1:04 ドローン講習 (1)
わたしたち開拓団のメンバーは、全員が仮想体だ。仮想空間に棲息し、物理的な肉体を持たない幽霊みたいなものなので、外の現実世界で作業をするには、現実の肉体が必要となる。
そこで使われるのが、ドローンだ。
作業はすべてドローンを介して行うことになる。そのため、ドローンの操作は開拓団においては必須技能で、今日これから行われるドローン講習はものすごく重要だったりするのだ。
*
第二格納庫はやたら広くて、メカメカしい。待機中のドローンや、用途不明の各種メカが整然と並んでる。昔の特撮番組の基地みたいだ。
この格納庫は現実空間に建造された施設だ。その現実の格納庫の風景と、仮想空間にいるわたしの姿が違和感なく合成されていて、まるで本当にわたしが格納庫にいるかのように見える。当たり判定もあるし、ご丁寧に影までそれっぽく投影されてる。
現実と仮想が混在して見えるという点では、
ここには四〇人ほどの受講者が集まっていた。
広い格納庫の一角には、教室みたいにたくさんの机と椅子が並べられていた。前方には黒板代わりの大きなスクリーンが用意されている。これらは仮想空間側のアイテムらしい。
まずは講義から始まるということで、わたしたちはそれぞれ椅子に座った。
時間になって、講師役の男の人が前に進み出た。
「えーさて、全員集まったでしょうか? では、そろそろドローン講習を始めたいと思います。私は本日の講師を務めます、技術部長の砂田です。
これから皆さんにはドローンの概要説明と、訓練用ドローンの操作を実際にやってもらう予定です」
砂田さんはひょろっとしてて、眼鏡かけてて、いかにも理系な雰囲気の日本人だ。三十代半ばくらいだろうか。
今回は最初ということで、技術部長自らが講師役をやってくれるそうだ。
「さて、『
人型の場合はアンドロイド、もしくはドロイドという呼び方のほうが馴染みがありますかね。せっかくだから、人型の実物も見てもらいましょうか。ミスタ・ナージャ、やって」
砂田さんが合図を送ると、格納庫の一角から一体の人影が現れた。
身長は3m近くあるだろうか。ゴツくて大柄な胴体や手足は全身甲冑みたいだ。メタリックな頭骸骨という風情の頭部は、一目見て思わず脳内で『ででっでっででんっ』というフレーズが流れてきそうだ。子供が見たら、泣き出してしまうんじゃないだろうか。
「これは少し前の世代の汎用人型ドローン『メストー』です。
人型はまだ操作性に難があるのと、現在我々が行っている作業ではドローンを人型にする必然性というのがあまりないため、今のところ配備しているのはごく少数です。
しかし、将来的に開拓が進んでいけば、人が暮らすための環境で作業することも多くなっていくので、そうした場所では人型のほうが都合がいいこともあります。ですので、いずれは人型を活用する場面も増えていくでしょう」
人型ロボットというのはなんか憧れるけれど、残念ながら使えるようになるは先のことらしい。
他にも車両型などのドローンを一通り見せてもらった。
車両型では、タイヤやキャタピラあたりは普通だけど、クモのような多脚型も車両型に含まれるそうだ。たとえば、『アラクニー』というタイプは昆虫のような六本脚が胴体から生えていて、その上に人型の上半身がくっついている。ファンタジーのアラクネっぽいけれど、こういうのも車両型と呼ばれている。
これらは主にニューホーツ上での輸送手段や、土木作業用として利用されているという。
「旧型のドローンは電力で動いていましたが、最新型ではこちらの宇宙ならではの『魔力』が部分的に使われています」
おおぅ。
こちらの宇宙ではなんと『魔法』が使えるように
ハイテクの塊であるドローンと、ファンタジーっぽい魔力という組み合わせにものすごく違和感がある。いわゆる魔道具だとか、ゴーレムみたいなノリなのだろうか。
魔力だと電力で動かすよりもずっと小型で大出力が得られるそうだ。
「ただ、魔力については未知の部分もありまして、万が一魔力が利用できなくなる状況を考慮して、非常時には電力で代替できるようにしてあります」
なんかこう聞くと、フラグになってそうで怖いな。
魔力については、後日、魔法関連の講義が開かれるんで、そちらで詳しいことを聞けるそうだ。とりあえず今は、電力代わりに使えるってくらいの認識でいいらしい。
「他に大きな区分としては、操作方法の違いがあります。電波で遠隔操作するか、AIで自律動作させるかですね。
ただ、遠隔操作の場合、電波でやりとりするために、距離がありすぎると光の速度がネックになります」
拠点周辺で活動する分には、レスポンスはさほど問題にはならない。けど、光でも片道およそ1.3秒かかるような距離だと、往復では結構なタイムラグになってしまう。細かな作業が必要な場面では使いにくい。
「一方、AIによる自律動作は、通常は単純なルーチンワークに用いられます。やることさえ決まっていれば、オートマチックに非常に効率よく運用できます。実際、細かいものまで含めれば、すでに数千機のドローンがオートで稼動しています。
しかし、開拓に必要なのは単純労働ばかりではありません。複雑な動作や判断を求められる場合も多々あり、単純なAIでは対応できません。
そこで私達、仮想体の出番となります。仮想体はAIそのものですからね。私達をAIとしてドローンに載せてしまえば、有人機並みの判断能力を持った無人機になるわけです」
わたしらが
ただ、実際のところ、ドローンに搭載できるプロセッサでは、今わたしらがいる仮想空間を造っているサーバーに比べるとずっと性能が低いため、いくらか
砂田さんはどこからともなく、家庭用ゲーム機のコントローラみたいなのを取り出した。
「操作方法は、通常はこのような『仮想コントローラ』を使って、ゲームのように操作します。特殊な用途の物を除けば、ほぼすべてのドローンがコントローラに対応しています。
あと、ドローンの種類によっては、マニピュレータ、つまり機械の腕が備わっているものもあります。物をつかんだり、動かすときに使います。ただ、マニピュレータの操作はコントローラでは難しいため、マスタースレーブ方式というモードが用意されています。それによって、繊細な動きが可能になります」
マスタースレーブ方式というのは、操縦者の手の動きを、そっくりそのままマニピュレータが模倣するというものらしい。
なお、マニピュレータ操作では手の動きだけだけれど、人型ドローンでは全身の動きを模倣する方式が研究されてるという。ドローンの外界の環境がそっくりそのまま仮想空間に再現されて、その中で仮想体が動くと、現実世界の人型ドローンが同じように動く、というものらしい。
たしかにそれなら、コントローラで前進後退とかターンとかするより、ずっとわかりやすそうだ。
ただ、実際の人型ドローンと、操縦者となる仮想体の間には体格差があって、そのままだとうまくいかないらしく、これをどう補正するかといったところが研究の焦点になっているらしい。
「しかし、実はもっと高度な操作方法があります。
それは、仮想体の神経をドローンに直接つないで、ドローンを自分の体にしてしまう、というものです。『一体化コントロールモード』と呼ばれてまして、操縦するんじゃなく、自分自身がドローンに
なんかすごいSFっぽい話になった。いや、仮想体そのものだって、わたしにとっては充分SFの世界なんだけれども、そっちはあんまり実感ないもんで。
でも、飛行機そのものになって空を飛べるとか、かなりイイかもしれない。
「これは人型だけでなく、他のタイプのドローンでも使えます。仮想空間を挟まず、ダイレクトに機体とつながるので、ずっと処理が軽く、機敏に動けるようになります。
ただ、神経をつないだからといって、すぐに動かせるようになるわけではありません。『仮想脳みそ』をドローンのハードに適応させるのが難しくて、コツを掴んで動かせるようになるまでがものすごく大変です。
ですが、これをマスターすれば、機体の性能を100%発揮できるようになります。是非とも皆さんにはこちらをマスターしていただきたいところです」
外見は人体に近そうな人型ドローンでさえも、中身はほぼ別物なため、動かせるようになるには身障者のリハビリ訓練みたいなものが必要になるそうだ。
でも、マスターすれば性能100%っていうのはなんか格好いいかも。ヌルゲーマーのわたしでも、やってみたくなってきた。
*
「ではこれから、実際にドローンの操作を体験してもらいましょう」
基本的なところの解説が終わって、いよいよ実技だ。わたしたちは各自に割り当てられたドローンのところに行った。
飛行型訓練用ドローン『ウェンディゴ』は全長2.5m、幅1.5m、高さ1mくらいだろうか。手のひらサイズのおもちゃのドローンしか知らなかったので、意外な大きさにちょっと驚いた。
上から見ると『中』の形をしてて、中央が長く、左右に箱がくっついているような感じ。だいぶ角ばってて、無骨だ。なんとなく、SF映画に出てくるような戦闘機っぽいかも。
金属のパイプフレームが要所を囲むように配置されていて、所々にタンクのような円筒形の部品が取り付けられている。機体下部には二本の腕が付いてて、その他噴射口みたいなのと、照明やらカメラらしきレンズなどが何ヶ所かについてる。
全体はほぼ真っ白で、ところどころに機体ごとに色の異なるラインで縁取られていた。ラインの色は何種類かあって、わたしのはグリーン、七海ちゃんはブルー、マギーのはレッドだ。
機体に触れると、目の前に〔接続しますか? YES/NO〕という仮想ダイアログが現れたので、〔YES〕を選択した。
ぴろん、と音がして、脳内メニューが展開された。メニューを見ていくと、ドローン関連の項目が追加されていた。機体と接続してる間だけ、統合されて出てくるようだ。
ドローン用のメニューを眺めてると、ふと、項目の一つに
「んーー……? こ、これは、もしかして?」
「どしました?」
「おーぷんっ! 『ス・テ・ー・タ・ス』ッ!」
異世界モノやVRモノの小説で定番の、『ステータス』の項目があったのだ。
脳内メニューなので叫ぶ必要はまったくないんだけど、あえて声に出してみた。一度やってみたかったのだ。素の仮想体にはゲーム的な意味でのステータスウィンドウとかないし。
「お~~出た出た……あれ?」
目の前の空間に、タブレットPCほどの大きさのステータスウインドウが現れたのだけれど。
TEMPERTURE -21.5℃
PRESSURE 0.001Pa
GRAVITY ↓1.62m/s
RADIATION 0.011μSv
BATTERY 98.4%
FUEL 99.5%
PROPELLANT 99.8%
HULL 21
CONDITION GREEN
温度に気圧、重力、放射線量、電力、燃料、推進剤。HULLって船体の外殻のこと?
あー、うん。ステータスというか、機体に取り付けられた各種計測機器の数値そのまんまなんだろうね。ゲームじゃないんだから、HPとかMPとかあるわけなかった。
温度、気圧、重力の数字は、この格納庫がどういう場所にあるかというのを如実に表してたりするけれど。
「ステータスとかあるんですねえ。思ってたのと違いますけど」
「機体の状態っていっタら、こんなもんじゃないノ?」
七海ちゃんには思うところが伝わったけれど、マギーにはそういうお約束は通じないようだ。
「
砂田さんから補足があった。魔力量とはいうけれど、MPというよりスタミナ値みたいなものと思ったほうがいいかな。
推進剤を使うのは宇宙空間で作業するときだけで、噴射して移動するのに使うらしい。魔力使っても移動はできるけれど、推進剤噴射したほうが扱いやすいんだそうで。
あと、HULLの項目は機体を覆う防護壁の強度を示してて、これが『ぼうぎょりょく』に相当するみたい。
「技術部のほうでは、魔法を使ったシールドを開発しよう、という話も出てますね」
そのうち「
「武器とかは、ナイの?」
マギーも変なとこを気にする。アメリカ人だからだろーか。
「今は基本操作に慣れていただくのがメインなんで、オプション装備などはつけていません。各種作業機械の操作もドローンから行うことになるので、追々やっていくことになります。
えー、それで武器についてですが、現状で武器が必要になりそうなのは、現住生物が襲ってきた場合に限られます。しかし、実はまだ、原住生物をどう扱うか方針が決まってなくて、とりあえず殺傷は控えることになってます。それで、武器になるようなものは電気ショック用のスタンロッドか、捕獲用の網くらいしか用意されていません」
地球での教訓もあってか、開拓団司令部はニューホーツの自然環境を崩すことを極端に警戒しているらしい。でも、人間の領域を広げていったら、いずれかち合うことになるんじゃないだろうか。
「うーむ、わかッタ」
「まあ、いざとなればプラズマカッターやリベットガンとか、発破用の爆薬もありますしね。
かつて、不死の宇宙怪物たちと遭遇したとあるエンジニアは、身近な工具を用いて死闘を繰り広げたといいます。工具も使い方次第で立派な武器になるのですよ。
あと、技術者としては、魔力を使ったレールガンなんかもぜひとも造ってみたいですねえ……フフフフ……」
そう言ってニタリと笑った砂田さんの眼鏡は、ギラリと光を反射していた。
てか、その
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます