1:03 仲間

 キュキュキュキュ

 どこからともなく、どこぞの通信装置コミュニケーター効果音SEに似た音が鳴った。メッセンジャーアプリの通知音だ。引っ越してからまだ、この手のシステム音の発生場所をまだ設定していなかったので、直接脳内で鳴ってるように聞こえる。

 仮想端末を呼び出して、通話モードにする。


「はい、もしもし佐藤です」

『おはようございます、七海ですー』


 相手は開拓団でわたしと同じ班に所属する七海ちゃんだった。


「おはよう~」

『まだ講習まで時間ありますし、今からそちら行ってもいいですか?』


 ちらりと、今この部屋ははたして人を入れられる状態なのか、という疑問が頭に浮かんだ。

 いえね、どうもわたしは片付けというものにマイナス補正がかかる種族でして。生前も、一人暮らししてた頃のお部屋は腐海に沈みがちで、ちょっと人様にお見せできないことも多かった。

 ホーム空間は無駄に高性能にできている。わたしの名状しがたい混沌とした汚部屋も再現可能なスペックがあるのだ。というか、実際先日まではそれが具現化していたし。


 しかし、今ならどうだろう。まだ引越し直後で、部屋も初期状態な散らかってないはず。

 だいじょぶだろう。たぶん。……はたして、いつまでこの状態をキープできるのやら。

 まあ仮想世界なので、いざとなればとっ散らかったアイテム類は全部〔収納ストレージ〕に放り込んで隠滅できる。〔収納〕ではアイテムのプロパティ情報だけが意味を持つので、物理的寸法の制約はない。

 ただしその場合、部屋の代わりに〔収納〕内部のアイテム一覧フォルダーが収拾つかなくなっていくけど。


「ん、おk~」


 返答すると、脳裏に〔島田七海 から入室要請が出ています〕という仮想ダイアログが浮かび上がったので、〔はい〕を選択。


 ここの仮想空間には個人のホーム空間のほか、様々な施設、部屋が用意されているけども、それぞれは別の空間として切り離されてる。ゲームで言えば、別マップになってるようなもので、部屋と部屋をつなぐ廊下ってものがないのだ。

 そのため、別の部屋へ移動するときは〔転送〕コマンドを使うようになってる。


 ほどなくして、「ひゅぉあ~~ん」という効果音とともに、どっかの転送装置トランスポーターみたいな光の柱がログハウスの前に現れた。このシステム設計した人、ぜったいにト○ッキーだ。


 光の柱が消えると、そこには女の子が一人立っていた。

 島田七海、享年一七。小柄でおかっぱの、まじめで清楚な文学少女という雰囲気のメガネっ娘である。ちなみに、メガネは伊達アイテムでしかなくて、仮想体では本来不要なんだけど、対人シールドとして手放せないんだそうだ。


「おはようございますー」

「おはよう~」


 彼女はキョロキョロと周囲の風景を見ると、目を丸くした。


「うわぁ……きりこさんのホーム、すごいですねー。草原があんなに遠くまで広がってて、ログハウスまであって。畑とか、羊までいるじゃないですか。ホーム空間ってここまでカスタマイズできるんですか」

「遠くのほうはただの映像で、壁紙みたいなもんよ。遠景だけならけっこう安くあがるの。マップとしてはもっと小っちゃいよ。

 あと、わたしの場合、仮想体のテスターでポイントを潤沢にもらってたから、家とかはけっこうこだわって整備しましたとも」


 仮想体システムの試験運用段階だった頃に、わたしはそのテスターをやっていた。その一環として、アイテム購入システムの検証もやっていたのだ。今ある畑や羊、ログハウスなどもそのテストのために購入したものだ。テストで得たアイテムは私物としてそのまま利用できることになっている。それで、こちらに引っ越す際にも全部持ってこれた。役得だ。


 そのとき、再びメッセンジャーアプリが鳴った。


「はい、もしもし」

『おはヨゥ、今そっち行っておk?』

「おはよー、マギー。あいよ~。ぽちっとな」


 入室要請ダイアログにOKすると、白人の女性が転送されてきた。


「ハイ、キリコ、ナナミ」

「おはよ~~」

「おはようございますー」


 マーガレット・ウェントワース、米国出身、享年二一歳。彼女も同じ班に配属された人だ。

 ウェーブのかかった金髪ロングに碧眼の美女で、スタイルも抜群なのに、言動がたいへん大雑把な残念系美人。見た目はともかく、中身はわたしの同類だろう。


 以前から彼女とはネトゲで付き合いがあったけど、ゲームのアバターではなく素の仮想体で顔を合わせたのは開拓団の壮行会のときが初めてだった。中身がこんな美人さんだったとは思いもよらず、ほんとにびっくりした覚えがある。


「おぉーー、ここがキリコのホームなのネ」

「まあとりあえず、入って?」

「おじゃましますー」

「えーと、『オジァーマ』、『シムス』?」


 ログハウスに彼女たちを案内する。初めてこの部屋に人を入れるんで、ちょっとドキドキする。

 ちなみに、マギーは英語で、わたしと七海ちゃんは日本語でそのまましゃべってる。仮想体は翻訳システムと直結していて、リアルタイムで聞いた言葉がそれぞれの母国語に翻訳されて伝わってくるので、意思の疎通に不都合はなかった。

 機械翻訳だけど精度は高くて、通常はかなり自然な日本語に訳してくれる。しかし、なぜだかマギー相手のときだけやたら砕けた口調に翻訳されて、時折語尾がカタコトになったりするけど。訛りとかあるんだろうか。謎だ。


「うわぁー、ベッドルーム広い! キッチンまであるし。あれ使えるんですか?」

「うん、キッチンがあるとコマンド一発でいろいろ出せるよ。手作業でも作れなくはないけど」

「コレ……、まさか、料理アイテム食べてタ……?」

「うん。なにか食べる? トーストとかの軽い物から、カレーとかラーメンとか丼物とか、いろいろあるわよ」

「え? あ、では、トーストいいですか?」

「りょうかい。マギーは?」

「あー……、エー……、う~ん……」


 テーブルの上にあった皿を見て、マギーはなんだかちょっと引いていた。

 まあせっかくだから、二人にはさっきわたしが食べたのと同じのを出しておこう。


「うっわぁ、仮想でもこんな味だせるんですねー。トーストは外はカリカリで中はふんわりで、ベーコンも卵もなんかすごく味が濃厚で、まるでみたいですー」


 七海ちゃんにはものすごく好評だった。

 一方、マギーはというと、


「おほォっ!? ウメえっ! ナニコレ、仮想なのにウマい!?」


 奇声を上げながらトーストなどをかきこんでいく。あっという間にたいらげて、コーヒーをすすった。


「おおゥっ!? ちゃんとコーヒーの味がスる!」

「ちゃんと、って……」


 仮想コーヒーはだいぶ焙煎ローストが深い系の濃い味なんだけど、マギーにも好評なようだ。浅炒りのアメリカンでなくてもいいらしい。

 マギーの勢いに、七海ちゃんもちょっと引いてる。


「アタシが前に食べたのってまだ味覚システムが未完成の頃だったケど、これがもうひっどい味でネ。ソレ以来、仮想体で飲んだり食べたりは避けてたんヨ。でも、コレは完全に別物ダワ。ちゃんとネ」

「あ~……話には聞いてたけど……」


 わたしが仮想体になった頃にはもうほとんど完成されてたけども、初期の頃はほんとにひどかったらしい。

 『トースト』はやたら粘つく紙粘土的なナニかで。『コーヒー』と称される液体は、ほんのりコーヒーっぽい風味がする下水に、酢と鉄臭さとニンニク臭を加えたような味だったそうだ。下水の味って……。

 その後、大手外食企業の協力も取り付けて、何度も大幅な修正と、調整に調整を重ねていって、ようやく今の味になったそうな。

 つくづく、その頃にテスターやってなくてよかった。


「ふう、ごちそうさまでした。これだったら、ポイント使ってでも食べたいですねー」

「でも、キッチンはいかんせん必要ポイント高すぎルね」

「食堂とかあればよかったんだけどねえ。お給金代わりにポイント配布されるっていうから、貯めて買うしかないかな」


 仮想体だと食事は必須じゃないので、食堂みたいな施設の整備は後回しにされてる。食べようと思ったら、ポイントを使って自前でホームにキッチンを導入するしかない。


 このポイント制度は元々は複数のオンラインゲームで共通して使える課金・決済システムとして設計されたものだ。開拓団が異世界に赴くにあたって、仮想体関連システムを丸ごと異世界こちらのサーバーに移殖したため、ポイント制度も残高含めてそのままくっついてきた。


 もっとも、地球ではもはや経済や商業どころではなくなって、通貨もその価値を失ってしまった。ポイント制度なんてものも、のんきにゲームしてられる状況じゃなくなったので、ほとんど無用の長物と化している。


 そんな状況なので、開拓団も実質的に無給の有 志ボランティアに等しい。しいていえば、異世界のサーバーに居住して活動する権利があるくらいか。

 しかし、何も報酬になるものがないというのもよろしくないということで、給料代わりにポイント制度を活用することになった。

 今のところポイントの使い道は多くはないけど、技術部の方で娯楽含めてサービスを順次拡充していく予定だそうだ。


「ねー、キリコ、ポイント払うから、今後もご飯食べさせてくれなイ?」

「あ、それなら私もお願いしたいですー」


 マギーの申し出に七海ちゃんも便乗した。まあ、ご飯出すのはぜんぜん問題ない。けど、わたしはもう少し踏み込んだことを言ってみた。


「ならいっそのこと、二人ともここに住む? 部屋なら増やせるし」

「え? マジ? イイの?」

「わ、私もお願いしますっ」


 友人と同居しようなんて、以前のわたしでは考えられなかったことだ。

 汚部屋というのもあるけど、それだけじゃなくて、生前からわたしはどうにも人付き合いがうまくなくて、一人になるとほっとするクチだった。ネットゲームではそれなりに仲間もいたけれど、リアルではさっぱりだ。


 しかし、今だからわかる。人付き合いがなくて、部屋で一人になったところで、そんなのはほんとうの意味での孤独じゃなかったのだ。だって、外に出さえすれば普通に人がいたのだから。

 いくら関わりが薄くとも、それでも社会があって、人が大勢いるのが当たり前だった。だから、そこからちょっと距離をとって壁を作ってても、安心していられた。一人になりたいなんて言えたのは、そういう前提があったからこそだ。


 けれど、今やその前提は崩れてしまった。

 地球では、生きてる人間が猛烈な勢いで減り続けている。こちら側の世界に至っては、広大な宇宙全体でも人間はわずか二八四人しかいない。全員仮想体なので、生きた人間じゃないけど。


 人が少ない、というのを嫌でも実感させられる。一人でいるのが無性に不安で、心細い。

 だから、三人で同じ家に住むっていうのは、我ながらぐっどあぃでぃ~あだと思う。たぶん、わたしだけじゃなく、二人も似たようなことを感じてるのだろう。

 わたしの提案はあっさりと満場一致で可決された。


「二人とも、朝は苦手って言ってましたよね。朝は私が起こしますよー」

「Oh!」

「わ、それはものっすごく助かる」


 わたしもマギーも、朝は決定的にダメな人種なのだ。だから七海ちゃんの提案に歓喜した。

 部屋の追加や改装とか、共同生活する上での決まりごとなんかは、今日の全体会議の後でやることになった。


 こうして、同居人が決まり、朝の問題も解消の目処がたったのであった。





 さて、時刻は九時四五分ほど。一〇時からはドローン講習だ。ドローンを介してではあるけれど、仮想体になってから初めて現実世界に触れることになる。


 とりあえず着替えよう。といっても、メニューからコマンド一発だけれども。

 〔脳内メニュー〕を呼び出そうと意識すれば、視界とは別にメニュー一覧が脳裏に。その中の〔装備〕コマンドで服を選択するだけだ。

 着たきりスズメなスェットの上下から、開拓団正式装備の作業着である、グレーのツナギへと服装が一瞬で切り替わる。


 化粧とかは知らぬ。漢女おとめは黙ってスッピンだ。仮想体では皮脂とか皮膚の老廃物とかは再現されてないから、何の問題もない。

 化粧品のたぐいは購入可能アイテムには用意されてるけど、一つも買ったことがない。どうせわたしなんかが化粧したって、笑いを取ってお終いというのが関の山だ。

 というか、仮想体になってからというもの、身だしなみに気を使うことがなくなってしまって、女子力低下が著しいような気がする。……「女子力なんて元々あったの?」などと考えたら負けだ。


「場所は、第二格納庫ハンガーだったっけ?」

「そのはずです」

「ハンガーって綴りはHuじゃなくてHaだったっけ?」

「そやネ」

「えーっと、……格納庫、格納庫……コレか」

「格納庫って現実空間なんですよね。ほんとうに仮想体で行けるんでしょうか」

「アタシも行ったことないワ」

複合Mixed現実Reality環境になってるそうだけどね」


 脳内メニューの転送先一覧の中から、第二格納庫を見つける。メニューとかはけっこう日本語化されてるんだけど、転送先一覧は英語表記のままのとこが多くてちょっとわかりにくい。


 転送先を指定して〔OK〕を押すと、わたしの体が光の柱で包まれた。

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