邪魔者

 今日は体育祭。

 開会式と準備運動と種目が数個終わり、現在は二年生が綱引きをやっている。

 必死に頑張っている二年生たちを、みんなはブルーシートの上で応援していた。


「うーん……!」


 春花と秋葉の様子を見たが、とても辛そうだ。

 だが、少しずつ相手を引っ張っている。


「練習の成果ぁ……!」


 長く続いた戦いも終わりを迎えようとしていた。

 相手のチームが中心のラインを超える。


「はぁ……はぁ……やったね、秋葉ちゃん……」


 一回戦は、無事勝利することができた。

 そして連勝し、決勝戦まで残った。


「決勝は私たち赤組と、千春ちゃんと美奈理ちゃんの青組だね」


 俺たちは、青組を見る。


「ねぇ風峰。青組、強そうじゃない?」


 大きな身体の男子生徒が二人いる。

 勝つのは難しそうだ。


「春花ちゃん、勝てるかな……?」


「やってみないとわからないわ! 行くわよ! みんな!」


 赤組と青組は、綱の横に立つ。

 審判にしゃがむように言われ、しゃがむ。

 そして、審判の合図とともに縄を持って立ち上がり、思いっきり引き始めた。

 俺たちは必死で応援した。


「つ、強い……!」


 青組はとても強かった。

 赤組のみんなが引っ張られていく。


「私たちは必死に練習したのよ! 負けるわけにはいかないわ!」


 秋葉は、クラスのみんなを巻き込んで練習をした。

 その練習の成果が出たのとみんなの気合が出たのか、あと少しで負けというところで止まった。


「みんな頑張って……!」


 あの強そうな青組を、赤組が引っ張っている。


「頑張ってー! 赤組ー!」


「たくさん練習した私たちが負けるわけないわ!」


 赤組は、青組をどんどん引っ張っていく。

 そしてついに、赤組は勝利した。



「私たち、頑張りましたよ!」


「勝ちました……!」


「すごいねー、春花ちゃんと秋葉ちゃんのクラス、とっても強かったよー」


「頑張って練習した結果ですね!」


「頑張ったな。春花、秋葉」


 四人で話していると、三年生の集合の放送が聞こえた。

 俺と美咲は、集合場所へ向かった。



 三年生全員が参加するリレーの集合場所に着いた。

 体育祭の実行委員の指示に従って、整列する。

 そして、スタートした。



「いやー、惜しかったねー」


「あとちょっとで一位だったな」


 あと少しで一位になれそうだったが、一位の黄組に追いつくことはできなかった。

 だが、二位だったので、得点は結構入った。


「風峰先輩! お疲れ様です」


 自分たちの場所に戻ろうとしたら、千春に話しかけられた。


「赤組強いですねー。でも、まだ競技が残ってます。まだ結果はわかりませんよ!」


「そうだねー。一気に逆転されちゃう可能性もあるし」


「それじゃ、私は集合場所に行かないといけないんで!」


 千春は、集合場所に走っていった。



「優勝は……赤組です!」


 最終的に赤組は抜かされず、一位となった。


「おめでとうござきます。先輩たち」


「ありがとー、美奈理ちゃん」


「私たちは三位でしたよ……」


「来年頑張りましょう、千春」


 こうして、今年の体育祭は終わった。



「はぁー、もう動きたくないなぁ……」


 千春は、ベッドの上で力を抜いて横になっていた。


「……さて、体育祭も終わったし、そろそろ実行しよっかな」


 千春は、美咲にメールを送る。


「今度の休みの日に勉強を教えてください……っと」


 千春は、普通に誘ったら美咲が風峰を連れてくるだろうと予想していた。

 だから、用事があって風峰が来れない日に誘うことにした。


「覚悟してろよ……」



「ごめんねー。少し遅くなっちゃった」


「大丈夫ですよ! さあ、入ってください」


 美咲は、千春に勉強を教えるために、千春の家にやってきた。

 千春が何を考えているのか知らずに、美咲は千春の家に入った。



 月曜日、いつもは大体美咲が俺の家に来て、一緒に登校する。

 だが、今日は美咲は来なかった。

 電話で聞こうとしたが、美咲は出なかった。

 仕方なく、俺は一人で学校に行くことにした。


「美咲はいない、休みの連絡はなし……。無断欠席か?」


「えっ」


 美咲が無断欠席したことに驚いた。

 そんなことするなんて何かあったのではないか。

 俺は放課後、美咲の家に行くことにした。


「あっ、風峰先輩。あれ、美咲先輩は?」


 昼休みに、春花と秋葉に出会った。


「無断欠席らしいぞ」


「美咲先輩が……?」


 二人もおかしいと思ったのか、驚いた。


「だから、放課後に様子を見に行こうと思ってるんだ」


 二人も美咲が気になるらしく、三人で美咲の家に行くことにした。



「美咲先輩大丈夫ですかー」


 秋葉はインターホンを押し、呼びかける。

 しかし、反応はない。


「留守なのかな……?」


「寝てて聞こえてないとか?」


 もう少し大きな声で呼びたかったが、呼び続けると別の部屋の人の迷惑になると思い、今日は諦めて帰ることにした。


「美咲、どうしたんだ……」


 俺は、とても不安だった。

 だから、明日も美咲の家に行くことにした。

 次の日、美奈理も連れて四人で行ったが、美咲は出てこなかった。



 俺たちはまた美咲の家に来た。

 これで三日目だ。

 今日も反応はない。


「美咲……」


 俺たちは今日も諦めて帰ろうとした。

 その時、美咲の隣の部屋のドアが開き、三十歳くらいの女性が出てきた。


「もしかして、美咲ちゃんのお友達?」


「まあ、そんな感じです」


「……美咲ちゃん、昨日の夜に救急車で病院に運ばれたわ……」


「美咲が……?」

 

 話を聞くと、女性は美咲と仲が良く、作りすぎたおかずなどをあげたりしているらしい。

 そして、日曜日から美咲を見なくなった。

 学校の行事か家庭の事情で出かけているのかと思ったが、俺たちの声が聞こえていたらしく、その可能性はないのではないかと思い、心配になった女性は、管理人に頼んで部屋を開けてもらった。

 すると、美咲が意識不明で倒れていて、救急車を呼んだ。

 美咲が入院した病院を教えてもらい、俺たちは急いで向かった。



 病院の受付で美咲のお見舞いに来たと言うと、受付の人は部屋の場所を教えてくれた。

 階段を上がり美咲の部屋がある四階へ向かう。


「美咲先輩、大丈夫ですかね……」


「すごく心配……」


「病気とかじゃなければいいんだが……」


 美咲の心配をしながら、俺たちは階段を上っていく。

 そして、五階。

 俺たちは、廊下を進んでいく。


「美咲の部屋は……一番奥か?」


 廊下の突き当たりにある部屋がおそらく美咲の部屋だ。

 俺たちは、美咲の部屋の前に立つ。

 ノックをして入ろうとした。


「美咲、本当に大丈夫?」


「うん……まだ少しクラクラするけど、なんとか……」


 美咲の声と、女性の声が聞こえた。


「失礼します」


 俺はノックをして、部屋に入る。


「お見舞いに来たぞ。美咲」


 俺は、美咲の方を見る。

 美咲のベッドの横には、女性が立っていた。

 見覚えのある女性だ。

 なんだか懐かしいような気がした。


「あなた、もしかして風峰……? 後ろにいるのは、春花と秋葉……?」


 女性は、俺たちの名前を知っていた。


「もしかして、母さんか……?」


 俺の親は離婚し、俺は父親、美咲は母親、春花と秋葉は親戚に育てられた。

 三歳の頃に離婚したため、顔はうっすらとしか覚えていないが、美咲や俺に似た顔。

 間違いない、母さんだ。


「……大きくなったわね。三人とも……」


 母さんは、涙を流した。

 ちゃんと成長していたことが、とても嬉しかったのだろう。


「そういえば、風峰はお母さんと会うのすっごく久しぶりだね……」


 まだ体調が良くないのか、喋るのが辛そうだ。


「美咲、無理をするな」


「うん……」


 俺は、体を起こしている美咲を寝させる。


「風峰、あなたは、美咲と同じ学校に通ってるのよね? 美咲に何があったかわからない……? この子、理由を話してくれなくて……」


「ごめん、俺もわからない。急に休み始めて、連絡も取れてなかったし……」


「春花と秋葉はわからない?」


「ごめん、私もわからない」


「私も……」


「そう……」


「美咲、理由は話せないのか?」


「……ごめん」


 美咲は答えてくれなかった。

 何かあったに違いないが、これ以上は理由を聞かないことにした。


「母さん、なんで美咲は入院したんだ?」


「栄養失調よ。この子、日曜日の夜くらいから何も食べてないらしくて……」


 美咲は母さんに仕送りしてもらっているから、食べ物が尽きるということはないはずだ。

 だから、何か原因があって食べなかったのだろう。


「なんで食べなかったのかは話せるか?」


 俺は美咲に聞いたが、美咲は答えない。


「みんな、私はやる事があるから、今日は帰るわ」


 母さんは言う。


「連絡先を書いた紙をここに置いておくから、何かあったらここに連絡してちょうだい」


 母さんは、病室から出た。



「なあ、どうしても話せないのか」


 美咲は頷く。


「どこに行って何をしてたとかもか?」


「うん……」


 美咲は下を向きながら言う。


「……体調が良くなったら、学校に来れそうか?」


「……ううん」


「えっ、学校に来れないってどういうこと……」


「もしかして、学校で嫌なことがあったとか?」


 秋葉の言う通り、その可能性がある。

 俺たちは、原因を探してみることにした。



 美咲のお見舞いに行って、二週間が経った。

 美咲は退院したようだが、まだ家に引きこもっている。

 俺たちは、クラスメイトや美咲と関係がある人物に話を聞いたが、情報を得られなかった。


「はぁ……」


 美咲が苦しんでいるのに、美咲の力になれない自分が憎い。


「風峰先輩、大丈夫ですか……?」


「風峰先輩、元気ない……」


 最近、集めた情報を共有するために、三人で昼食をとるようにしている。

 だが、情報は全く得られず、美咲も学校に来れそうにない。

 俺はイライラして食欲がないので、二口しか食べていない弁当に蓋をした。


「風峰先輩、美咲先輩が苦しんでて、情報も集まらなくてストレスが溜まるのはわかりますけど、食事は取った方が……」


「……すまん、もうお腹いっぱいなんだ……」


 俺は、弁当箱をカバンにしまう。


「風峰先輩! こんにちは!」


 突然後ろから、俺を呼ぶ大きな声が聞こえた。


「……あぁ、千春か……」


「あれ、風峰先輩、今日も元気ないですね」


 千春は、誰も座っていない椅子を持ってきて、俺の隣に座った。


「もしかして、美咲先輩が心配なんですか? 美咲先輩なら、そのうち来るんじゃないですか?」


 それならいいが、美咲は学校に来なさそうだ。


「風峰先輩! 私、風峰先輩にお菓子作ってきたんですよ。食べてみてください」


 千春はそう言うと、クッキーが入っている箱を俺の目の前に置いた。


「すまん、今は食欲がないんだ……」


「そんなこと言わずに……。はい、あーん」


 千春はクッキーを俺の口元まで持ってきた。

 仕方なく、そのクッキーをかじる。


「どうですか?」


「……うまい」


「本当ですか! じゃあ、もっと食べてください!」


「だけど、食欲がないんだ……」


「あ、じゃあこのクッキーは私が食べちゃいますね!」


 千春は、俺がかじったクッキーを食べる。


「よく考えてみたらこれって間接キスなんじゃ……。風峰先輩と間接キス……。すっごい嬉しい……!」


 千春は、すごい喜んでいる。


「風峰先輩は食欲がないみたいなので、残りは春花先輩と秋葉先輩にあげますね」


 千春は、クッキーの入った箱を、二人の前に置いた。


「そうだっ! 私、次は移動教室だから早く戻って準備しないと。それじゃ!」


 千春は俺に抱きつき、教室から出て行った。

 いつもなら離れるように言うが、振り払う元気がなかった。


「はぁ……」


 俺は、大きなため息をした。


「すまない、少し一人にさせてくれ」


 俺は立ち上がり、トイレに向かった。



「……なんか千春ちゃん。美咲先輩がいる時に比べて、すごく楽しそうじゃない?」


「言われてみればそうかも……」


「……千春ちゃん。もしかして、美咲先輩のことが嫌いなのかな……」


「確かめてみる……?」


 千春の様子がおかしいと思った春花と秋葉は、千春の家に行くことにした。



「先輩、今日はありがとうございます」


「そんな、気にしなくていいよ」


「そうそう、気にしないで……」


 春花と秋葉は、千春の家にお菓子を持ってきた。

 千春にはこの前のクッキーのお礼と言っているが、二人には目標があった。


「いい、怪しいところを見つけるのよ!」


「うん……」


 千春のことを怪しいと思った二人は、千春が関係してないかを探るために来たのだ。

 千春が飲み物を用意してる間に部屋を探ってみたりしたが、特に発見はなかった。


「うーん……。怪しいと思ったんだけどなー……」


 二人は、家に向かいながら話していた。


「気のせいだったのかな……」


 家に着いた二人は、部屋に入ると椅子に座った。

 秋葉が携帯を取り出そうとした。


「あれ、なんか手触りが違うような……」


 秋葉は、携帯を取り出した。


「あれ、これって千春ちゃんの……」


 秋葉のポケットから出てきたのは、秋葉の携帯ではなく、千春の携帯だった。


「……中を見れば、千春ちゃんのことがわかるんじゃ……」


「でも、ロックが……」


「でも、もしかしたら解けるかもしれない……」


 秋葉は、試しに千春の誕生日を入力してみた。

 しかし、パスワードが違ったので、携帯のロックは解除されなかった。


「うーん、ダメかなぁ……」


「……あっ、秋葉ちゃん。私に貸して……」


「え? いいけど……」


 秋葉は、春花に、携帯を渡す。

 春花が、数字を押していく。


「春花、その番号は……」


 春花が入力した数字で、携帯のロックが解けた。


「風峰お兄ちゃんの誕生日……。千春ちゃん、風峰お兄ちゃんのこと好きだからもしかしたらって……」


 春花は、千春の携帯を見ていく。


「……美咲お姉ちゃんが入院した日、千春ちゃんは美咲お姉ちゃんと会ってたっぼい……」


 千春と美咲のやり取りを、春花は見つけた。

 次に、写真を見ていく。


「……うーん、特に情報はないかな……」


 次に、メモを見ることにした。


「……秋葉ちゃん!これ……!」


 春花は、秋葉に携帯の画面を見せた。

 そこには、千春が書いていた会話をスムーズに進めるためのメモがあった。

 五月くらいから会話に慣れたのか、五月に書かれた会話のメモはほとんどなかった。

 メモを見ていくと、美咲が入院した日の前日に書かれたメモを見つけた。

 春花は、そのメモを開く。


「……っ!」


「どうしたの、春花……。えっ、これって……」


 そこには、美咲が部屋に入ったら、突き飛ばす。

 そして、風峰に二度と近づくな、二度と学校に来るなと言う、と書かれていた。

 このメモは、千春が美咲を追い込んだ証拠になる。

 春花は、自分の携帯でこのメモを撮った。


「千春ちゃん、風峰お兄ちゃんと美咲お姉ちゃんを引き離すためにこんなことを……」


「……これ、風峰お兄ちゃんに教えよう」


「うん……」


 春花は、風峰にこのメモを送った。

 


「……春花からか……」


 おれは、携帯を手に取る。

 食欲がなく、あまり食べていないため、ぼーっとしていた。

 だが、春花から送られてきた写真を見たら、ぼーっとしていた俺の意識がはっきりとした。


「なんだよ、これ……!」


 春花から送られてきた写真は、千春の携帯に書かれていたメモを撮ったものだった。



「風峰お兄ちゃん、大丈夫かな……?」


「多分、相当ショックを受けたと思うよ……」


春花と秋葉が、学校に向かいながら話している。

二人とも、風峰のことが心配なのだ。

学校に着くと、二人は風峰の元へ向かった。

風峰は、自分の席に座っていた。


「風峰先輩、おはようございます……」


「おはようございます……」


「……なあ、春花。昨日のあのメモはどうしたんだ……?」


「……秋葉ちゃんが自分の携帯と間違えて千春ちゃんの携帯を持って帰っちゃって、偶然私がロックを解除して、それで……」


「……じゃあ、あのメモは本当に千春が……。二人とも、昼休みに千春に俺のところに来るように言ってくれ……」


「……わかりました」


秋葉は言う。

返事をして、二人は教室から出た。



「風峰先輩! 来ましたよー!」


昼休み、千春が俺の教室に来た。


「……千春。放課後、俺の家に来てくれ……」


「先輩の家にですか? わかりました!」


放課後、千春は俺の家に来ることになった。



「風峰先輩が家に呼んでくれるなんて……!」


千春は、喜びながら風峰の家に向かう。


「もしかして、美咲先輩を見捨てて、私に告白……!」


妄想して、顔をニヤニヤさせる。


「よし、着いた!」


千春は、インターフォンを押す。

少し経つと、風峰が出てきた。


「……入ってくれ」


「お邪魔しまーす」


千春は、風峰の家に入っていった。



「ごめんねー。少し遅くなっちゃった」


「大丈夫ですよ! さあ、入ってください」


 美咲は、千春に勉強を教えるために、千春の家にやってきた。

 千春が何を考えているのか知らずに、美咲は千春の家に入った。

 千春の部屋に入り、座ろうとした。

 すると、後ろから足で押された。


「えっ……!」


 美咲は、部屋に倒れこむ。

 立ち上がろうとすると、背中を足で踏まれる。


「千春ちゃん……?」


「美咲先輩? なんでこんなことされてるか、わかりますよね?」


「わ、わからないよ。やめて、お願い……」


 美咲はそう言うが、千春はさらに強く踏む。


「い、痛いよ……」


「はぁ……。本当にわからないんですか? 風峰先輩のことですよ」


「風峰……?」


「そうだよ! 私が好きだった風峰先輩と付き合いやがって!」


「痛い!」


 背中を足でグリグリと踏まれる。


「やめて! 千春ちゃん!」


「やめるわけねぇだろ! 私が風峰先輩と付き合えなくてどれだけ苦しかったかわからないくせに!」


 千春は、踏む力を強める。


「もうやめて……」


「やめてもいいですけど、条件があります。二度と、私と風峰先輩の前に現れないでください」


「それは……」


「私な言うことが聞けないのか!」


 千春は美咲の体を起こし、胸ぐらを掴む。


「もし私と風峰先輩の目の前に現れたら、美咲先輩だけじゃなくて、春花先輩や秋葉先輩にまで手を出しますよ……」


「……っ! それはダメ!」


「じゃあ二度と姿を見せるな!」


 千春は、美咲の体を押して、ドアに叩きつける。

 美咲はすぐに立ち上がり、部屋から出ていった。

 それから、美咲はこのことがショックで食事が喉を通らなくなった。

 何も食べず、何も飲まず、暗い部屋で一人座っていた。

 そして、美咲は気を失った。



「うーん……」


 美咲の目が開く。

 目の前には白い天井があった。


「美咲!」


 白い天井しか見えなかったが、人の顔が視界に入ってきた。


「お母さん……?」


「あなた、栄養失調で倒れたのよ!」


 美咲は、自分が入院したことを理解した。



 風峰がお見舞いに来た。

 何があったか聞かれたが、美咲は答えなかった。

 言ってしまったら、春花や秋葉がどうなるかわからなかったからだ。

 苦しむのは自分一人でいい。

 そう思ったのだ。



「失礼しまーす……」


「失礼します……」


 春花と秋葉が来た。


「……美咲お姉ちゃん。私と春花と風峰お兄ちゃんは、美咲お姉ちゃんに何があったか知っちゃったよ……」


「えっ! どうして……」


「私が千春ちゃんの携帯のロックを解除して、調べたの……。……美咲お姉ちゃん。どうして私たちに相談してくれなかったの……?」


 春花が、美咲に聞く。


「……千春ちゃん、春花ちゃんと秋葉ちゃんに手を出しそうだったから。私の大切な妹を傷つけられたくない。苦しむのは私一人で十分だと思って……」


「私だって! 大切なお姉ちゃんが傷つけられるのは嫌だよっ!」


 秋葉が、突然大声で言う。


「秋葉ちゃん、声……」


「……ごめん」


 春花に注意され、声を小さくする。


「……私も、お姉ちゃんが傷つけられるの嫌だったよ……」


「二人とも……!」


 美咲は、二人のことを抱き寄せる。


「ありがとう……。私は嬉しいよ、こんなにお姉ちゃん思いの妹がいるなんて……」


 美咲は泣きながら、二人のことを抱きしめ続けた。



「風峰先輩、どうして私のことを呼び出したんですか?」


 俺は何も喋らない。


「 もしかして、告白ですか? 美咲先輩と別れて、私と付き合ってくれるんですか? ……風峰先輩、さっきからなんで黙ってるんですか?」


「……千春、これを見ろ」


 俺は、携帯の画面を千春に見せる。


「えー、なんです……か……」


 俺の携帯の画面を見た瞬間、千春の表情は一気に変化した。


「……なんで! なんで私の携帯の画面が! ……もしかして、秋葉ちゃんが間違えて持って帰った時に……。でも、ロックが……」


「今はそんなことどうでもいい」


 今は、このメモについて話してほしい。


「千春、なんだこれは……」


「なんだこれはって……。えーっと……」


 千春は視線を逸らす。

 俺の目をまともに見ようとしない。


「……お前が美咲を追い詰めたのか?」


「いや、そんなこと……」


「このメモには日曜日に美咲を家に呼んで、二度と目の前に現れなくなるくらい追い込むと書かれてる。そして、美咲は月曜日から学校に来なくなった。そして、入院した」


「私は……」


「発見されてなかったら、美咲は死んでいたかもしれない。お前は、美咲が自殺するまで追い込んだんだぞ! 」


「……そうですよ。やりましたよ」


 さっきまで否定していた千春は、はっきりと言った。


「私が美咲先輩から風峰先輩を奪い取るためにやりましたよ!」


「やっぱりお前が……」


「私は風峰先輩が好きだった。でも、あいつが風峰先輩の彼女になってた。この世から消えてしまえ場合と思った。だから、私はあいつを追い込んだ」


「千春、俺は俺のことが好きなんだろ……」


「好きですよ! この世で一番!」


「お前は、好きな人を傷つけるのは好きなのか……」


「……え?」


 千春は、俺の言っていることが理解できていないらしい。


「美咲が二度と家から出てこなかったら、死んでしまったら、俺が悲しむことに気がつかなかったのか……?」


「そ、それは……」


「お前がやったことは、好きな人を悲しませる行為だ……。それなのに、お前は美咲を追い込んだ」


「風峰先輩……」


「お前は、俺の悲しむ姿を見たかったのか……?」


 この時千春は、自分が過ちを犯してしまったことに気がついた。

 風峰の言う通り、千春がやったことは、好きな人を悲しませる行為だ。


「ごめん……なさい……」


 千春は床に膝をついた。

 涙を流しながら、謝り続ける。


「私は、とんでもないことを……」


「そうだ。お前はとんでもないことをしてくれた」


「もし、このまま美咲先輩が引きこもっていたら……。死んでしまったら……」


「もしかしたら、俺も同じように引きこもってしまったかもしれない」


「本当に、ごめんなさい……。でも、ごめんなさいで許されることじゃないですよね……」


 突然千春は立ち上がると、俺の部屋から出て行ってしまった。


「おい、千春!」


 千春は、ものすごい速さで俺の家から出て行ってしまった。

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