔法の属性が異なります。これがそれぞれ地属性、水属性、風属性となります。
そして、対象の温度を変えて、相変化を起こさせるのが火属性です。また、火属性は第四の相とでもいうべき電離してプラズマ化した気体分子の制御も担っています」
たとえば液体としての水、H2Oも冷えて凍ってれば地属性、液体のときは水属性、水蒸気だと風属性で扱う。鉄も熱でドロドロに溶けて液状になってれば水属性、ドライアイスは地属性の範疇だそうで。
地水風は対象にできる物質の状態の違いはあっても、本質的には同じもので、物質を成型したり、特定元素を抽出したり、あるいは元素を結合させて化合物を生成したり、分解するのに使われる。
そして火は、固体―液体―気体という三つの相を変化させるための熱、つまり物理的な意味でのエネルギーを扱うんだそうで。
熱を移動させることもできるけれど、熱を新たに発生させたり、消してしまうこともできて、魔力が絡むと旧来のエネルギー保存則は成り立たなくなってしまうそうだ。
……いったいこれは何のお話なのかと。というか、それは『魔法』なの? 不思議パワーには違いないんだろうけども、イメージ違いすぎるんですけど。ファイアボールとかないの? 精霊とかまったく関係ないし。ファンタジーどこいった。
なんか、思ってたのとチガウ。
他にも同じことを思った人が多かったようで、それに対し、
「『十分に発達した科学』というのとはまた別ですが、地球の常識ではありえない、不可思議で夢のように便利な反応が起こりますからね。これを『魔法』と言わずして何と言いましょうか」
ヘンデル氏はドヤ顔で、これこそが『魔法』だと言い切った。
「これら四属性が主ですが、ほかに無属性とか、雷、光、闇といった属性もあります」
おぉ、今度こそそれっぽいのが出てきた、と思ったのもつかの間だった。
無 運動エネルギー
雷 電子、電荷の制御
光 電磁波放出、電場・磁場の操作
闇 電磁波吸収、放出、反射
無だと、魔力が運動エネルギーに変わって、対象を触れずとも動かすことができる。作用反作用の法則も無視されるそーな。
電磁誘導の関係で、雷と光は相関関係にあり、光と闇はセットになっていて、これを応用すれば無線も楽に作れるという。さらに、光と闇は熱の放射にも関わっていて、火属性ともリンクしてるんだそうだ。
……光と闇なのに、聖と邪、善と悪とかいった要素が欠片も感じられないんですけど?
ファンタジーどこいった。
てか、これは、こちらの宇宙なりの物理法則を魔法と呼んでるだけなんじゃないだろうか。
なんか、思ってたのとチガウ。
ここまでのところで、質問タイムになったので、わたしや他の受講者らも気になったところを聞いてみた。
「呪文とか、杖とか使わないの?」
「えー、魔導回路を内蔵する
そして、杖、ですか? 別に、装置が収まるならどういう形状でも構わないですが、普通はドローンのオプションとして組み込む形が多くなるかと」
なんとも夢のない……。
「属性を司る精霊とかはいないんでしょうか?」
「司るというのは、現象に関与してる、ということでしょうか? 少なくともそういった存在を観測したことはありません。ましてや、それが意思や自我を持ってるとなると、そんなものまず自然に発生するとは考えにくいです。そもそも現象とは――」
と、ファンタジーを全否定する話をつらつらとしだした。
この人、ファンタジー嫌いなんだろーか。ハードSFこそ至高、みたいな。
「もし何だったら、そういう役割をこなすAIと端末を我々で作ってしまうのはアリかもしれませんが」
ファンタジー成分が欠落してるけど。
でも、考えてみれば、わたしらの役目はこの異世界における神サマの役割を演じるようなものだ。そのわたしらが精霊的なAIを産み出すというのは、それはそれで合ってるのかもしれない。神サマが精霊を作った、みたいな感じで。
舞台裏の事情はともかく、表面的にはファンタジー風味を演出できるのだろうか。
「結局、何ができるノ?」
「汎用的なエネルギーとしての利用と、物資の生産ですね。
原子力ほどの大出力とはいきませんが、実用上は充分な出力が得られます。その上、採掘不要で、ほぼ無限に得られて、クリーンで使い勝手もよい。言うことなしです。
生産では、原料だけあれば、中間物質を介さず目的の物質を直接作り出せて、成形までできます。これで、工業も恐ろしいくらいに簡略化されるでしょう。
まさに夢のような力です。反面、これが当たり前になってしまうと、知恵を絞って工夫する場面が極端に減ってしまって、技術力が退化してしまいそうなのが怖いですね」
そこまでなのか。まあ、現代の技術って様々な工夫の積み重ねあってのものだろうしね。
工夫しなくても簡単に物を作れるのに慣れきってしまうと、そのうち一見高度な物を作れるようにみえても、実は応用ができなくて複雑な物は作れなくなっていた、なんてこともあるかもしれない。
そういうの含めて新人類に伝授していかなきゃならないんだろうな。てか、ひょっとすると、魔法って新人類に安易に教えてはいけない部類に入るんだろうか。
*
「さて、あと一つ、毛色が違うというか、完全に別系統で異質な魔法があります。『時空間魔法』と呼ばれるものです」
お~~、時空魔法キターー。でも、これまでのがファンタジーっぽさゼロだったので、ちょっと身構えてしまった。
「ただ、まだ未知の部分ばかりで、実用には至っていません。
これは単純に言えば、時間と空間のあり方を歪めるものです。遠く離れた二つの場所をつなげたり、ある閉じた空間の内側だけ時間の流れを遅くすることで、光の到達時間を延ばし、見かけ上、本来の大きさよりも拡張された空間を作る、といったことができるとされています」
やっぱり物理っぽい話だった。
しかし、内容的にはラノベでよくある『ポータル』に『アイテムボックス』的なものらしい。てか、一応はあるんだ。
正直なところ、理屈のほうは何を言ってるのかよくわからない。なんか騙されてるような気がする。
実用化されれば、便利なのは間違いないんだろうけどねえ。ぜひとも、理屈知らなくても使えるようにしていただきたい。
「時空間魔法が他と違うのは、発動するのに平面や立体に描かれた
日本では『魔法
目的に応じて、描き込む図形の
設定値に使われる文字も出所は不明ながら、奇妙な一貫性があって、いい加減にでっち上げたものでもないらしい。
「なぜ時空間魔法にだけこのような図形が必要なのか、というのは実は私達にもわかりません。電気回路みたいな機能があるわけではなく、注がれたエネルギーが何かに消費されるというわけでもありません。ただの模様に過ぎないものになぜそんな効果があるのか、まったくの謎です
元はこの平行宇宙を創りだした研究機関の技術らしいんですが、開拓団には使い方のみ伝えられています。詳しい資料も今やアクセス不能で、誰かに聞こうにも
謎の多い魔法陣。ここだけは意外にファンタジーだった。SFばっかりじゃなくて、ちょっとほっとしてしまった。ヘンデル氏はなんだか悔しそうな雰囲気だけど。
しかし、平行宇宙の創造と、時空間魔法か。なにか関連があるんだろうか。
「一説には、時空間魔法を管理するサーバーがどこかにあって、図形はそのサーバーへの依頼書、発注書なんじゃないか、なんて話もあります。ただ、地球側も含めて関連するサーバーは一通り確認してますが、時空間魔法のサーバーなんていうのは見たことないですね。それにわざわざ図形を介してやりとりする意味もわからないですし」
ただの図形自体がなにがしかの力を持っているのよりは、『
ただ、その場合、『何』が図形を認識してるのかってのはやっぱり謎だけど。
この平行宇宙自体が人間の手によって作られてるので、そういう機能をもったサーバーがどこかにあってもおかしくはない、のかな?
フィクションだと、時空間を司る神サマみたいのがいたりするけど、ここではどうなんだろう。クトゥルー神話に出てくるようなのでないのを祈る。
*
結局、SFチックな話ばかりで、ファンタジーっぽい要素はほとんど聞けなかった。
そして、また一つ、ラノベ的テンプレへの道も断たれてしまった。
非常に残念な気持ちで一杯になりながら、最初の魔法の講義は終わった。
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